我侭で孤独な誓い



秋も深まってきた鎌倉にて。

鎌倉で噂になっている怪異を解決すべく、神子であるなまえ達は奔走していた。
そして、ようやくそのひとつを解決し、なまえたちは山道を踏み分け、その日の家路に着く時のこと――


「っくしゅんっ!」
「ふふ、可愛らしいくしゃみですね」
「くしゃみに可愛いもなにもないですよ…」

ふいにくしゃみをしたなまえに微笑む弁慶。そしてその言葉に少し照れて、言葉を返すなまえ。
こういった言葉のやり取りにもだいぶ慣れてきたつもりでも、やはりいきなり「可愛い」と言われると落ち着かないのだ。

「そんなことないですよ。たとえば、九郎がするのとなまえさんがするのとでは違うでしょう?」
「…それは、なんというか…くしゃみ云々ではないような…」
「何故そこで、わざわざ俺を引き合いに出すんだ」

なまえが言うと、今度は唐突に話に巻き込まれた九郎が不満そうに振り返った。

「ふふ、まぁ、冗談は置いておくとして。体調は問題ないですか?」
「うぅーん、頭痛いとか、そういうのはないので、大丈夫だと思いますけど…」

九郎のことは全く無視し、会話を進める弁慶。
なまえもそれに合わせるものだから、九郎はますます不満そうに眉を寄せて言った。

「なまえの鍛錬が足りないせいだろう」

その言葉に返す言葉はなくとも、あからさまになまえがふくれると、弁慶はやれやれと苦笑した。

「九郎。どうして素直になまえさんが心配だと言えないんです?」

たしなめる様な、それでいてからかいを含んだ口調の弁慶に、九郎はカッと頬を赤くした。

「なっ、なんでそうなる!!」
「それではなまえさんのことを全く心配していないと?…我らが御大将がそのような薄情者だったとは知りませんでしたね」

大げさな弁慶の口ぶりに、九郎はますますムキになっていく。

「そっ、そうは言っていないだろう!!」

弁慶はなまえへ向き直り、わざとらしく芝居がかった態度を続けた。

「すみません、なまえさん…くれぐれも、無理はなさらないでくださいね。今日は早く休んでください。必要であれば薬も煎じますよ」
「ありがとうございます。…弁慶さんは優しいですね、『どこかの誰か』と違って」
「いえいえ、そんな。それが僕の役目ですし…もちろん、僕が君を心配するのは、それだけの理由ではありませんけど」

『どこかの誰か』を強調された上、わざとらしい会話を続けていく二人に、九郎はいきり立った。

「お〜ま〜え〜ら〜〜〜〜〜!!!」
「おや、何故九郎が怒るんです?誰も九郎のことだなんて言っていませんよ、ねぇなまえさん」
「ですよね〜。あくまで誰かさん、ですよ?」

二人のからかいに腹を立てた九郎は、

「〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!もう知らんっ!勝手にしろっっ!!!!」

そう大声で言い放つと、大股でずんずんと先に歩いていってしまった。


それを見て弁慶となまえは顔を見合わせ、ぷっ、と吹きだす。

「あーあ、怒らせちゃった」

そうは言いつつ、なまえの顔は楽しそうである。

「君もいけない人ですね。九郎をもてあそぶなんて」

と弁慶も冗談めかして言う。

「九郎さんの反応が楽しくて、つい」
「気持ちはわかりますよ…けれど、あれでも、九郎はなまえさんのことを気にしているんですよ。なにぶん不器用なので、わかりにくいかもしれませんが…」
「…大丈夫ですよ。私も、九郎さんのこと、少しはわかるようになってきましたから」

