真っ赤な瞳の理由



「ただいまぁ〜」
「おかえりー」

今日のドラマ収録は疲れたーーー…と盛大にため息をつきながら帰宅を告げると、先に家に帰っていた次郎さんが、私を見るなり慌てだした。
…恋人という関係になってから…次郎さんは私に対して、やや過保護だなぁ、と思う。

「なまえちゃん、どうしたの!?」
「えっ?」
「目が真っ赤だよ…仕事で嫌なことでもあった…?」
「え?あー、あのね、これは…」

かくかくしかじか。

心配そうに私の顔を覗き込んできた次郎さんに、今日の仕事のことをかいつまんで話した。
今日は、ドラマの収録で泣いている場面が続いて、ほぼ1日泣きっぱなしだった感じ。
おかげさまで、喉は枯れ気味だし、目から水分が奪われすぎて…なんというか、目がしぱしぱする。

理由がわかると、次郎さんは安心したように息をついた。

「なんだ、仕事か…でも、泣くのってエネルギー使うよね。お疲れ様ー」
「ありがとう。そうなんだよねー、今日は疲れたぁ」
「そういえば、なまえちゃんって、演技で泣かなきゃいけない時ってどういう風に泣いてるの?気持ちの作り方、っていうのかな…」

今後の参考に知りたい、と言う次郎さん。
次郎さんの方が年上だけど、演技の仕事は私の方が一応先輩だもんね。

「えーと、そうだなぁ…やっぱり、台本を読み込んで、役に入り込んで泣くのが一番だとは思うよ。そのくらい、役を深堀していって、自分に染み込ませる…みたいな…もう1つの自分の人生として生きるみたいな」
「うんうん」
「でも、CMとかみたいに尺が短かったり、そんなに設定が作り込まれてないキャラクターの場合は、全く別の、悲しいことを想像するのが多いかな」
「なるほど、そうなんだ」

私なんて、女優としてまだまだだけど…自分なりの言葉を、次郎さんに語る。

「悲しい経験を思い出して、その時の感情を引っ張り出す…ていう方法もよく聞くけど、私はそれだと、終わってからも引きずっちゃうことが多いから。悲しい想像だと、その場で泣けても『ま!もしもの想像だし』って思えて、感情が切り替えやすくて。あくまで私はね」
「へえー…悲しい想像って、例えば?」
「次郎さんに捨てられるとか」
「ええっ!?捨てないよ!?」
「うん、そうだと思う。後で冷静に考えると、あり得ないってところがポイントなの」
「な、なるほど…ていうか、そこ即答なんだね」

ふーむ、と考え込む次郎さん。
…同意が得られにくい方法ではあるとは思う。
でも、過去の悲しい思い出なんて、引っ張り出したくないんだもん。

『もしも』を想像して泣くのは…とても妄想力が必要だと思う。
今、次郎さんに説明したのは、かなりざっくりな内容であって…
実際のところ、私の頭の中では、全米が泣くほどの壮大なストーリーが展開されている。
時間がない時は、見たことのある映画の泣けるシーンを詰め込んで、自分と次郎さんに置き換えたりとかもする。

支離滅裂なことが多いし、さすがにこれを全部説明すると、ドン引きされそうなので、しないけど。
…恥ずかしいし。


「…つまり、なまえちゃんは、俺と別れるのは泣くほど悲しいことだけど、そんなことあり得ないとも思ってるってことか」

そう言うと、次郎さんはへにゃり、と笑って私の頭を撫でてくる。
…たどり着く結論が、最初の質問からかなりズレてる気もするんですけどー。

「…まぁ、そういうことになるね」
「はは、可愛いねえ、なまえちゃんは。でも、想像でも別れるとか考えて欲しくないなぁ」
「えーうーん…そしたら…」
「あっ、でも想像の中で俺をひどい目に遭わせるのもなしだよ!?」
「あははっ、さすがにしないよ」

何か新しいネタ考えておかないとダメかなぁー
……宇宙人にさらわれるくらいはセーフだろうか?



――さてと。
話はこれくらいにして。
私はいっぱい泣いたので、早くメイクを落としてがっつり顔を洗いたいのです。

「お風呂入ってくるねー」
「…俺も一緒に入ろうかな」
「えっ、もう入ったんじゃないの」

次郎さんはもうパジャマで、寝る支度は万全、って感じなのに。

「んー…今は、なまえちゃんとちょっとでも長く居たいっていうか…なまえちゃんのこと癒したいっていうか」

と、ニコニコとしながら言う次郎さん。

「…ふぅん?別にいいけど…」

最近あんまり一緒に過ごせてなかったし。
一緒にお風呂は、ちょっと恥ずかしいけど…一緒に居られるのは、私だって嬉しい。

「じゃあ、今日は色々次郎さんに甘えちゃおうかなー」
「はは、お任せあれーってね」


そして、上機嫌な次郎さんは、言葉通り私のことを癒してくれたのだった――




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