「ねえねえ、秀にお願いがあるの!」
「え、何、突然」
「いちゃいちゃしたい!!」
「………は?」
ある休日、久しぶりに一緒に過ごしていると、彼女であるなまえから突然そう言われ――秀は怪訝そうな表情を浮かべた。
「…嫌?」
「別に、嫌ってわけじゃないけど…そういうのって、宣言してからするものなの?」
「わかんないけど…最近、友達が付き合い始めてね、毎日のようにのろけ話聞いてたら、羨ましくなったの!だから構って!」
いつもストレートななまえではあるが、これはまた…と秀は心の中でそっとため息を吐いた。
「…いいけど。いちゃいちゃって、具体的に何するのさ?」
「えっ…うんとー…いっぱいくっつく、とか」
「ふーん」
言っては見たものの、なまえには具体性がないらしい。
とりあえず、なまえの言葉を叶えるべく、秀はベッドに足を広げて座った。
「ほら、ここ座って」
「うん!」
秀もそこまで大きい方ではないが、小さいなまえは、秀の腕の中にすっぽりと収まった。
なまえを後ろから抱きしめ、秀は「それから?」と続けた。
「んー…手を繋いだり?…あっ、頭撫でて欲しいな!」
それだったらこの体勢じゃなかった方がよかったんじゃ、と思いつつ、秀は言われるまま、左手はなまえと恋人繋ぎ、右手はなまえの頭を撫でた。
それだけでも、なまえは満足そうだ。
「えへへ」
「楽しそうだね」
「楽しいというか、嬉しいよ」
「…そ」
もしかしたら、寂しがらせていたのかもしれない。
そう思ったら、なまえの小さな我儘はいくらでも叶えてやりたくなって、秀は他愛ない会話をしながら、その状態を続けた。
しばらくして、顔の角度を変えようと、秀がふと動いたときに…
なまえが「ひゃっ!」と言って体を跳ねさせた。
「く、くすぐったいよ…」
「あれ、なまえってもしかして耳弱いの?」
「そうだけど…」
どうやら、動いたときになまえの耳に秀の息がかかったらしい。
顔を赤くして慌てるなまえの様子に、甘やかしたいという想いから一転して…秀のいたずら心が刺激された。
「ふーん…じゃあこういうのはどう?…なまえ」
「っ!!」
耳元で、なまえの名前を囁く。
なまえは、一瞬で首まで真っ赤になり、慌てて自分の耳を隠した。
「だ、ダメだってば!」
「そんな身を縮こまらせてたら、いちゃいちゃできないだろ?」
「うー…耳元で囁くの禁止だからねー!!」
「ふふ、いいけど?」
渋々と手を下ろしたなまえに、秀はえらいえらい、と楽し気に頭を撫でた。
そして。
「耳元で囁くのは禁止されたけどー…」
と言いつつ、なまえの耳をかぷりと甘噛みした。
「ひゃぁっっ!?」
「あははっ、すごい反応」
なまえは真っ赤になって立ち上がり、再び耳を隠し、毛を逆立てた猫のように秀に向き合った。
「しゅ、秀のばかー!いじわる!!」
「いじわるって…いちゃいちゃしたいって言ったのはなまえだろ」
「そ、それはそうだけど!これは違うってば!」
「見解の相違だな。俺にはいじわるのつもりはないし、俺の考えるいちゃいちゃっていうのは、こういうのだから」
「えぇっ!?」
「ま、なまえが嫌ならいいよ。ここでやめとく」
「えっ…」
秀にすっと引き下がられたことで、狼狽えるなまえ。
その様子に内心笑いながら、でも関心がなさそうな風を装い、秀はスマホを開いた。
好きな子ほど甘やかしたいし…いじめたいのだ。
そんな厄介な男に好かれたなまえは、しばらく黙って考えたあと…秀の袖を引っ張っぱり。
「…それはやだ」
と呟いた。
泣きそうになっているなまえに「やりすぎた」と秀は思いつつも、加虐心も煽られ…自分を落ち着かせるため、ふう、と息をついた。
「ごめん、わかった。もうしない」
と言いつつ、今はね。と心の中で付け足す。
「ほら、おいで」
出来るだけ優しく言って腕を広げると、なまえは恐る恐る秀の腕に収まる。
よしよし、と優しく頭を撫でていると、少しずつなまえの警戒がほどけていくようだった。
ベッドに並んで座ってしばらくすると、なまえがおずおずと口を開いた。
「…秀は?」
「え?」
「秀は、何かしてほしいこと、ある?」
なまえは、自分ばかり我儘を言っていると思ったのか、秀に問いかけた。
「この状況でそれを聞く?」と思わず口に出かかったが…先ほどいじめすぎたことを思い出し、秀はぐっと言葉を飲み込んだ。
「んー…そうだな…膝枕でもしてもらおうかな」
「わかった!はいっどうぞ!」
なまえは、自分にできることでよかったとばかりに座りなおして、準備を整えた。
その様子を見て、緩みかけた表情を立て直し、秀はなまえの膝の上にそっと頭を乗せた。
「なまえを見上げるのは新鮮だな」
「へへ、そうだね」
「重くない?」
「大丈夫だよ!」
そう言うと、なまえは楽しそうに、秀の頭を撫でたり、髪をすいたりし始めた。
それが存外心地よく、自然と瞼が重くなっていく。
そんな秀に気づいたなまえが、そっと笑った。
「…寝ていいよ。学校とお仕事頑張ってて、疲れてるでしょ?」
「ん…」
なまえにそう言われ「別に疲れてるわけじゃないけど」と一瞬思ったが、すぐに秀は抗うことをやめた。
それくらい、心地よくて。
優しい声と体温に誘われるがまま、秀は眠りについた。
(…ほんとに寝ちゃった)
なまえは秀を起こさないように、そっと心の中で呟いた。
意外にも、撫でられるのが気持ちよさそうだったので、なまえはその手は止めずに、秀の寝顔をじっと見つめた。
(ふふ、可愛い…そんなこと言ったら怒るんだろうけど。今くらいはゆっくりしてね…)
きっと本人は自覚していないけれど、日々忙しく過ごしている秀だ。
疲れていないわけがない。
そう思ったなまえは、秀が目覚めるまで飽きることなく、そっと頭を撫で続けるのだった。