初めてをあなたに



来たぞー大都会!

夏休みに入ってすぐ、電車を乗り継いで私がやってきたのは、地元から遠く離れた土地。
幼馴染のお兄ちゃんに会いに来たのです!

指定された駅の改札を出ると、待ち合わせ相手はすぐ見つけられた。
だって、頭一つ分…ううん、それ以上に、周りの人よりも大きいから。

「よお、久しぶりだな」
「久しぶり、玄武兄(にい)!元気だった?」
「ああ、おかげさまでな。あっちのみんなも元気か?」
「うん、みんな元気だよ!」

玄武兄は、高校に入ると同時にこっちに来たけど、元は同じ孤児院にいて、兄妹みたいに育った人だ。
…私にとっては、お兄ちゃんなだけじゃない人でもある。

「なまえも大きくなったか?」

そう言って、やや乱暴に頭を撫でられる。
…190センチ超えてる玄武兄に言われてもなぁ。あんまり嬉しくない。

「もう、私はそんなに伸びてないですよーだ。玄武兄はどこまで大きくなるの…」
「はは、どうだろうな?さぁて、一寸光陰だ。早速行くか」

そう言って、玄武兄は私の荷物を持ってくれた。
こういうことが、さらりとできるところが、玄武兄のすごいところだと思う。
…他の男の人がどうかなんて、知らないけど。

「今回は大学の見学をしに来たんだったな?」
「うん。私も大学はこっちに来たいから。気が早いかもしれないけど、今のうちから、色々調べておこうと思って」
「用意周到、いいことじゃねぇか。準備が早すぎることなんてないさ」

そんな話やお互いの近況を話しながら、玄武兄のオススメのお店でお昼ご飯を食べて…
そのまま大学を2つ見て回ると、あっという間に夜になった。

今日の宿は、玄武兄のおうちだ。
私にお金がないことは玄武兄もわかっているから、泊まらせてほしいとお願いしたら、快諾してくれた。
…それもそれで、ちょっと複雑な気持ちではあるんだけど。

「夕飯は何が食べたい?」
「玄武兄が作ってくれるならなんでも!」
「フッ、それじゃあ腕によりをかけて作ってやらねぇとな」
「わーい!」

玄武兄のおうちに着くと、ご飯ができる間にお風呂を勧められたので、お言葉に甘えて、先に入らせてもらった。
…ちょっと緊張しちゃうな。
玄武兄はどうとも思ってないんだろうけど…まさか、誰にでもこうだったりは…しないよね…?
彼女はいないのかな…いたらさすがに私を泊まらせたりなんてしないだろうけど…
…なんて、色々考えてたらのぼせそう。危ない危ない。


「玄武兄、お風呂ありがとう」
「ちょうどよかったな。もう食べられるぜ」

お風呂から出ると、食卓の上には私の好きなものが並んでいた。
仕込みに時間がかかりそうな料理もあるから、きっと私の発言を見越して作っておいてくれたんだろうな。
さすが玄武兄!

「わーい、やったー!!私の好きなものばっかり、ありがとう!」
「ハハ、ちょっと張り切って作りすぎちまったかもな」
「玄武兄が作ってくれたんだもん、頑張って食べる!」
「食べきれなくても、明日に回せばいいんだから、無理するなよ」
「はーい。じゃあ早速、いただきまーす!」

んんーーどれもおいしい!
好きなものがこんなに食べられることなんてないから、幸せすぎるよー!!
夢中でもぐもぐ食べてると、玄武兄に笑われた。
うぅ。でも玄武兄のご飯、美味しいんだもん!

――食後に出してくれたデザートもおいしかった!
『事務所のアニさん』たちのオススメの一品、だそうだ。
玄武兄が、いいアニさんたちに囲まれてて、よかったなぁ…


「あ、そうだ。みんなから預かってきた手紙、渡しておくね」

ささやかな宿代代わりのお皿洗いを終えると、私は荷物から手紙の束を引っ張り出して、玄武兄に手渡した。
早速読み始めた玄武兄は、読みながら苦笑を漏らした。

「近況報告…というよりも、ファンレターだな、こりゃ」
「玄武兄がアイドル始めてから、みんな色々チェックしてるもん。送ってくれたCDもみんなで聞いてるよ」
「身内からのファンレターてぇのは…こそばゆいもんだな」
「ふふ、みんな玄武兄が活躍してて、嬉しいんだよ。もちろん私も!それでねそれでね、私、お願いがあって!」

