オレンジ色の愛しいつま先



――天気が良くて、仕事が空いた。
雨のシーンが撮りたいなら、機械とかでどうにでもできそうな気がするが、監督曰く『リアルさが大切!!』とのことで、今日の撮影はバラシになったのだった。
雨が上がるのを待つことはあっても、降るのを待つのは初めてだ。こんなこともあるんだな。

突然の休みに戸惑ったが、ちょうど恋人であるなまえも今日は休みで、一日中家にいるつもりだと言っていたことを思い出して、家に帰ることにした。
帰る前に連絡しようかと思ったが、驚くなまえの顔が見たくて、何も言わずに帰路に着いた。


お土産のスイーツを片手に、家のインターホンを鳴らす。

「え…輝?ちょ、ちょっと待ってー…!」

インターホンで俺の姿を確認したなまえが、慌てているらしい物音がする。何かしてたのだろうか。
ガチャリと扉が開くと、目を丸くしたなまえが居た。
ハハ、その顔が見たかったんだよなぁ。

「おかえりー…どうしたの、早くない??」
「仕事が延期になったから、そのまま帰って来た」
「ありゃ、そうなの?おつかれさまー…もっと遅いと思ってたから、リビングでネイルしてたよ…臭くてゴメン」

そう言うなまえの足元を見ると、足の指を広げる何かをつけていた。
仕事柄、手にはできないから、となまえは足の爪を飾っていることが多い。
つま先を上げて、踵だけでヨタヨタと歩くなまえは、ペンギンみたいで可愛いらしい。

「気にしないで続けてろよ」
「ん、ありがと。残り半分もないと思う、乾かすのに時間かかるけど」


洗面所から戻り、なまえの爪を改めて見ると、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
…なまえの身の回りのものに、オレンジ色が増えたのは、俺がDRAMATICSTARSとしてデビューしてからだ。
それまで好んでいたのは淡い色で、はっきりした色をあまり好んでいなかったと思う。
あと、星のモチーフのものも増えた。
なまえは、はっきりと言わないから、無性にこそばゆい。
もしかして、本人も無意識だったりするんだろうか?

なんだかむずむずして、体育座りでペディキュアを乾かしていたなまえを、何も言わず後ろから抱きしめた。

「わっ!やめてよぉ、せっかくきれいに塗れたんだからー」
「悪い悪い。でもなんか忘れてね?」
「んー?手洗いうがいはしたー?」
「もちろん」
「よろしいー。おかえり」

むずむずした気持ちを誤魔化して、ニヤっと笑うと、なまえは母親みたいな事を言いながらも、軽くキスをしてくれた。
それに俺は「ただいま」とまたキスを返した。

「なんか飲む?」
「いいよ、自分でやる。その足じゃ危なっかしいからな」
「そぉ?ごめんね」
「なまえもなんか飲むか?」
「んー…そんなに喉乾いてないから、輝の一口だけちょーだい」
「いいけどよ…コーヒーでいいか?」
「うん」

自分でちゃちゃっとコーヒーを…はっ、これはギャグに使えるな…
って、今はそれは置いておいて。
自分が飲む時より甘めにコーヒーを淹れて、なまえにカップを渡した。

「ほれ」
「ありがとー!…うん、やっぱり輝の淹れるコーヒーのが美味しい」
「そうかぁ?なまえの淹れたやつと、変わらなくねーか?」
「そこは『愛情が詰まってるからだろ☆』とか返すとこじゃない?」
「俺のキャラじゃないだろー…」

そんなやりとりをしながら、コーヒーを飲み干した。
カップをシンクに置いて、改めてなまえを抱きしめて座る。
二度目でなまえも構えていたせいか、今度は文句を言われなかった。

「お土産買ってきたから、あとで食べよーな」
「やった!ありがとー楽しみ!輝、アイドル始めてから、買ってくるお土産のレベルが上がったよね」
「事務所にスイーツ好きなやつが多いからなー。オススメのお店をよく教えてくれるんだ」
「ありがたやーありがたやー」
「なんだそれ」

