風邪を引いた日



――久しぶりの連休に、気が緩んだのか。

「38.6…」

ピピピと電子音を立てた体温計に、ため息をついた。
その息すら熱い気がする。

これは、今日の予定キャンセルだな…

休み明けは、また仕事だ。
社会人として、体調管理は基本中の基本。
…そもそも、こんなフラフラな状態じゃ出かけられない。
うー…熱のせいか、節々が痛い…

もう一眠りしたい、けど、次郎さんに連絡だけはしなきゃ…

『ごめんなさい、風邪をひきました。今日はキャンセルさせてください』
『うつるといけないので来ないでください』
『この埋め合わせは必ず』

よろよろとそこまで打って、メッセージを送信。
すごく可愛げのないメッセージだった気もするが…気力がない…

せっかく…休みがかみ合ったのになー……
そんな悔しさを感じながらも、私は再びベッドに沈み込んだ。


.......



……なんかいい匂いがする………

目を覚ますと、部屋にはいい匂いが漂い、キッチンから物音が聞こえる。
まさか…

ごそごそと身を起こすと、次郎さんが顔を出した。

「あ、起きた?」
「なん、で…」

喉が渇いて、うまく喋れない。
確かに、家の鍵は渡しているし、そういう仲ではあるけど。
目の前には、約束をキャンセルしたはずの次郎さんがいた。

「プロデューサーちゃんの『来るな』は『来てほしい』でしょ?マスクはしてるし、大丈夫だって」
「っ………」
「うれしくない?迷惑?」
「…ううん。うれしいです。ありがと…」
「わ、珍しい。プロデューサーちゃんが素直だ」
「うるさいなー…」

見透かされたのが恥ずかしくて、また可愛げのないセリフ。
でもそれを気にすることなく、次郎さんは笑った。

「あはは、ごめんごめん。ところで、食欲はある?」
「…ん。おなか、すいた…」
「ほいほい。もうちょっと待っててね」

熱は高いみたいだけど、食欲はあるなら大丈夫そうだね、と次郎さんはキッチンに戻って行った。
その間によろよろ最低限の身支度を済ます。
着替えは、ちょっと無理…

布団に戻ってぼーっと天井を見上げて待っていたら、「おまたせ〜」と次郎さんが戻ってきた。

「そこで食べる?」
「…机まで行く…」
「ん、それじゃおじさんにつかまって」

今は机に向かって、椅子に座るだけでも一仕事だ。
ありがたく、次郎さんの手につかまった。

そしてたどり着いた机の上には、土鍋に入ったおじやがあった。
席に着くと、次郎さんは器に盛ってくれた。

「はい、どうぞ。味は、保証できないけど…愛情はたっぷりだよ、なんて」

次郎さんの料理は何度か食べたことがある。
美味しいのに。相変わらず自己評価が低いなぁ…

「……」
「どうしたの?食欲なくなっちゃった?」
「んーん。熱そうだなぁ、って」
「………それってもしかして」
「ふーふーして欲しい」
「いやいやいや。それはちょっと…」
「次郎さんがつめたい…」

ここまでしてくれたんだからいーじゃん。
熱のせいか、普段言えないことを言っているような気がする。
まぁ、いいや。

「あーもう、わかりましたよ。…今だけだからね?」
「ふだんは頼めないもん」
「…プロデューサーちゃん、だいぶ熱にやられてるね。「もん」なんて言うの、初めて聞いた気がするよ?」
「おなかすいたー」
「あーはいはい。……ほら、あーん」

照れつつも、ちゃんと冷ましてからレンゲを差し出してくれる次郎さん。
それにぱく、と食いつく。
…優しくて、あったかい味がする。

「おいしい」
「そいつはどーも。もっと食べられそう?」
「うん。あーん」
「…それまだ続けるのね…」

なんだかんだ、リクエストに応えてくれる次郎さんは、私がお腹いっぱいになるまで続けてくれた。
そして食べ終わったら薬まで出してくれた。さすがだ。

「薬飲んだらまた寝ちゃってね」
「はぁい」
「枕元にペットボトルおいておくから、水分たくさんとるんだよ」
「うん」
「その間に夕飯の買い出ししてくるから、起きていなくても泣かないでね?」
「泣かない」
「何か食べたいものある?」
「…りんご」
「ほいほい。あと、ご飯食べたから汗かくだろうし、次起きて気力があったらシャワーで汗流しておいで」

