柏木翼と暮らす/夜



私の恋人はアイドルの柏木翼。
そして私は、彼の所属するDRAMATIC STARSの担当プロデューサーだ。

自分の担当するアイドルに恋するなんてプロデューサー失格だと思って、気持ちは絶対に隠し通すと誓っていたのに。
ある日、翼から「オレ、プロデューサーが好きです」と想いを告げられて、あっという間にその誓いは崩れ去った。

私も翼も隠し事は苦手だし、黙っているのは不義理だからと、正直に天道さんと桜庭さんに話すことにした。
プロデューサー失格だって言われるかもしれない、辞めなきゃいけなくなる?…なんてぐるぐると不安な気持ちでいたのに、2人からは「やっとくっついたのか」「仕事に支障をきたさないのなら、僕から言うことはない」と、想像していなかった返しをされた。

あっけにとられて、翼とぽかんとしていたら「で?告白はどっちからだ?」と、天道さんがニヤニヤしながら聞いてきた。
それに桜庭さんがキレ気味に「僕は仕事に支障をきたすなと言ったんだ。次はレッスンじゃないのか」と言ってきたので、慌ててレッスンに向かい、その話はそこであっさり終わった。
あとで、きっと2人なりの優しさだったんだろう、と翼と笑いあった。
…隠し事が苦手なことも、改めて自覚した。

そして。
翼が今人気上昇中のアイドルということもあって、外でデートをしない代わりに、私たちは思い切って同棲することにした。
セキュリティが厳しいことを基準にマンションを選んだだけあって、今のところ平和に過ごせている。


今日は、私も同行したユニットでの仕事から直帰できることになったので、一緒に帰宅した。
と言っても、念のため別々の場所でタクシーを降りて、マンションのエレベーターホールで合流したのだけれど。
フロアに向かうエレベーターでようやく2人きりになり、翼がニコニコと口を開いた。

「今日の夕飯はなんですか〜?」
「今日は卵の消費期限が近いので、親子丼にします!」
「うわぁ、楽しみです!!」

そう笑う翼は、実のところ、何を作っても喜んでくれる。
前にひどい失敗をした時も、笑って平らげてくれた。
嬉しさよりも、申し訳なさ過ぎて、いたたまれなさが勝ったけど…
そんな私の料理でも喜んでくれるから、苦手な料理も、もっと頑張ろうって思える。
その甲斐あってか、2人で暮らし始めてから、私の料理の腕はめきめき上がっている。…はず。


部屋に着いて、扉を開け、玄関に入る。
そして玄関で「ただいま」と言う翼に「おかえりなさい」と私が返す。
今度は逆で「ただいま」と言う私に「おかえりなさい」と翼が返してくれる。

どちらかが帰ってきた時に「おかえり」と迎えるのはもちろんだけど、今日みたいに2人で帰ってこれたときも、「ただいま」と「おかえり」をお互いに返すようにしてる。
ちょっと変かもしれないけど、ずっと鍵っ子で、大人になってからも1人暮らしが長かった私には、すごくほっとできる大事な習慣だ。


「オレ、着替えたらお風呂洗ってきますね」
「はーい、よろしく!沸いたらそのままお先にどうぞ」

私はささっと部屋着に着替えて、料理開始だ。
まずはお米を洗って、浸している間にお味噌汁を作って…あとは作り置きのきんぴらごぼうと、お漬け物も出そう。
翼が足りなければ…お豆腐があるから、冷奴もできるかな…うん、これでたぶん大丈夫だろう。

翼はたくさん食べるので、量の加減が難しい。
下手したら、私の1日分じゃ…と思う量を1食で平らげてしまう。
とは言え、アイドルは体調管理も体型維持も重要だから、お腹いっぱいになればいいというものでもない。
そんなわけで、夕飯は野菜を多めにしてるのだけど…
量が多くなると当然、品数も多くなるから、もうちょっとレパートリーも増やさないと…というのが、最近の私の課題だ。

1時間ほどするとメインの親子丼の準備もできて、あとはご飯が炊けたら、卵を入れて完成だ。
そして炊飯器が鳴ると同時に、翼がお風呂から出てきた。

「お風呂、お先でした〜」
「あ、タイミングぴったり。今ご飯炊けたよ」
「わぁ、やった!お皿用意しますね!」
「おねがーい」

翼が食卓の用意をしてくれている間に、私は仕上げに取り掛かる。
卵が固くなり過ぎないように気をつけて…このくらいかな?
あとは盛り付け…翼の方のお肉を多めにしてっ…と。
…よし、できた!

