Nothing is impossible



なまえはアイドルの卵である。
315プロダクション唯一(?)の女性アイドルで、まだ見習い中の身だが、今日は珍しく仕事が入った。

今回の仕事は、とあるバラエティ番組内で使われる“乙女の妄想ムービー”の撮影だ。
その名の通り女性が憧れる様々なシチュエーションを、短いドラマで再現するというものだ。

ただ、あくまで女性視点であるため、なまえの顔は一切映らず、台詞はあるものの、声も使われず、パーツが一部映るくらいなものとのことだが…それでも、なまえは気合十分だ。

(プロデューサーさんがせっかく持ってきてくれたお仕事だもん!頑張って、プロデューサーさんに褒めてもらうんだ!)

プロデューサーを慕っているなまえには、仕事の大小よりも「大好きなプロデューサーが自分のために仕事を持ってきてくれた」ということの方が重要だったので、顔が映らないことなど些末なことだった。

今回の主役はTHE 虎牙道。
舞台は学校で、道流が先生役、タケルが年下の後輩役、漣が同級生役をそれぞれ担当し(ここで一悶着あったが…)、様々なシチュエーションで撮影が進んだ。

撮影は順調に進み、残りは、漣となまえの撮影を1シチュエーション分残すのみとなった。

「おつかれさま、なまえちゃん。いい調子だね。漣もかっこよかったよ」

一旦休憩に入った2人に、プロデューサーが飲み物を手渡す。

「ほんとですか!やった、プロデューサーさんに褒めてもらえちゃった!」
「ケッ、顔も映らねーのによくやるぜェ」

なまえが褒められて上機嫌になるのとは逆に、あまり自分好みの仕事ではない漣は仏頂面で飲み物をあおった。

「こら、漣」
「私は漣くんたちと違って、まだ正式にデビューしてないもん、当たり前だよ。それに、こういう小さな積み重ねが大事なんですよね、プロデューサーさん」
「うん、そうだね、なまえちゃん」
「…チッ」

プロデューサーに頭を撫でられてご満悦ななまえを、漣は不満げに一瞥した。
そんな漣に心の中で苦笑しながら、プロデューサーは話題を変えた。

「休憩が終わったら、少し危険なシーンだから…気をつけてね、2人とも」

次のシーンは、階段から落ちそうになったなまえを漣が助けるというシーン。
そこまで高い位置から落ちるわけではないものの、油断は大敵だ。
2人に注意を促すと、やはり別々の反応が返ってきた。

「はーい、気をつけます!」
「あんなモンが危険?ハッ、チョロすぎだろ、準備運動にもなんねーよ」
「そりゃあ漣は大丈夫だろうけど…なまえちゃんは女の子なんだから、しっかりフォローしてあげて」
「なにがオンナノコだよ、コイツがノロマなだけだろ」
「うん、ごめんね。私、あんまり運動得意じゃないから…最強大天才の漣くんに、助けてもらわないとうまく出来ないと思うんだ。迷惑かけちゃうけど、よろしくね」
「…フン、しょうがねーなァ?」

わかりやすい持ち上げにもかかわらず、機嫌を良くした漣に隠れて、なまえはプロデューサーに悪戯っぽく笑ってピースをした。
そんななまえに、プロデューサーは思わず笑ってしまう。
なまえは漣との付き合いは長くないものの、漣の扱いはすっかり心得たようである。

「それでは撮影を再開します!」
「はい!それじゃあ行ってきます、プロデューサーさん!」

撮影スタッフの声に、元気よく返事をして立ち上がるなまえ。
そして撮影は再開した。
なまえは段取りを頭の中で整理しながらスタンバイする。

(私は急いで階段を降りて、真ん中くらいから足を滑らせて落ちるふり…そこに漣くんが颯爽と駆けつけて助けてくれる…けど、万が一ってこともあるし、下にマットは敷いてあるけど、気をつけなくっちゃ。かと言って、勢いもなければ説得力もなくなっちゃうから…難しいな)

勢いをつけるため、階段から少し離れたところから走り込む。
そして階段の真ん中で足を滑らせたふりをして…そこに漣がやってきて、なまえを助ける。
そんなリハーサルを何度か行い、いよいよ本番だ。

すぅ、と息を吸い込み、なまえはスタンバイ位置から勢いよく階段に走り込んだ。

(勢いよく階段を下り……しまっ…!!!)