そう言って表情が柔らかくなるなまえに、弁慶は目を細めた。

「…それはよかった。けれど、九郎も君にそこまで想われているなんて…妬けてしまいますね」
「べっ、別に、お…想うとか、そんなんじゃないですよ?!」

慌ててしどろもどろになりながら、否定するなまえ。
その様子はあまりにもわかりやすかったけれど…弁慶はそれには触れないでおいた。

「そうですか、それはよかった。君の心を僕が占めることも、まだ可能ということですよね」

そう言って弁慶がにっこりとなまえに微笑みかけると、なまえはますます顔を赤くする。

「か、からかわないでくださいっ!」
「からかってなんていませんよ。僕はいつでも本気ですから」
「〜〜〜っ…」

弁慶から視線を背け黙り込んでしまったなまえに「これ以上は朔殿に怒られてしまいますね」と笑って、弁慶は話題を変えた。

「すみません、ちょっと九郎と話してきますね。いつまでもへそを曲げられたままでは困りますし」
「…はい」

まだ頬が染まったままのなまえに「では」と応えて、弁慶は九郎の後を追った。




「九郎」
「…なんだ、弁慶か。何か用か」

視線を合わさず不機嫌さを全開で答える九郎に、弁慶は苦笑した。
腐れ縁とも言える幼馴染のこういったところは、今も昔も変わらないままだ。

「本当に、君は相変わらずですね…いつまで経ってもそのままでは、なまえさんにも愛想をつかされてしまいますよ?」
「…そんなことを言いに来たのか…別にアイツに愛想を尽かされようと、かまわん」

意固地、という言葉がまさにぴったりな態度を取り続ける九郎に、弁慶は大げさに呆れてみせた。

「へぇ…それは本気ですか、九郎?」
「っ…た、大した用がないならオレのことは放っておいてくれ!」
「大した用ですよ。恋敵が減るか減らないかの、ね」
「なにを…」

急に真剣な口調になった弁慶の真意を図りかね、九郎は訝しげに弁慶を見た。

「君の気持ちに僕が気づいていないとでも?君はわかりやす過ぎるんですよ…肝心のなまえさんは、気づいていないようですがね」
「お前…っ!」
「なまえさんのような人は貴重ですよ。不器用で素直ではなくて、堅物で意地っ張りな君の事をわかっていてもなお、君の隣にいようとしてくれるような人は」
「っっ!」

容赦なく言葉を続ける弁慶に、九郎は口を挟む余裕もなく、ただ顔を赤く染め上げるのみだ。

「君にその気がないなら、僕としては好都合ですけど」

黒い微笑みを浮かべた親友に冷や汗を浮かべ、ようやくのことで九郎は口を開く。

「ま、待てっ、弁慶!」
「…君にその気があるなら、少しは素直になって、自分の気持ちを認めたらどうです?」

その言葉にまた赤くなって何も言えなくなる九郎に、弁慶はさらに追い討ちをかける。

「さてと…では僕はもう行きます。なまえさんを狙っている輩は、他にもたくさんいますからね。九郎はいつまでもそうして不貞腐れていてくれて構いませんよ」

と、弁慶はくるりと身を翻し、足早に去っていった。

「なっ、なんなんだ、あいつはっ…!!」

九郎は八つ当たりのように呟いてからはっと我に返り、慌てて弁慶の後を追った。



後ろから響く慌てた足音を聞きながら、弁慶は自嘲気味に微笑んだ。

わかってます…二人の間に、僕が入る余地がないことくらい。
…それを望む資格が、僕にないことも。

九郎やなまえは、自分には眩し過ぎるのだ。
強い光は、陰をより濃く映し出してしまう…
九郎やなまえのように素直に、一途に、打算なしに生きることなど…自分にはもう無理だと改めて知らされる。

けれどその光が、自分を救ってくれたのもまた、事実。


そこまで考えて、弁慶は今度は困ったように笑った。
…あの二人の分も、僕がしっかりしなくては、ね。

大切な二人だから。
二人を守るためならば、どんな汚れ役も引き受けよう。
これからの…鎌倉殿の動きには、特に注意しなければ。

「…二人にはなんとしても幸せになってもらいたいんです。僕は我侭だから、どんな手を使っても絶対に二人には幸せになってもらいますよ」

この世界を思い、その身を、その心を削って戦う、優しすぎる二人だから。
自分の想い人と、自分をひとかけらも疑うことなく、真っ直ぐに信じてくれる親友なのだから…なおさら。


目の前に想い人、背に親友の気配を感じながら、弁慶は空を仰いだ。
孤独な決意を胸に秘めて――




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