変わるもの、変わらないもの



みのりとは、グレてた時に出会って、気付いたらよくつるむようになってた。
一時期は『茨城の鬼神とその片腕』なんて言われてたけど…
族を抜けたのも、同じくらいの時期だった。

そして2人して「実は花屋に」「実は看護師に」と言い合った時には、お互いに「似合わねー!」と大笑いしたものだ。
アタシが勉強や実習で忙しくなってから、会う回数は少なくなったけど、メールや電話でのやりとりは、相変わらず続けていた。

それはアタシがちゃんと看護師になっても続いていて…
久しぶりに会おうという話になって、数か月ぶりにいつもの飲み屋に集合した。

「ちーっす、おひさ」
「なまえ、久しぶり」

先に来ていたみのりに、昔からのノリであいさつをして、正面に座る。
みのりはすっかり丸くなったよなぁ。言葉遣いなんかは、アタシより丁寧だ。
…アタシだって、職場ではちゃんとしてる…はず。
アタシは…みのりの前だと気が緩むから、仕方ない。

安い酒で乾杯して、しばらくたわいない会話をしていると、みのりがスッと真面目な顔になった。
そして「報告したいことと、お願いしたいことがあるんだ」と言い出した。
こちらも釣られて姿勢を正す。
…なんだなんだ?

「実は俺…アイドルになるんだ」
「は?アイドル?…え、マジで?」
「マジだよ」

みのりがアイドルを好きなのは、もちろん知ってるけど………なる、だって?
みのり、騙されてんじゃ…いや、騙されるようなヤツじゃないか。

――よくよく話を聞いてみると、最近よく話に上がっていた『恭二』と『ピエール』という子らと一緒に、アイドルとしてデビューする…とのこと。

アイドル…アイドルねぇ。
みのりに連れられて、ライブを見に行ったりしたことはあるから、イメージが湧かないわけじゃないけど…
うーん。
顔はいいし、カラオケで聞く歌は上手いし、似合わないことはない気もする…けど。

「年齢的にアリなのか?」
「その辺りは…まぁ、うちの事務所、他にも30代はいるから」
「へぇ…変わった事務所だなー」

アイドルも多種多様、ってことか。
しかしアイドルってことは…

「アタシとこうやって会ってちゃ、まずいんじゃねーの?」

アイドルにスキャンダルはご法度。
みのりの場合、過去をほじくり返されたら、色々ありすぎて、今さら女がいたところで…という気もしなくはないが…

そうか、それじゃあこうやって会えることもなくなるのかもなー…

……ってあれ。もしかして、アタシはさびしがってるのか?
…………うわー…マジか。

「なに1人で百面相してるの」
「いてっ!!!」

色々考えていたら、思いっきりデコピンされた。
いってー…!

「容赦ねーなぁもう…!」
「え、そんなに痛かった?軽くのつもりだったんだけど…ごめん」

そういって近づいてきて、アタシのデコを覗き込むみのり。
アタシは慌てて距離を取った。
店の一番奥の個室とは言え、どこでパパラッチされるかわからねーじゃん!危機感足りなくねーか!?
…って気が早すぎか?

「あー、もういいけどさぁ!で、報告はアイドルになるってことで?もう1つ、なんかあるんだろ?」
「うん…ていうか、デコピンした後のこの流れで、こんなことを言うのも、どうかと思うんだけど…」

みのりはそわそわと視線を泳がせたかと思うと、残っていた酒を一気に飲み干し…
真っ直ぐに視線をぶつけてきた。
あの頃のような鋭さはないけど、目をそらせない強さがある。
思わずアタシもゴクリと喉を鳴らすと、みのりは言い放った。

「俺と付き合ってください!」
「……………ん?」

んん??
みのり、今なんつった?

「どうした、みのり。今日の酒、そんなに強かったか?」
「俺は酔ってないよ。確かに、冗談ととられても仕方はないけど…」

苦笑して、みのりは続けた。

「アイドルになるって決めて…俺も色々考えたんだ。いずれ昔のことはバレるだろうけど、隠せないことだし、隠すつもりもない。なによりあの時期がなければ、なまえに会えなかったし」

遠い日々に馳せるように、みのりは語る。
アタシは話の腰を折らないように頷いた。

「思い返すと、ずっとなまえがそばにいて…一緒にヤンチャしたり、バカなことやって笑いあったり…人には話せない思い出も多いけど」
「ハハ、そーだな」
「俺が大変な時はなまえが支えてくれたし、なまえが大変な時、なまえは俺を頼ってくれてたよね」
「そりゃ…まぁ…」
「アイドルになるからって、その関係が変わるなんて、考えられなくて…」
「お、おう」

