「よし、と…こんなもんかなー」
放課後、なまえは1人教室に残って委員会の仕事を片付けていた。
一通り終わったところで、息をついてファイルを閉じる。
(うー、なんか目がごろごろする…)
何かゴミでも入ったのか、それとも慣れない書類との睨み合いのせいか。
なまえはカバンから目薬を取り出して、かけていたメガネを外し、目薬を点した。
(ふぅ、すっきり…)
とそこで、元気な足音が教室に入ってきた。
「あーみょうじが泣いてるー!」
「は?えーと、田島?私、目薬点してただけなんだけど…」
なまえはぱちぱちと瞬きをしながら、目をこらす。
顔は見えないものの、声とセリフ、そして動きから、相手はクラスメイトの田島だと認識できた。
「部活は?」
「今日はミーティングだけ!もう終わった!けど、忘れ物したから取りに来た!」
「あぁ、そういうこと」
そこまで話している間に、田島はなまえの前の席やってきて、後ろ向きに座り、じぃーっとなまえを見つめてきた。
「メガネしてないみょうじって初めて見た!なんだかシンセンかも!」
「そぉ?別にいいものでもないでしょ…」
「あ、ダメ。まだかけないでよ」
なまえがメガネをかけようとすると、田島はなまえの手からメガネをひょいと奪った。
小学生のような田島の行動に、なまえはため息をつく。
「あのねー…」
「うん、メガネをかけてるみょうじもいいけど、外してるみょうじもかわいーな!」
満足そうにうんうん、と頷いている田島。
「へっ!?な、何いってんの…ていうか、メガネ返してよ〜見えないんだからっ!」
「そんなに目悪いのか?」
「うん、すご〜く悪い。この位置で田島の顔がぼやけちゃうくらい。もうちょっと離れたら識別できない」
「えー!マジで!」
1メートルもない距離だとは思うが、見えないものは見えないのだ。
田島自身は目がいいので、感覚的に理解できないらしい。
そこで田島はずいっ、と身を乗り出してきた。
「じゃあ、これならわかる?」
「わっ!!ち、近すぎっ!この距離ならさすがにわかるからっ!!」
「そっかーこの距離くらいじゃなきゃダメなのか。うーん、それは困るな!じゃあ返す!」
「…?なんで田島が困るのさ?」
メガネを受け取りながら、田島の会話についていけないなまえはそう返す。
「だってみょうじは、オレのこと見なきゃダメだから!ゲンミツに!」
「は、はぁ…?」
「オレのことだけ見えるメガネがあったらよかったのにな。あ、安心していいぞ。オレ、目はいいけど、お前のことしか見てないからな!」
「全然ついてけないんだけど…会話のキャッチボールしようか…?」
野球部だけに、と思いながら返事をすると、その微妙な表情が気に食わなかったのか、田島が口を尖らせた。
「あ、わかってないなー?…こーゆーことだぞ!」
「だからちか…っ!?」
反応したときには、時既に遅し。
柔らかな感触が、唇から離れていった。
「な、ななな…!?」
「うーん、やっぱりメガネは邪魔だな〜。キスん時は外してよ!」
真っ赤になってうろたえるなまえとは対照的に、平然と会話を続ける田島。
勢いがついていたせいか、メガネが当たったことがお気に召さなかったらしい。
「ど、どういう、ことなの、これ、は…!!」
「え?言ってなかったっけ。オレ、みょうじのこと大好き。だからちゅーしたの」
「はぁっ!?」
「じゃ、帰ろうぜ〜」
「い、いや、ちょっ…な、なんなの…!?」
「え、なに?ちゅー、し足りない?」
「ちが…!!」
なまえが抗議の声をあげたところで、今度はさっとメガネを外された。
また唇に柔らかな感触が降ってきて、その後そっと戻されるメガネ。
「へっへー今度はメガネしてないみょうじとちゅーしちゃった♪ほら、もう遅くなるし、一緒に帰ろうぜ!」
頭の中が整理できていないまま、すっかり田島のペースに巻き込まれてしまい、なまえは手を引かれて教室を出た。
辛うじて出たのは、自分でも意味のわからない、混乱した言葉。
「たじ、まは、メガネフェチなの…?」
「うーん…?違うな、オレはみょうじフェチだ!メガネのみょうじも、メガネじゃないみょうじも大好きだからなっ!」
そういって、にしし、と笑う田島。
「もう少し、ついていける会話をしてってば…!」
そしてこの日を境に、田島に振り回される眼鏡の少女が度々目撃されることとなるのだった――