セイレーンちゃんは気付く



『セイレーンの亜人』と言っても、私は『歌』以外は普通の人間なので、普通に生活して、大学を出て、社会人として働いている。
普段の生活で気をつけているのは、うっかり鼻歌を歌わないようにすることくらいだ。

いつも通りに事務所に出勤して仕事をしていると、そう経たないうちにJupiterの北斗くんがやってきた。
今日は確か…1日グラビアの撮影で、現地集合だったような。

「おはようございます」
「おはよう」

あれ?
北斗くん、少し、声に違和感がある気がするんだけど…

「北斗くん、早いね。今日は現地集合じゃなかったっけ?」
「撮影前に次の仕事の台本を受け取っておこうと思ったので」
「なるほど」
「それと、なまえさんの顔を見に、ね☆」

わ、さすがナチュラルボーン色男…
私が返答に困っていると、北斗くんはくすりと笑って話を変えた。

「それで、なまえさん、台本がどこにあるか知ってますか?」
「あ、うん。ちょっと待ってね」

プロデューサーさんに届いた荷物を整理するのも私の仕事だから、もちろん場所は知ってる。
アイドルのみんなに配る前の資料は、棚の上の箱に、ユニットごとにまとめているのだ。
その箱を下ろそうとすると「そういうのは男の仕事ですよ」と北斗くんが下ろしてくれた…さすがだなぁ。

「現場で会うので、冬馬と翔太の分ももらえますか?」
「了解です」

1冊ずつ封筒にいれて、それぞれに名前を書いて…と。
持って行きやすいように、まとめて紙袋に入れて、北斗くんに手渡した。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
「この台本、ミュージカルのだったっけ。楽しみにしてる!」
「ふふ、なまえさんに言われると、気が引き締まりますね」

私が『セイレーン』なことはみんな知っているし、歌えないけど音楽はそれなりに出来ることも知られているからこその言葉なんだろうな。
315プロダクションのみんなには、最初こそ珍しがられけど、変に騒がれたり、特別視されたりもしなくて、とても居心地がいい。
そこまで特殊な力や体質でないことも大きいけれど…何より、無理やり歌わせようと言う人がいないのがありがたい。
他の『亜人』は、きっともっと大変なんだろうけど…

…っとと、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。

「あの、北斗くん」
「なんでしょう?」
「勘違いだったら申し訳ないんだけど…喉、痛めてない?」

いつもより、声がやや低くて籠り気味な気がするんだよね…
一度、学生時代に同じことを指摘した人には「風邪を自覚させるな」なんて理不尽な怒られ方をしたけど。
アイドルは体調管理が重要だから、出来るなら早めに対処した方がいいはず!
気のせいなら、それでいいもんね。

「おや…ばれちゃいましたか。ちょっと昨日遅くまで…ね」
「…ちょっと待っててね」

なんだか意味深だなぁ。
根掘り葉掘り聞くつもりはないけど…
北斗くんなら、女の子と遅くまで…なんてちょっと考えてしまう。いやいや。
変な考えを振り払って、自分のデスクの引き出しを漁ると…よかった、まだストックがたくさんあった。

「これ、喉にいいアメなの。ちょっと独特の味がするけど…すごくよく効くから。スタジオって乾いてるし、撮影の合間にも舐められるように、多めにどうぞ!」

そう伝えて、北斗くんに一掴みのアメを渡した。
ちょっと、おばちゃんくさかったかな…

「はは、ありがとうございます。助かります」
「いえいえ。このくらいしか役に立てないから」
「なまえさんは謙虚ですね。もっと自分に自信を持っていいと思いますよ。俺たちが輝けるのは、なまえさんたちの支えがあってこそなんですから」
「…ありがとう」

アメを渡しただけで、すごく褒められてしまった…
北斗くんの心遣いはうれしいけれど。

「おっと、時間だ。それじゃあいってきます。チャオ☆」
「いってらっしゃい!」

北斗くんはいつものウィンクを決めて、事務所を出て行った。
…根っからのアイドル気質なんだろうなぁ。しみじみとそう思う。

そうして北斗くんを見送った後、私もデスクに戻った。
またアメを買い足しておかないとな。

――さて、私もお仕事の続き頑張ろう!




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