私は玄武兄から送られたのではなく、ちゃんと自分で買った神速一魂のデビューシングルを、玄武兄に差し出した。

「これは…」
「えへへ、初めてCD買ったんだよ。だからね、記念にサインください!」
「言えばなまえ宛に送ってやったのに」
「それじゃダメだよ。自分で買ってこそ意義があるんだよ!」
「…そうか」

高校生になって、よかったことのひとつ。
それはバイトができるようになったこと!
そのおかげで、玄武兄たちのCDを買えたし、スマホを持てたし、こうやって玄武兄に会いに来ることだって出来たんだもん。

当然のことながら、バイトばかりじゃなくて、勉強だって頑張ってる。
玄武兄みたいに全国模試で1位をとれるほど頭良くないけど…やりたいことがあるし、そのために大学に行くなら奨学金を狙わないといけないもんね。

「…さて、俺も風呂に入ってくる。喉が乾いたら冷蔵庫の中のものを好きに飲んでてくれ。テレビも好きに見てていい。それから…」
「もー、子供じゃないんだから大丈夫だよ」
「はは、そうか。じゃあ行ってくる」
「はーい、ごゆっくり!」

私は荷物から宿題を取り出した。
旅行だからって気は抜けない。
バイトお休みしてるんだし、その分宿題は進めておかないとね。
何より、今ならわからないところを玄武兄に聞けるし!
だから、苦手な教科の宿題持ってきたもんね。

集中して解いていると、すぐに時間は過ぎて、気付けば玄武兄はお風呂から出てきていた。
えっと今何時だろ…うん、まだ大丈夫だ。

「それ、宿題か?」
「うん、早く終わらせておきたくて、持ってきちゃった」
「偉いな、なまえは。俺も進めておくか…」

そう言って玄武兄は、自分の勉強道具を取り出した。
さすがの玄武兄でも、まだ宿題は終わってなかったらしい。

「玄武兄と勉強できるのも久しぶりで嬉しいな!…邪魔じゃなかったら、わからないところ聞いてもいい?」
「ああ、邪魔じゃねぇから、遠慮なく聞いてくれ」
「わーい、ありがと!」

そうして、自分で解いたり、玄武兄に教えてもらっているうちにあっという間に時間は過ぎ…
今は23時過ぎたところだ。
相変わらず玄武兄の教え方はわかりやすくて、苦手な教科なのに、宿題はサクサク進んだ。
…もうちょっとでこのワーク終わるし、粘ろ!

「そろそろ終わりにしておくか」
「もうちょっとだけ!あとちょっとでこのワーク終わるから!」
「そうか、それじゃあもう少しだけな」

ほっ、よかった。このまま0時前まで繋ぎたい。
うまく時間配分しなくちゃ。


――そうして。

「終わった〜〜〜〜〜!!!!!」
「おう、お疲れ」

私がそう言って伸びをすると、タイミングを見計らったかのように、玄武兄は冷えた麦茶を出してくれた。
ぷはー生き返る!!

「ありがとうー!おかげさまで終わったよー!玄武兄の宿題も進んだ?」
「ああ、順風満帆だ」
「さすがだねー」
「お前こそ、教えがいがあっていい」

そこでまた、わしわしと頭を撫でられた。
えへへ、この感覚も久しぶり。外でやられるとちょっと恥ずかしいけど、ほんとは好きなんだ。
…おっとっと、いけない、今何時だろ。
あと30分くらいで日付が変わる。いい感じだ。

「それじゃ寝床を作らねぇとな」
「あ、荷物片付けるね!」
「今のうちに歯磨いとけよ」
「はぁい」

私が荷物を片付けると、玄武兄は布団を敷いてくれた。
その間に、私は歯を磨いたり、明日の準備をしたり。
そして入れ替わりで玄武兄が歯を磨いている間に、私は大事なものをこそこそと取り出した。
うん、準備はOKだ!

そうこうしているうちに、日付が変わりそうだ。
…あ、玄武兄も終わったみたい。

「それじゃ、寝るか」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん?なんだ?」

電気を消そうとする玄武兄を制止する。
時計を確認…よし、日付変わった!

