「なまえさん。一緒に温泉に行かないか?」
とある日。
玄武は年上の恋人であるなまえに、大きな封筒を見せて言った。
「温泉?…あ。もしかしてこれって、この間玄武くんがクイズ番組で優勝した時の商品?」
「ああ」
「朱雀くんと一緒に行かないの?あの番組も応援で出演してたよね」
あの時の玄武くんすごかったよね、となまえは番組を思い出しながら言った。
様々なジャンルのクイズを難なく解答していく玄武の姿に、改めて惚れ直したものだ。
それを応援席で観戦していた朱雀も、とてもいい味を出していて、こちらも改めていいコンビだなぁと思って見ていたことを思い出す。
当然、神速一魂の2人で行くものだと思っていたなまえは首をひねった。
「番組対策の勉強、手伝ってくれただろ?それにいつも世話になってる礼もしたいからな。プレゼントさせてくれ」
「え、全然大したことしてないよ…玄武くんの努力の賜物と、朱雀くんの応援の結果だし」
「それが朱雀も『オレは学校でも仕事でも一緒だからよ!なまえさんと一緒に行って来いよ!』って言ってたから、遠慮はいらねえよ」
そう畳みかける玄武に、なまえはしばし逡巡し…
(今度朱雀くんには、美味しいパンケーキ屋さん紹介しないと!)と決意し、柔らかく笑った。
「…それじゃあ、お言葉に甘えて」
「よし、早速日程を調整して…移動手段の手配なんかも任せてくれ」
「そんな、それくらいは私がするよ」
「報恩謝徳、いつもお世話になってるんだ、俺にさせてくれ」
「でも…」
「…たまには、俺になまえさんを甘やかさせてくれ」
「うー…それを言われると…」
甘えるのが苦手な自覚があるなまえは、そう言われると弱い。
観念したようになまえが「全部お任せします」と言うと、玄武は嬉しそうに笑った。
――そんなやり取りから数週間後。
なまえと玄武の2人は、電車に揺られ、都心から少し離れた温泉街にやってきた。
歴史を感じる建物や、あちこちでもくもくと上がる湯けむりに、なまえは目を輝かせた。
「わぁ…THE 温泉街!って感じだね。雰囲気あるねえ…!」
「そうだな。安閑恬静…まずは、宿でチェックインを済ませようぜ」
「うん!」
2人が泊まる宿は、温泉街一帯でも一番大きいのではないかという、立派な宿だった。
玄武に準備を任せるのであれば、できるだけ前情報を入れないで行こう、と思って何も調べてこなかったなまえは、入口で震える。
「ほ、本当にここ…!?」
「ああ、間違っちゃいねぇぜ」
「こんな格好で来て良かったのかな…!?」
「大丈夫だ。なまえさんは桜花爛漫。いつも可憐だぜ」
「あ、ありがと…ってそういう問題ではなくてね!?」
そんなやりとりをしながらも、宿にチェックインし、荷物を預けた2人は、街に繰り出した。
「なまえさんが好きそうな店をピックアップしておいたぜ。エスコートは任せてくれ」
「はーい、お願いします!」
まず玄武がなまえを案内したのは、とんぼ玉作り体験だ。
受付を済ませ、説明を受けると、早速楽しげななまえが玄武を見て言った。
「宿だけじゃなくて、こういうところまで予約してくれてありがとう!せっかくだから、お互いに作ったものを交換しない?」
「フッ…いいぜ。なまえさんが欣喜雀躍してくれるようなものを作ってみせるぜ」
「私も頑張るね!」
初めての作業に苦戦しつつも、隣で楽しそうに作業するなまえに、玄武は心の中で(まずは順調な滑り出しだな)と満足げだった。
「――できた〜!」
「俺もだ」
「じゃあせーので見せあいっこしよう!せーの!」
なまえの掛け声とともに、お互いのものを披露するなまえと玄武。
なまえが作ったのは、白地に濃い青の流水模様と、アクセントに金が入った大きめの丸いとんぼ玉。
対して玄武作のとんぼ玉は、楕円形の透明なガラスの中に青い花模様が浮かんでいるものだった。
「すごーい!!この花はバラ?」
「ああ…わかってもらって安心したぜ。こういうのは朱雀が得意なんだが…」
「玄武くんもすごいよ!可愛い〜〜」
手のひらでとんぼ玉をころころと転がしながら、褒め倒すなまえに、玄武は照れくさそうに頬をかいた。
「なにかアクセサリーなどに加工しますか?」
と店員さんに聞かれると、なまえは少し悩み…玄武を見上げた。
「うーん…えーと…ネックレスはどうかな?」
「ああ、いいな。俺は…簪にして贈らせてもらえるかい?」
「わ、いいね!そうする!」
そして2人はそれぞれネックレスと簪に加工してもらい、受け取った。
「ふふ、かわいーなぁ!今は上手くできなそうだからあとでつけよっと!次はどこに行くの〜?」