「お待たせ」
「いい匂いですね!美味しそうです!」
「そうだといいんだけど」
「なまえさんの作るものはなんでも美味しいですよ。それじゃ、いただきまーす!」

反論する余地を与えず、翼が食べ始めたので、私もおとなしく「いただきます」と食べ始めることにした。
…これなら合格ラインかな。

「うん、今日も美味しいです!」
「…ありがと。そうだ、何か食べたいものある?手間のかかるものなら、週末に作るし」
「うーん…そうだ、からあげがいーっぱい食べたいです!」
「いーっぱい…?」
「はい!…ダメですか?」
「……その日、いつもよりトレーニングの量を増やすなら、いいよ」
「やった!オレ頑張ります!」

だけど、翼の言う「いーっぱい」って、どのくらいなの…?
……1人で1キロとか食べちゃいそうだよね…いや、むしろ足りないかもしれない。
楽しみにしてるみたいだから、いっぱい作らないとだよね…多かったら次の日に回せばいいし。
あ、同じ味ばっかりだと飽きちゃうだろうから、何種類か用意した方がいいかな…

そんなことを考えているうちに、翼は食べ終わっていた。
早い…翼の方が食べてる量も多いんだけどなぁ…

「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「お皿洗っておきますね!」
「ありがとう」

そしてようやく私も食べ終わって、お皿をシンクに出すと、翼がまとめて洗ってくれた。
私は洗い終わったお皿を拭いて片付けよう。

「お皿しまうところまでやっておきますから、お風呂入ってきていいですよ」
「ありがとう…でも、いいの。したいから」
「そうなんですか?」
「うん、共同作業って感じがして好き」
「…えへへ、じゃあ一緒にやりましょう」

本当は、食洗機を買った方がいいんだろうけど…こうやって2人で何かをするのが好きで、買わないでいる。
外では恋人らしいことができないから、家の中では少しでも2人でできることをしたい、というただのワガママだ。
けれど、翼は嫌な顔をせず、受け入れてくれる。

「これで今日も終わり…わっ!」

最後のお皿をしまうと、唐突に後ろから翼に抱きしめられた。

「な、なに?」
「なまえさんのことが好きだなぁ、って改めて思ったので」
「っ!?」
「オレも、一緒にお皿洗うの楽しいです」
「う、うん、ありがとう…でも今は離れて欲しいな!!」

せっかくの甘い雰囲気だけど…今はやめてほしくて、向き直って、ぐぐーっと力いっぱい翼を押し返す。

「…いやですか?」

しょんぼりとする翼に、垂れ下がった耳としっぽが見える気がする。
うっ、そんな顔されても嫌なものは嫌なの…!

「…今は、イヤ。お風呂入ってないし」
「オレ入りましたよ?」
「私が入ってないでしょ。臭かったらイヤだし…」
「そんなことないですよー。なまえさんはいつもいい匂いです」

そういってまた私を抱きしめて、すんすんと鼻を鳴らす翼。
やめてってばーー!!
なけなしの乙女心ってやつなんだから!!

「翼が気にしなくても、私が気にするの!」
「えぇー…お風呂入っちゃうと、オレと一緒の匂いになっちゃいますし…それはそれで嬉しいですけど」
「と、とにかくお風呂入ってくるから!」
「はーい、いってらっしゃい」

名残惜しそうな翼を振り切って、お風呂場に飛び込む。
うぅ、最近翼に翻弄されてる気がする…そりゃ…イヤじゃ、ないけど…


頭をクールダウンさせるための長風呂から出ると、翼がソファーに座ってテレビを見ていた。

「あ、この番組この間出たやつだね」
「はい。面白かったですよね」

翼の隣に座って一緒にテレビを見よう、と思ったら「こっちです」と腕を引っ張られて、気付けば翼の足の間に収まってた。

「…暑くない?」
「あったかいです」
「狭くない?」
「へっちゃらですよ。今なら抱き締めてもいいんですよね?」
「………うん」
「えへへ、よかった」

…うーん、やっぱり翼のペースに流されてるなぁ。
観念して、抱きかかえられるような体勢のままテレビを一緒に見る。
…ちょっと重いけど、翼とくっついていられるのは、私だって嬉しい。

「この司会者さん、お話が本当に面白いですよね。あんまり話してない人へ、話題を振るのも上手ですし」
「そうだね、さすがベテランMCって感じ。勉強させてもらえたよね」
「はい。また一緒にお仕事できるといいなぁ」
「そこは任せて」
「ふふっ、頼もしいです」

私たちは恋人同士だけど、アイドルとプロデューサーでもあるから、プライベートでも仕事の話はする。
どちらも私たちの大事な関係で、そこに線を引くことはできないから。

そしてテレビをしばらく見ていると、翼が大きなあくびをした。
明日も早いし、切り上げないとね。

「そろそろ寝よっか」
「はいー…」

のそのそと寝る支度をする翼。
その間に、私は明日の朝ごはんと、仕事の準備をしておく。
1人暮らしの時は、帰ってきて夕飯を詰め込んで倒れ込むように寝て、起きて朝食は適当に済ませて慌ただしく出かけていたから、かなり健康的になったと思う。
これも翼と暮らすようになって良かったことの1つだ。


準備を終えて、ベッドに向かうと、もう翼は半分くらい寝ていた。
起こさないように、そっとベッドに入る。

「なまえさーん…」
「はいはい」

寝ぼけながらも、翼は私にすり寄って、抱きしめてきた。
そしてふにゃりと笑って「おやすみ、なさい…」と、そのまま寝入っていった。
…可愛いなぁ。

「おやすみ、翼」

明日も、この先もずっと翼と一緒に過ごせますように。
そう呟いて、翼の熱に包まれながら私も瞼を閉じた――




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