はぁぁ〜〜〜…
またやってしまった。
でも、あの営業の人ってば、締め切りを破った上、書類の計算間違ってるんだもん〜…
同じことでも、伝え方ひとつで、受ける印象が違う。
それはわかってるけど、どうしても、私はキツイ言い方しかできなくて。
……裏で自分がなんて呼ばれてるか、知ってる。
「鬼」だとか「鉄の女」だとか。
それは、否定できない事実で。
――はー…どうやったらうまくやれるんだろ…
そんな風に鬱々と帰宅したら、恋人の幸広くんがいた。
…暗かった気持ちが、ぐんと上を向く。
「おかえり、なまえ」
「ただいま〜〜〜!!」
「すまない、突然押しかけてしまって」
「ううん、全然!びっくりしたけど、嬉しい!」
そう言って抱きつくと、笑顔で頭を撫でてくれた。
幸広くんは優しいなぁ…!
「夕飯は食べたかい?」
「ううん、まだ!」
「よかった、じゃあ一緒に食べよう。準備しておくから、お風呂に入っておいで」
「はーい!」
まるで親子のように、私は幸広くんに言われるままに、きつく結んだ髪をほどいて、お風呂に入った。
…でも、1人になると、またぐるぐると反省タイムが始まってしまう。
ふと、鏡に映った自分の姿が目に入る。
…きっちりしすぎて怖がられるのもあるのかなぁ、とも思うけど、仕事中は一つ結びにメガネのスタイルが一番落ち着くし、朝の準備の効率も…
…って、効率なんて考えちゃうのがダメなんだろうなぁ。
でもなぁ…
…なんて、色々考えてしまいながらも、お風呂を済ませて出てくると、美味しそうな料理が並べられていた。
「実は今日、Cafe Paradeで新作メニューの試食会をしていてね。どれもとても美味しかったから、なまえにも食べてもらいたくて持ってきたんだ。意見もくれると嬉しいな」
「わぁ〜〜〜〜ありがとう!!どれも美味しそう〜〜!!」
アスランさんが作ったという美味しそうな料理の数々に、また私のテンションが上がっていく。
…単純だなぁ、私。
料理を堪能させてもらったあと、私は幸広くんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、今日のことを話した。
「なるほど…それで帰ってきたときに元気がなかったんだね」
「わかってるんだけどね、どうしても、キツい言い方になっちゃって」
私も反省はしてるけど、それ以上にあの人に反省して欲しいわけで…
どうにかしてくれるよね、って締め切り破っておいてヘラヘラ笑って持ってこないでほしいよね…!
反省したり怒ったり忙しい私の話を、幸広くんは静かに受け止めてくれた。
幸広くんはおおらかな人だから、私みたいにキーってならないし、怒っているところも見たことがない。
そんな幸広くんを、私は人として、とっても尊敬してる。
「…なまえは、しっかり責任をもって自分の仕事をしているんだから、えらいね。忙しかったり、締め切りを破られてしまったりすると、どうしても言い方がキツくなってしまうのも、無理もないよ」
幸広くんは、私のことを全肯定してくれる。
はぁ…優しさが身に染みるよぅ。
淹れてくれた紅茶も、いつも通り美味しくて、優しい。
「でも、言った後でなまえが後悔してしまうなら…少しずつ、1つでも何かを変えてみたらどうだろう?例えば…そうだな、言って一番後悔してしまう言葉は、絶対に言わないようにするとか…返事を返す前に、深呼吸をしてみるというのは、どうかな?」
なるほど…
いっぺんに全部は無理でも、使っちゃいけない言葉とかは、少しずつ気を付けていけるかもしれない…!
「あとは…なまえ好みの、リラックスできる紅茶をブレンドするから、仕事が忙しい時にこそ飲んでみて欲しいな。淹れやすいように、ティーパックにしておくから」
そう言って柔らかく笑う幸広くん。
至れり尽くせりだぁ…!
「でも、俺と居る時のなまえは全然そんな感じじゃないから…ちょっと意外かもしれないな」
「そうかな…?だけど、確かに会社だと張りつめてる感じは…ある、かも。幸広くんと一緒に居ると、リラックスできるというか…」
幸広くんの空気に包まれて、ほわ〜っとなっちゃうというか。
ふにゃーというか。
たぶん、会社での私とは違って、表情筋もゆるゆるになっていると思う。
「ふふ、そう言ってもらえて光栄だな。…でも」
「っ!?」
不意に幸広くんの顔が近づく。
「恋人ととしては、少しはドキドキしてもらいたいな…なんて思ってしまうのは、いけないことかな?」
「い、いけなくないです!でも、今はダメ!まだ紅茶残ってるしっ!」
「はは、じゃあ『今』はやめておこうか」
『今』を強調してくる幸広くん。
うう、幸広くんって、たまにこういうところあるんだよね…!
いつもはほんわかして柔らかい感じなのに、なんというか、時々男っぽい…というより雄っぽい…みたいな…
いわゆる、ギャップ、ってやつ…!
すっごくドキドキしちゃうから、心臓に悪いんだよ〜…!
……もちろん、嫌じゃないんだけど!
「…それはそれとして。あまり頑張りすぎないでいいんだよ。なまえがなまえらしくいられることが一番だ」
「…うん、ありがとう」
幸広くんに寄りかかって、私はその言葉に頷いた。
――私の頭を優しく撫でてくれる幸広くんが…
(こんな可愛いなまえが見られるのは、俺だけの特権だったら嬉しいしね)
なんて心の中で思っていたことは、露知らず――