「きゃっ…!!」

本番への気負いからか、なまえは予定より早い位置で、本当に足を滑らせてしまった。
なまえの目には、景色がスローモーションのように流れる。
階段の下にはマットが敷いてあるとは言え、途中には何もない。
訪れるであろう痛みに、なまえは思わずぎゅっと目をつぶった。

「危ねぇ!!!」

(!!漣くん!?)

予定よりだいぶ早く落ちたのにもかかわらず、リハーサル通りグッと強い力で引き寄せられたと思うと、なまえは漣の腕の中に納まっていた。

「あ、ありがとう…」
「……ケッ。ほんと、トロい女」

しん、としばらくの間、静寂に包まれる。
自分を助けてくれた漣から目をそらすことができず、なまえがごくりと喉を鳴らすと、そこで「カーーット!!」という声が響いた。

その声で我に返り、へたりと座り込むなまえ。
漣はそんななまえを見下ろし、掴んでいた腕を離した。

「オマエ、演技じゃなかったろ?ハッ、ちょーダッセェ」
「あ、はは…うん、ほんとに落ちちゃうかと思った。ありがとう」
「バァーカ!最強大天才のオレ様が助けてやるんだから、落ちるわけねーだろーが」
「そっか…そうだね。本当にありがとう」
「フンッ」

まんざらでもなさそうな漣。
その様子になまえは笑みをこぼした。

そんな2人に、慌ててプロデューサーが駆け寄ってきた。

「2人とも、大丈夫だった!?」
「漣くんのおかげで、なんともありません。心配かけてごめんなさい!!」
「ハッ、あの程度、楽勝だっつーの!イチイチ騒ぐなよ」
「そう…それならよかった。さすが漣だね」
「当然だっつーの!ったく、オマエラはオレ様がいねぇとダメだなァ?」

そう言って「くはは!」と笑う漣の視線の外で、プロデューサーとなまえはそっと笑いあった。

そして、このシーンは台本とは少し変わってしまったものの「リアリティがあって、何より漣がかっこよかったから」という理由でOKとなり、撮影は終了した。


「プロデューサーさん!着替えとスタッフさんへのご挨拶が終わったら、一緒にご飯に行きたいです!今日頑張ったご褒美ってことで…ダメですか?」

プロデューサーの腕に抱き着いて、なまえがねだると、反対側から漣が噛みついた。

「ハァ?おいコラ、コイツはオレ様の下僕だぞ、ベタベタしてんじゃねー!」
「プロデューサーさんは、THE 虎牙道のプロデューサーさんだけど、私のプロデューサーさんでもあるんだから!それにプロデューサーさんは漣くんの下僕じゃないよ!」
「ンだと?」

2人の間に挟まれたプロデューサーは苦笑しながら、2人をなだめた。

「あーはいはい。打ち上げってことで、みんなで行こう。ね?」
「わーい、やった!」
「チッ、オマエのおごりなら行ってやる」

先に撮影を終え、3人の様子を見ていたタケルは、呆れてため息をついた。

「…アイツ、プロデューサーを盗られるとでも思ってるのか?ガキだな」
「いやぁ…あれは違うと思うぞ。はは、タケルもその辺りはまだまだだな」

横に居た道流がニヤッと笑うと、タケルはその意味がわからず、疑問符を並べていた。


「ねーねー、漣くん。さっきは本当にありがとう。すっごくかっこよかった。お礼に、今度たい焼き御馳走するね」

ふわりとなまえが笑うと、漣の頬がかすかに朱に染まった。
それを誤魔化すように、漣は鼻を鳴らす。

「…フン!ようやくオマエもオレ様への尽くし方がわかったみてーだな?セーシンセーイ、オレ様に尽くしやがれ!」
「うんうん、漣くんがかっこよくて優しいの、今日ですっごくよくわかったよ。また一緒にお仕事したいな!」
「…変な女」
「ふふ、これからもよろしくね、漣くん!」


これを機に、なまえと漣は事務所でもよく話すようになった。
そして今回の再現ドラマが話題を呼び、再びなまえと漣が共演するのは、それから間もなくのこと――




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