――優秀な一家の落ちこぼれだった私。
ずっと家に居場所がなくて…高校を卒業と同時に逃げるように上京し、私は私だけの小さな居場所を手に入れた。
そして、いくつかのバイトを経験した後、縁あって働き始めた315プロダクション。
そこは、実家よりもずっと安らぐことができる、私の居場所になった。
捨てる神あれば拾う神あり…とでも言うのだろうか。
ともかく、私は大人になってようやく、心安げる居場所を手に入れることができた。
それから…私の部屋に、しばしば来客がやってくるようになった。
315プロで出会った彼は、気まぐれにふらりと現れ、ご飯を食べたり寝たりして、自由に振る舞い、満足するとまたふらりと出ていく。
まるで大きな猫のようだ。
そんな来客――漣くんは、今日もうちにやってきて、たっぷりのご飯をたいらげた。
「ふぁ〜…」
食後には、猫みたいにしなやかな体を伸ばし、大きなあくびをしていた。
今日のご飯も満足してもらえたみたいで、何よりだ。
実家での暮らしで、自分は誰かと暮らすことに向いていないのだろうと思っていたけれど、家に漣くんがいることは苦ではなく。
…最初は、彼氏でもない異性を家にあげる、ましてや泊めるなんてどうなんだろうと、思わないでもなかったけど…
なんだろう…やっぱり猫みたいだな、と思っているからだろうか。
実際のところ、家ではペットなんて許されなかったから、猫を飼ったことはないので、たぶん、こんな感じだろう、というイメージに過ぎないけれど。
なんだかんだで、私はこの状況を受け入れていたのだった。
「今日は泊まっていく?明日の朝イチの現場、確かうちから近かったよね」
「泊まってやる。感謝しろ!」
「ふふ、ありがと。朝ご飯も作るね」
片付けを終え、一息ついてソファに座ると、漣くんがその上に寝転がってきた。
いわゆる、膝枕状態である。
「ここで寝る?どこうか?」
「いい。このまま座ってろ」
…珍しいこともあるものだ。
家に来ることが多いとは言え、くっついてきたりは、ほとんどしたことないのに。
漣くんの気まぐれは、今に始まったことではないけど。
「わかった。でも、私はお風呂まだ入ってないから、1時間くらいで解放してね」
「風呂なんて別にいいだろ」
「えー漣くんは入ったじゃない。私だって入りたいよ」
そんな風に話していたけれど、だんだんと漣くんの口数が減っていく。
本当に寝ちゃうのね…まぁ、いいか。
せっかくの機会だから、漣くんのふわふわの髪を堪能させてもらおうかな。
そっと髪に触れると、ぴくっと反応されたけど、何も言われなかったので、嫌ではないのだろう。
漣くんの長い髪、漣くんのダイナミックな動きにあわせて動くのを見ているのも好きなんだよねー
そんなことを考えながら、私はゆるゆると漣くんの髪を撫で続けた。
…そうしてしばらくして。
調子に乗って、私は頬や喉元にも触れた。
……お手入れとかしてなさそうなのに、すべすべだなぁ。
色も白いし…羨ましい…
漣くんが寝ているのをいいことに、私はつい、唇にも触れてしまった。
ぷっくりしていて、荒れてないし、健康そのもの、って感じ。
ほんと、整ってるよなぁ…
と、そこで漣くんの目が開いた。
さすがにやりすぎたらしい。
「おい」
「あ」
「ずいぶんと好き勝手触ってくれたなァ?」
「ご、ごめん、つい。出来心で。」
「オレ様のことを散々撫でまわした覚悟はできてるんだろーな、あァ?」
「覚悟…って…?ひゃっ」
覚悟ってなんの…と思った瞬間、漣くんの指がするっと頬から顎へと滑っていった。
そして起き上がると、私の隣に座り顔を覗き込んできた。
「ち、近いよ漣くん」
「オマエだってずっとオレ様のこと見てただろーが」
「それはそうだけど…」
寝てると思ってたけど、もしかしてずっと起きてたんだろうか…
でも本当に嫌だったら、漣くんは速攻で拒否するよね…ううーん…
そんなことを考えている間にも、漣くんの手は、するりと私の耳元へと移動する。
「わっ…!くすぐったいよ」
「オレ様だってくすぐったかったっての」
うう、仕返しかぁ。
それならしょうがない…のかも。
寝込みを襲ったみたいな形だもんね……って。
そう考えると私…ものすごいことをしてしまったのでは…??