「次は甘味処だな。ここから少し行った先にある」
「やった!いっぱい考えて作業したから、甘いもの食べられるの嬉しいな〜ほんと、至れり尽くせりだね」
そう言うと、なまえはぎゅっと玄武の腕に抱きついた。
「ああ、任せてくれ」
――そうして2人は、目当ての甘味処で舌鼓を打ち。
レトロな射的場では――
「玄武くんズルい!リーチの長さが違いすぎる…!そんなのもう…届くじゃん!!」
「ははっ。欲しいものがあったら言ってくれ」
――と、はしゃぎあい。
お土産屋では――
「お土産はこのくらい買えば大丈夫かなぁ?」
「ああ。それに、明日も帰りがけに観光していこうぜ」
「そうだね!」
――と、2人して両手いっぱいに荷物を抱え、宿へと戻った。
宿に戻ってからも、部屋の豪華さ、外の景色、選べる浴衣の多さなど、様々なことに驚きっぱなしになまえの姿に、玄武は笑みを禁じ得なかった。
それに気を悪くするでもなく、なまえは玄武を見上げて言った。
「玄武くんサイズの浴衣もあるって、よかったねえ!」
「この旅館は、外国人観光客も多いらしくてな。それででかいサイズの浴衣があるらしい」
「なるほどね〜」
「…色々連れ回しちまったが…疲れちゃいないか?」
「ううん、全然大丈夫!もうすぐ夕飯の時間だっけ?」
「そうだな、あと20分くらいか」
「夕飯前にお風呂入っちゃいたかったけど、まあいいか!ご飯も楽しみ〜〜」
そして豪華な食事を楽しみ…風呂はさすがに一緒というわけに行かず、それぞれ大浴場に行くことになった。
「私は長くなっちゃうから、先に部屋に帰っててね」と言われた玄武は、少し迷ったが…
自分が待つと言うことでなまえを急かすことになってしまうのではと思い、しぶしぶ了承した。
広い湯船で伸び伸びといつもよりずっと長く入浴していたつもりだが、やはりなまえよりはずいぶん早く部屋に戻ってきてしまった玄武の目に入ったのは――2組の布団だった。
当然の配置ではあるものの、慌てて布団同士を引き離し。
…しかし、なんとも落ち着かず…
テレビをつけてチャンネルを次々と変えたり、荷物をまとめたりとそわそわと部屋中を動き回りながら、なまえを待った。
(…先に戻ってきて正解だったな)
なまえが戻ってくるまでに平常心を取り戻すべく、座って瞑想をしようとしたとこで、ガチャリとドアが開いた。
やましいことは何もしていないのに、心臓が飛び跳ねそうになった玄武は、できるだけ平静を装って、なまえを迎えようとし――
「あ、やっぱり玄武くんの方が先だったね」
風呂上りで頬が上気したなまえに笑いかけられ、入口に頭をぶつけた。
「わぁっ!?だ、大丈夫!?すごい音したけど!!?」
「す、すまねえ…大丈夫だ…」
「わっ」
ややよろけながらも、玄武はなまえを抱きしめた。
「…大浴場の外で待ってりゃよかったぜ」
「え?」
「いや、でも今のなまえさんの姿をあそこで見ていたら…」
ぶつぶつと呟くいつもの玄武らしからぬ姿に、ぷっと噴き出すなまえ。
「やだなぁ、玄武くん、見とれちゃった?」
「…ああ」
「玄武くんが選んでくれた浴衣と、玄武くんが作ってくれたとんぼ玉の簪のおかげだね」
「……ああ」
「ちょ、ちょっとさすがに苦しいよ」
「すまねえ」
なまえは緩んだ玄武の腕の中から抜け出すと、玄武を引っ張って部屋に連れ戻した。
机を挟んで対面に座るが…玄武と目線が合わない。
「お風呂もすごかったなーお湯もとろとろで、お肌がつるつるになったよ。男湯もよかった?」
「ああ」
「玄武くんの浴衣もかっこいいね」
「ああ」
「も〜。さっきからそればっかり」
苦笑しながら、なまえは玄武の横へ移動した。
よしよし、と頭を撫でていると少しずつ、玄武の視線がなまえの方を向いてくる。
「玄武くん、今日は連れてきてくれて、忙しいのに色々準備もしてくれて、本当にありがとう」
「…ああ。こちらこそ、一緒に来てくれてありがとうな」
「ふふーどういたしまして」
そう言うと、なまえは両手で玄武の手をとり、その顔を覗き込んだ。
「ねえ、玄武くん。簪をくれたのって…」
ビクッ!と体を跳ねさせる玄武に、なまえは柔らかく笑い。
「…もうちょっと大人になったら、はっきりと言葉で聞かせてね」
そして、ちゅっと可愛らしい音を立てて、先ほどぶつけていた玄武のおでこにキスをした。
「ありがとうと、痛いの痛いの飛んでいけーってことで、ね」
その夜の玄武の様子は…数年経った2人の間では、すっかり笑い話になったのだった――