そこまで言って、みのりは一息つき、また続けた。

「あと、さ。俺たち、そろそろいい歳じゃない?」
「うっ」
「俺は、それをとやかく言う人が周りにあんまりいないけど…なまえは、結婚は?って言われない?」
「い、言われる…うぅ…」

親やら、勤め先やらで聞きたくない言葉のかなり上位に入るワードだ。
アタシと同じくらい…いや、年下だって、かなりの割合で結婚してる…ぐっ。

「…とかなんとか色々考えてたら、なまえは最高の『ダチ』だけど、同時に、手放したくない『女の子』なんだってことに気付いて」
「へっ!?」
そこでみのりにぎゅっ、と手を握られる。
びっくりして仰け反るけど、強く握られていて動けない。

「だから、お願い。俺と付き合ってください」
「み、のり…」

ぐるぐる、ぐるぐる。
みのりの言葉が頭を駆け巡る。
女の子?アタシが?
手放したくない?アタシを?

そりゃあ…アタシだって、みのりのことは好きだ。
そうじゃなきゃ、こんなに長い間つるんだりできないだろーし。
でもその好きは…恋人になりたい、の好きなのか?
かと言って、他に恋人になりたいと思うような人が別にいるかと言われると、そんな人はいないし。

さっき、みのりに会えなくなるかもって考えたら、さびしかった。
それは事実。
だけど、それはどうしてだ?
単純に、友達と会えなくなるから?

――あああ、頭がオーバーヒートしそうだ。
このくらいの酒で酔ったりしないのに、今とてつもなく、顔も頭も熱い。

「なまえ…大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ねーわ…」
「と、とりあえず、お水もらおうか」

すみませーん、と店員に水を頼むみのりの声が、なんだか遠く感じる。

「ごめん、いきなりすぎた?」
「いや…自分が情けない…」
「あはは。そんなことはないよ。でもね、全部本当のことだから。前向きに考えてくれると嬉しいな」
「…でもさ、アイドルに恋人がいて、いいモンなの…か?」
「うーん…それは賛否両論あると思うけど…俺は推しに恋人がいても、推しをやめないよ」
「そういや、そうだっけ」
「それに『恋人がいること』より『恋人がいるけど、いないって嘘をつかれること』の方が問題なんだと思うんだ」
「それは…まぁそうかな」

そこで、頼んでいた水が来た。
みのりに片手を握られたままなので、空いている方の手で、水をあおる。
冷たい水のおかげで、少しはクールダウンできた気がする。
…よし。

「…前向きに、検討させてもらえれば、と」

……覚悟を決めたつもりが、ぼそぼそとした呟きになってしまった。
しかも、なんだこのおカタイ台詞は。
それでもみのりは、ぱっと顔を輝かせた。

「ほんと?じゃあ、少しでも早く正式に恋人になってもらえるように、俺も本気で頑張るね!」
「…ほ…本気?」
「うん♪」

にこにこと笑うみのりが怖い。
この笑顔は、よからぬことを企んでいる時の顔だ…!
はっと気づいて手をほどこうとするが、やっぱり離してくれない。
それどころか、するするとアタシの手の甲を撫で始めた。

「ちょっ、やめろ」
「なんで?」
「なんで、って…!!」

触り方がヤラシーんだよ!なんて言えなくて、また顔に熱が集まる。
ぜってーわかっててやってんな!?
あああ、判断を早まったんじゃないのか、アタシ!!!!

さらに正面にいたはずのみのりは、手を握ったまま隣に来て、体ごと距離を詰めてきた。
アタシの背は壁だ。逃げられない…!

「あと、さっきはごめんね」
「っ!?」

ちゅっ、とリップ音が上の方でした。
今、まさかアタシのデコに…!?

「俺の本気、覚悟してね?」

にっこり、とみのりは極上の笑顔で笑った。
さらに気付けば片方の手はアタシの腰へ…

「みのり、こんなに手が早かったのかよっ…!」
「やだなぁ、なまえにだけだよ。そういうなまえはこんなに可愛かったんだね。新発見だ」
「か、かわっ!?」
「可愛いなまえが、他の男に盗られないうちに、俺に決めてもらわないといけないからね」
「も、もうやめてくれぇー…」

「そうそう、ずっと支えてくれた人がいるんです、ってすごく芸能人っぽいと思わない?」
「話飛びすぎだろ!」




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