空中に向かって拝むなまえ。
相変わらず面白いやつだ。

「なぁ、今日は時間あるし、夕飯どっかに食いに行かね?」
「あ、それなら私、輝と行ってみたいお店があるんだ!ちょっと待ってね」

なまえはそう言うと、スマホを手繰り寄せて、「ここなんだけど」と開いた画面を見せてきた。
へぇ…家から近いところに、こんな店あったんだな。

「雰囲気よさそうだし、料理もうまそーじゃん」
「でしょでしょー?帰り道を変えてみたら見つけてね、輝と行きたいと思ってたの」
「じゃあ早速電話してみるか」

自分のスマホを取り出して電話をすると、少し遅めの時間であれば空いているらしいので、なまえをアイコンタクトで確認して、そのまま予約を入れた。
電話を切ると、なまえが時計を確認して、俺に告げる。

「爪乾かして準備したら、ちょうどいい時間かな。あ、輝は時間まで寝ててもいいよ。せっかくの貴重なオフなんだし」
「貴重なオフだからこそ、なまえといるんだろ。なまえと居られるのにそんなもったいねーことしねーよ」
「そう?ありがとう」
「あ、添い寝してくれるなら大歓迎だけど」
「ネイルがまだ乾いてないからヤダ」
「つめてーなぁ」

じゃれあうようにわざとらしく笑って、俺はなまえをぎゅっと抱きしめた。
なまえは小さいから、俺でもすっぽりと腕の中に納まる。
並んだつま先のオレンジも、可愛らしいものだ。

「なあ」
「んー?」
「可愛いな、その爪」
「ふふ、ありがと!星のフレークも入ってて、可愛いでしょ」
「なまえは全部可愛いけど」
「…そんなことを言ってくれるのは、親と輝だけだよ」
「それで十分だろ?」
「あは、確かに。ありがとう」

雰囲気のまま、するりとなまえのシャツの下に手を滑らせたけど、怒られた。

「ご飯行くんでしょ!」
「はいすいませんでした」
「………ご飯食べて、デザート食べてから、なら…いい、から…」

耳まで赤くして、ぼそぼそと呟くなまえ。
自業自得とは言え、そんな可愛いところ見せられた上にお預けとは…なかなかにツライ。
それを伝えてやろうと、なまえの首筋に唇を押し付けると、今度は思いっきりはたかれた。

「もう!ほら、準備しなよ!」
「俺はまだ大丈夫だし」
「私は準備するから!!」
「爪はもういいのか?」
「もう大丈夫ですー!」

顔を真っ赤にして立ち上がったなまえは、ネイルの道具をまとめて抱え、ばたばたと自分の部屋に入って行った。
ちょっとやりすぎたか?
付き合いはじめてからも、同棲しはじめてからも、結構時間が経っているのに、なまえはいつまでもウブだ。
…そこが、いいんだけど。


そろそろ出かけるか、という時間になってなまえは部屋から出てきた。
どうやら気持ちも切り替え終わったらしい。

「準備できたよー」
「お、その服新しくね?」
「ぴんぽーん。輝と出かけるときに着ようと思ってとっておいたやつ!」
「……お前さー、人にお預けさせといて、いちいち可愛いこと言うなよ…」
「は、はい??なにがかな??」

照れながらも、わざとらしくとぼけるなまえ。
わかってんだろーが。あとで覚えてろよ!

「ほーら、行こ!」

玄関に引きずられるように行くと、なまえはつま先の開いているサンダルを履いた。
それを見ているのに気付かれたのか、「せっかく可愛くできたからね」となまえは笑った。
だああああ!かわいすぎんだろ!!!

正直もう外食なんてどうでもよくなってきたが、楽しそうななまえにそんなことを言えるはずもなく。
鍵をバッグにしまったなまえの手を取り、歩き出した。

「ご飯美味しいといいねー」
「家にデザートあるの忘れるなよ」
「うんうん、忘れてないよ」
「その後のこともな?」
「っ…外でそういうのやめてーーー」
「お前が言ったんじゃん」
「言ったけど…!今はご飯だってば!」
「今は、なー」
「もーー!!」

二人でじゃれあいながら、星の瞬く空の下を歩く。
こんな風に過ごせる相手は、なまえだけだ。
そう思ってなまえの手を握りなおせば、なまえも握り返してくれた。

「なあ、俺さ」
「ん〜?」
「ほんと、なまえのこと、スッゲー好きだわ」




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