漣くんはわしわしと私の頭を撫でたり、かと思えば髪の毛をくるくると指に巻き付けてみたり。顔や首や耳元をするすると触ってみたり。
…だいぶ恥ずかしいんだけど…毛づくろい的なことなんだろうか…
うー、早く満足してくださいー…
そろそろ解放して欲しいなぁと思って、恥ずかしさから瞑っていた目をそっと開けて漣くんを見ると、ばちっと目が合った。
…あ、れ…?なんだろう。
漣くんが私を見る目が、表情が、いつもと違って…目が離せない。
心臓が、ばくばくと音を立てる。
漣くんの指が、優しく、私の唇に触れた。
「…嫌じゃねえんだな?」
「え?…ええと、私もしちゃったから…おあいこかなって」
「……そういうことじゃねーよ」
…いくら鈍い私でも、意識してこなかった私でも。
この流れは――…もしかして……
なんて、考えている間に、漣くんにキスされた。
「っ!?」
「……イヤなのかよ」
不満げな漣くんに、私は咄嗟に否定の声を上げていた。
「いやじゃ、なくて……自分でもびっくりしてる」
「なんだそれ。イミわかんねー」
「私も……あと、漣くんって、こういうことするんだ?ってびっくりしてる。しかも私に…」
「ンだよ、文句あんのか」
「ううん、文句じゃなくて…」
突然のことで混乱してるけど、嫌じゃない。
それどころか。
「…もっとしたい、って思っちゃった」
「はァ!?」
カッと漣くんの顔が耳まで赤くなる。
…ふふ、こんな顔も初めて見たなぁ。
でも、きっと、私の顔も真っ赤だよね。
それを誤魔化すように、私はへへ、と笑って、漣くんにお返しのキスをした。
すると、漣くんはさらに赤くなって…なんかよくわからないことを呻いた後、誤魔化すように、またキスをしてきた。
今度は、ちょっと荒っぽくて、深くて、まるで漣くんに食べられてしまうようなキスだ。
「んっ…ふぁっ…」
キスが深くて、とろけてしまいそうで、自分を支えていられなくて…私はずるずるとソファに倒れ込んだ。
完全に漣くんに押し倒されている形だ。
少し苦しいけど、でもそれもなんだかとても嬉しくて、愛おしくて、私は漣くんを受け入れた。
…でも、しばらくするとやっぱり苦しくて、トントンと漣くんの胸を叩いた。
「んっ…れ、んくん、ちょっと、休憩っ…」
「ンだよ、もうへばってんのか?」
そうは言いつつ、止めてくれる漣くんは優しい。
…漣くんと、自分の感情の勢いに流されてしまったけれど。
これだけは、はっきりさせておきたい、と思う。
私は起き上がって、漣くんに向きあった。
「あのね、念のため、確認したいんだけど」
「あァ?」
「漣くんは、私のこと好きってこと…?」
「はァ!?」
「ごめんね、私、こういうの…初めてで。空気とか読めなくて。そもそも誰かの隣に…私の居場所があると思ってなくて…」
突然のことに、上手い表現が見つからない。
本当に、予想外だったのだ。
漣くんの行動も、自分の気持ちも。
今日の今日まで、甘い雰囲気みたいなものになったことなかった…はずだし。
嫌とかは全然なくて、嬉しいけど…半信半疑みたいな。
漣くんが騙したりはしないだろうし、漣くんがあちこちの女の人のところを渡り歩いて同じことをしてる、なんてことも思ってないんだけど…
誰かに自分が選ばれると思ってなかったから、なのかな…
「めんどくせー…」
「ごめん…」
また私が謝ると漣くんは本当にめんどくさそうに舌打ちした後、首筋を舐め…嚙みついてきた。
「わぁっ!?ちょちょ、私まだお風呂入ってないってば…っっ!?いったぁ…!!」
「ギャーギャーうっせーよ」
痛ぁ…!!
これ絶対歯型ついたでしょ…!?
「オマエはオレ様のモンだ!それでジューブンだろーが」
「…マーキングってことぉ…!?痛いからもうやめてよ〜…」
「知るか」
「ええぇ…」
今度は私が責めると、漣くんはふいっとそっぽを向いた。
もう…!
…でもそんなところも、可愛く思えてしまって。
なんだかもう、この状況が私は面白くなってしまって、笑いだしてしまった。
「…ふ、ふふふ…」
「なに笑ってんだよ…変なヤツ」
「あはは、わかんない。でもね、漣くんの気持ちは分かったと思う。たぶん」
「たぶんかよ!」
「ふふ、だって漣くんはっきり言ってくれないんだもん。言ってくれないと、わかんないよ」
私がそう言うと、眉を寄せる漣くん。
いつか言ってくれないかな、と淡い期待を抱きながら、私は続けた。
「でもね、漣くんが私の居場所になってくれて、私が漣くんの居場所になれてるなら、すっごく嬉しいよ」
「またごちゃごちゃとめんどくせーな!とにかく、オレ様の隣にいることを許してやるって言ってんだよ!コーエーに思いやがれ!」
「…あはは、ありがとう」
笑ってるけど…嬉しくて、泣きそう。
…ああダメだ、涙が流れてきた。
ああ、また、あったかい居場所が増えたなぁ…
漣くんに居場所を作ってるつもりが、漣くんが私の居場所を作ってくれたのかも。
「泣くんじゃねーよ」
「これは嬉し涙だから、許して?」
「チッ、しょうがねぇな」
漣くんは涙を拭うように、私の目元をぺろりと舐めた。
「しょっぺー」
「あはは、美味しくはないと思うなぁ」
「口直しさせろ」
「へ…っ!…んんっ…ふ…はっ…」
漣くんの一連の行動に、涙は引っ込み。
私は、大人しく漣くんのキスを享受した。
「…ね、漣くん」
「なんだよ」
「1つお願い。私のこと、名前で呼んで欲しいなぁ」
「………なまえ。これでいいのかよ」
「…うん。ありがとう、漣くん」
お礼の気持ちでちゅ、と漣くんの頬にキスをすると、また赤くなって誤魔化すように勢いよくキスをされた。
…もしかして、自分がするのはよくて、私がするのは照れちゃうってこと…?
やだ…漣くんってば可愛い…!
でもそんなことを言ったら、きっと大変なことになるって、さすがの私でもわかるので…
今日のところは、余計なことは言わないでおこう。
きっとこれからも、私たちの時間は、いっぱいあるだろうから…
いつか「好き」も言って欲しいなぁ。
まずは、私から、かなー…
そんな未来のことを考えながら、私は漣くんの首に腕を回し、もう一度、そっとキスをしたのだった。