「プ、プロデューサーさん!」
「ん?なぁに?」
「あっ…いえ、なんでも、ないです…」
「そう??」
…なんだか今日、直央くんが挙動不審で…私から離れないなぁ。
さりげなーく視界のなかにいるというか。
さっきも服を掴まれて呼ばれたから、何か用事かと思ったのに、返事だけで終わっちゃったし…
なんだろう、みんなの前では話しづらいことがあるのかな?
…よし、会議室空いてるからそこで話してみようか。
「直央くーん、ちょっとちょっと」
「は、はい!」
もふもふえんの3人で宿題をしているところを、手招きして直央くんを連れ出す。
志狼くんとかのんくんに「直央くんだけずるいー」とか言われるかと思ったけど、そんなことはなかった。
きっと2人も、直央くんの様子がおかしいことに気付いたんだろう。
私と視線が合うと、何も言わず頷いてきた。
…大人だなぁ。
会議室に着いて扉を閉めると、おずおずと直央くんが話しかけてきた。
「プ、プロデューサーさん、なんでしょうか…?」
私がそれを聞きたかったりするんだなぁ。
…もしかして、自覚なかったりするのかな。
「えーと…私に何か言いたいことでもあるのかなーと思ったんだけど…違った?」
「あっ…」
「今日なんだかいつもと違うから…気になって」
デリケートなことかもしれないから、出来るだけ刺激しないように言葉を選んだつもりだったが、直央くんの大きな瞳がじわりとうるんだ。
「ご、ごめんなさい、お仕事の邪魔でしたよね…!」
「ち、違う違う!そうじゃないよ、邪魔になんかなってないよ!!」
うぅー…なんて言ったらいいのかな…
もふもふえんのプロデューサーになって、そこそこの時間が経ったとはいえ、一回り以上年の離れた子の扱いは未だに自信が持てない…!
「あのね、何にもないならそれでいいんだけど、今日の直央くんは心配になる感じというか…」
我ながら語彙力がない…うーんうーん。
「勘違いだったらごめんね?でも、何かあったら遠慮なく言ってほしいな!あ、私に言いにくいことだったら、315プロのみんなもいるし!きっとみんな相談に乗ってくれるよ!」
…直央くんの家の事情は知っている。
男の子だから、男親であるお父さんに聞きたいこととか、あるのかもしれない。
それができない環境ゆえの悩みだったら、きっと事務所の仲間が助けてくれるはずだ。
…誰も子持ちではないけれど、そこはまぁ…男同士ということで!
「とにかく、直央くんは1人じゃないからね」
そう伝えて、私は直央くんの頭を撫でた。
すると、ぶわわ、と音がしそうなくらいの勢いで、直央くんの瞳から涙があふれた。
わーーー!!!!ど、どうしたーーー!!??
「ご、ごめんなさいっ…その、これは…うれしくて…」
「え?」
あわあわと慌てる私に、困ったように直央くんは涙をぬぐった。
その様子がなんだかとてもいじらしくて、いとおしくて、私はぎゅっと直央くんを抱きしめて、とんとんと背を叩いた。
ちょっと子供扱い過ぎたかもしれないけど…拒否はされてないから、大丈夫だよね。
「落ち着いたら話してね」
「は、いっ…」
しばらくして落ち着くと、直央くんはゆっくりと話をしはじめた。
「実は…昨日、夢をみて…」
「夢?」
「プロデューサーさんが遠くに行っちゃって…いっしょうけんめい追いかけたんですけど、追いつけなくて…」
すん、と鼻を鳴らし、一呼吸おいて、直央くんは話を続けた。
「精いっぱい、大きな声で呼んでも、プロデューサーさんが振り返ってくれなくて…どんどん離れていっちゃって…」
ひどいな、直央くんの夢の中の私。
……というか、直央くんの深層心理でどう思われてるのか、若干不安にもなるわ。
「…そっか、それでさびしくなっちゃったんだ」
コクリ、と直央くんは頷いた。
かわいいなぁ!もう!
……ってそんな場合じゃなかった!
「大丈夫だよ、私、いなくなったりしないから!」
根拠はないけど、少なくともプロデューサーを辞める気はないし。
物理的に遠くに行くことがあったとしても、私の帰ってくる場所はここだと思ってるから。
「直央くんがアイドルでいる限り、私もプロデューサーとして、一緒に頑張っていくつもりだよ」
「ほんとですかっ…」
「うん、本当だよ」
「ありがとうございますっ…!」
嬉しそうに笑ってくれる直央くんに、こちらも嬉しくなって、私はまた直央くんを抱きしめた。
「わ、プ、プロデューサーさん!?」
「こちらこそ、私のアイドルでいてくれてありがとね!」
さっきとは違い、思いっきりぎゅーーっとすると「く、苦しいです」と言いながらも直央くんは笑った。
よしよし、元気出たね!よかったー。
直央くんを解放すると、今度は真剣なまなざしで見上げられた。
「あ、あの!怖がりで、情けないボクですけど…これからも、プロデュースよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくね」
話が終わると、すっきりとした顔で、直央くんは志狼くんとかのんくんのところに戻って行った。
…夢で不安になるなんて、ほんと可愛いなぁ。
そんな直央くんにも、いつかは反抗期が来て、反発するようになったりするんだろうか。
直央くんはならなそうだけど…それはそれで、見てみたい気もする。
そんな先まで、一緒にいられるように。
そして無限の未来が広がる子たちの、人生の一部を預かっていることも忘れないように。
決意を新たに、私は仕事に向かったのだった――