「誕生日おめでとう!!」
「…あ?」
「ほら、日付変わってるから、もう今日は7月22日だよ。玄武兄の誕生日!」

そう言ってスマホの時計を指すと、玄武兄は納得したようだった。

「1番にお祝い言いたかったんだー!それでね、あの…これ、お誕生日プレゼント!受け取ってくれる?」
「…ああ、もちろんだ。開けてもいいか?」
「う、うん!」

私が、自分で稼いだお金で初めて買ったプレゼント。
自分のものじゃない、他の人への初めてのプレゼントは、絶対に玄武兄にあげようって、ずっと前から決めていた。
それで、誕生日が近づいて…たくさんお店を見て回って、悩んで悩んで、やっと決めたもの。

玄武兄は包装紙を丁寧に開けていく。
き、緊張する…!

「そんなに高いものじゃないし、玄武兄に気に入ってもらえるかはわからないけど…これを見た時にビビッときて」

ダメだったときの保険をかけるかのように、私の口からは色々な言葉が出てきてしまう。
うぅ、気に入ってくれるかなぁ…
人にプレゼントをもらうことも、あげることもほとんどなかったから、本当に自信がない…

「これは…万年筆か」
「そ、そうなの!これを見た時に、玄武兄っぽい感じがしたんだ!長く使えるものだってお店の人も言ってたし、私が使ってもしっくりこない感じだけど、玄武兄が使ってたらかっこいいなぁって思って!…ど、どうかなぁ…?」
「いいデザインだぜ…名前も入れてくれたんだな」
「うん!せっかくだから、と思って!」

気に入ってもらえたみたいで、ほっとしていると、玄武兄は紙を取り出して、何かをさらさらと書いた。
あ、玄武兄の好きな『威風堂々』って書いてある。
どうやら試し書きをしてくれたらしい。

「書き心地も申し分ねぇ」
「よ、よかったぁ…!」
「でも、使うのがもったいない気もするな」
「え、あの、使えば使うほど、使う人に馴染んでいくってお店の人が言ってたから、たくさん使ってほしいな…!みんなへの手紙の返事とか!」
「そうか…そうだな。フッ、コイツは俺の新しい相棒、ってわけだ」

そう言って笑うと、玄武兄は今度さっきとは打って変わって、とても優しく私の頭を撫でた。
…嬉しいけど、なんか、落ち着かない…!

「ありがとな…なにより、俺のためになまえが色々考えてくれたことが嬉しいぜ」
「ど、どういたしまして」

なんだろう、すごく照れる…!
えへへ、と誤魔化すように笑うと、玄武兄は手を止め、私の顔を覗き込んで言った。

「ただ、心配なことが1つある」
「え?」
「その無防備な顔を、誰にでも見せるもんじゃないぜ?」

…ど、どど、どういうこと?
困惑して玄武兄を見ると、玄武兄は再びふっと笑った。

「さて、朝早いからな。電気消すぞ」
「え、う、うん…」

あっさりと玄武兄は電気を消して「おやすみ」と横になった。

「お、おやすみ…」

なんだか消化不良な感じでもやもやするよ〜〜…
都合よく解釈したい気もするけど、そのあとあっさりと寝られてしまったから、私の気持ちは宙ぶらりんのままだ。
けれど、どうしようもないので、悶々としたまま床に就いた。
玄武兄のところに居られるあと2日のうちに、なんとかして彼女がいるかだけでも聞かなくっちゃ…!
そうして色々作戦を考えているうちに、私は夢へと落ちていったのだった…

***

「寝た、か」

隣から、規則正しい寝息がする。
孤児院を出て、1人暮らしを始めてからは、もはや懐かしい状況だ。

なまえは俺にとって、大事な妹分だ。
そんななまえに頼られただけでも嬉しかったのに…誕生日プレゼントまで貰えるとは思わなかった。
プレゼント代を稼ぐにも、恐らくプレゼント選びにも、時間をかけてくれたに違いない。
少し申し訳ない気もするが、自分のために頑張ってくれたことがとても嬉しい。

よく寝ているなまえに手を伸ばし、頬にそっと触れると、ふにゃりとなまえは笑った。
その顔に、こちらも思わず笑みがこぼれる。

――明日のために、効率の良い大学見学ルートは既に計算済み。
事務所のアニさん方に聞いたオススメの場所のチェックも、抜かりはない。
食べ物の好みも変わっていないようだったから、計画通りに行けば問題はないが、一緒に居られる貴重な時間だ。1秒たりとも無駄には出来ない。

……そのために、今すべきこと。それは睡眠だ。

「フッ…いい夢見ろよ。もちろん、起きてからも楽しませてやるからな」

貰ったプレゼントや想いの分も、楽しませてやりたい。
起床は7時。アラームを再度確認して、俺は寝床に着いたのだった。




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