もぞもぞと布団にもぐりながら会話をする。
私の頭はだいぶ弱っている気がする。
そしてこの会話はまるで…

「…おかーさんみたい」
「……シャワー、手伝おうか?」
「結構です。」
「……急にそのトーンやめて?おじさん泣いちゃう」

熱でふわふわした頭で話していると、急激に眠気が襲ってきた。

「次郎さん…お昼ご飯は…?」
「大丈夫、外で適当に済ませてくるよ」
「ん…」

申し訳ないけど、ここで食べたら風邪うつるかもしれないから、ぜひそうしてほしい…

「さ、もう寝なって」
「んー…おやすみなさい…」
「おやすみ、プロデューサーちゃん」


.......



再び目を覚ますと、空はオレンジ色になっていた。
結構寝ていたらしい。
いっぱい汗かいたな…べとべとして気持ち悪い。

起き上がると、さっきより楽になった気がする。
次郎さんは…まだ買い物中かな…

とりあえずささっとシャワーを済ませて、また布団に戻る。
…目を閉じるけど、さすがにもう眠れないようだ。
TVをつけて、ぼーっと見ていると、しばらくして部屋の鍵が開き、「ただいま〜」と声が聞こえた。
…ただいま、だって。なんだかこそばゆい。

「あ、プロデューサーちゃん起きてる」
「さっき起きた…」
「うん、顔色も落ち着いてきたし、熱もだいぶ下がったみたいだね〜。でもまだおとなしく寝てるんだよ?」
「はぁい」

私の額を触って熱を確かめた次郎さんは、やっぱりお母さんみたい。もう言わないけど。
そして次郎さんはキッチンに戻って、買ってきた食材で、そのまま夕飯の準備もしてくれてるみたいだ…
その音を聞いていたら安心したのか、来ないと思った眠気がまた襲って来て、私は緩やかに眠りに落ちた。


.......



次に起きた時には、空は真っ暗だった。
作ってくれたお鍋を食べて、一息ついたら、うさちゃんりんごが出てきた。
…至れり尽くせりだ。

「今日はほんと、ありがとうございました」

おかげで熱はだいぶ下がったみたいだし。
明日もゆっくり過ごせば、明後日はちゃんと仕事に行けるだろう。
…けど、次郎さんは明日は仕事だ。申し訳ない。

「いーえ、どういたしまして」
「予定キャンセルなうえに、看病までしてもらって…明日も仕事なのに」
「ううん、プロデューサーちゃんの世話を焼けるなんて、新鮮で楽しいよ。いつもと違うプロデューサーちゃんも見れたしね」

私に気を遣わせないためか、へらっと次郎さんは笑った。
…確かに、昼間の私は色々なネジが緩んでいた気がするけど。
……もう終わったことだから、忘れたことにする。

「それに、風邪のときって1人だとすごくさびしいでしょ?」
「うん」
「だから、気にしなくていいんだよ」

そういって、次郎さんは私の頭をぽんぽん撫でた。

「…1人じゃないっていい、ね」
「はは、このまま一緒に住んじゃう?」
「そうだね、それもいいね」
「えっ。てっきり拒否されると思ったのに。まだ熱ある?」
「失礼なー…『みょうじなまえ』としては本当。『アイドル山下次郎』の『プロデューサー』としていいのかは……わかんない、けど」

素直に心の内をさらすと、次郎さんは笑みを深くして、私を抱きしめた。

「ははっ、そっかそっか。今日のプロデューサーちゃんは、素直で可愛いプロデューサーちゃんだねぇ。…今は『みょうじなまえ』として、ゆっくりおれに甘えてね」




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