責任の取り方



「…いっ…たぁー…」

目が覚めて直ぐ、掠れた声で呟く。
間もなく目が慣れて、見慣れた天井を仰いでいることを認識した。
そして同時に、体のあちこちに走る痛みと、口の中の不愉快な鉄の味が、自分の状況を把握させた。

(戦の中、不意をつかれた幸村を庇って、敵に思いっきり殴られて…そこで気を失ったところをみんなが運んできてくれた、ってところ、かな)

なんとか体を起こそうとするが、未だ視界が揺らぐ。
どうやら頭も強く打ったらしい。

(…まぁ、生きてるだけよしとしよう)

ふぅ、と息をついて、なまえは起き上がるのをやめ、再び寝転んだ。

――幸村は助かったのだろうか。戦には、勝てたのだろうか。
多分、自分が自室にこうやって寝かされている以上、絶望的な状況ではないのだろうが…と暗くなるばかりの問いを振り払い、再び目を閉じた。


しばらくすると、人の気配が近づいてきた。
気配から察するに、よく知っている相手のはずなのだが……随分と大人しい足音だ。
いつもなら、なにかしらを叫びながら、どたばたと駆け回っているのに。

足音の主はの部屋の前で歩みを止め、緊張と不安が入り混じったような様子で声をかけてきた。

「…起きて、いるだろうか…?」

こんな状況ながらも、普段の態度との差に少し笑いそうになりながら、「起きてる。どうぞ」と返事をすると、声の主はゆっくりと障子をあけて入ってきた。
――現れたのは、ずいぶんと落ち込んだ様子の幸村だった。

幸村はなまえの寝ている布団の脇に正座して、なまえを遠慮がちに覗き込んだ。

「失礼する。……なまえ、大丈夫…か…?」
「まぁ、なんとか。起き上がるのは辛いから、こんな状態で悪いけどね」
「っ…ではまた改めて…」
「大丈夫だよ。話したいことがあるからきた、そうでしょ?」
「あ、あぁ…」
「話すだけなら大丈夫だから。…幸村は、大丈夫だった?」
「え…?」

本当は口の中も切れているようで、話すのも辛いのだが、この状態の幸村を放っておくことはできない。
平気な振りをして、なまえは話を続けた。

「幸村は怪我をしなかったか、って聞いてるの」
「あ、あぁ、なまえのおかげで某は無事だった」
「そう、よかった。それで、戦は?」
「勝敗は、つかなかった。また後日、改めて戦うことになるだろう、とお館様は言っていたが…」
「そっか」

いつもと違う幸村に、調子が狂う。

(……お館さまと佐助に、よっぽど酷い怒られ方でもしたのか…それにしても、これは…)

何故怪我をした自分が気を遣っているんだろうか…と思いつつも、突き放すことも出来ない。
恐らく自分が怪我をしたことを、必要以上に気にしているのだろうから。

「…………」
「……えぇと。私に何か話したいんでしょ?本題は?もし私がケガをしたことを気に病んでるのなら――」
「申し訳ござらぬ!!!!!」

沈黙に耐えかねてなまえが発した言葉を遮って、幸村が猛烈な勢いで頭を下げた。

「戦場で油断した上、あまつさえおなごであるなまえに怪我をさせるなど!!!!この幸村、一生の不覚!!!!当然、お館様に、大変なお叱りを受け……佐助にも、強く咎められた。しかし、そんなことでは許されないほどの大罪を犯した!!謝って済む問題ではないが、謝らせてくれ!!本当に、本当にすまなかった!!!!」

矢継ぎ早に言葉を続けて謝る幸村。
ここでなまえが腹を切れ、と言ったら迷わず腹を切るのではないかという勢いだ。いや、きっとそうするに違いない。
そもそも「怪我はなかった」という割に顔がボコボコだ。
『お館様に、大変なお叱りを受け』と言ったが…確かに、いつもよりみっちりやられたようである。
下手をしたら、寝込んでいる自分よりも酷い見た目をしているのでは、と思うほどだった。


…先ほどの大人しさは、一体なんだったのか。
普段の勢いは取り戻したような気はするが……これはこれで扱いに困る。

「あのさ、そんなに気にすることじゃ…」
「何を言うか!!某が受けるはずの傷をなまえに負わせ…なにより嫁入り前のおなごを傷ものにするなど!!!」
「なんで私が怒られてるの……だいたい、戦に男とか女とか、関係ないでしょ……」
「いいや!!!!確かに、おなごであろうとなかろうと、なまえを戦場で頼りにしていることは事実。しかし、そのを傷物にするなど…!!」
「あーもう、傷物傷物って連呼するな。失礼だっての!」

と言うなまえの言葉も、自分の世界に入りこんだ幸村には既に届かないようで、幸村は謝り続ける。

「佐助ぇ〜…その辺にいるんでしょ…助けてよー…」

天井を見つめ、援軍を求めるも、「ごめん、無理」と一言返ってくるだけ。
おまけにその一言の後、その気配は遠ざかっていった。

「薄情者め…!」

その間もなまえの名前と謝罪を連呼する幸村に、なまえは大きなため息をついた。

「あ〜もう!だったらどうするっていうの!!責任とってくれるわけ!?」

いつまでも謝り続ける幸村に、なまえは(傷が痛むのに!)と怒りながらも、大声を出す。
そうでもしないと、幸村には届かないのだ。

「もちろん、責任はとろう!!お館様にもお許しをいただいた!!なまえの傷が癒えたらすぐにでも……祝言をあげようぞ!!」
「ちょっ!?なんでそんなことに!!!」

いきなりな展開に痛みも忘れて起き上がるなまえ。
眩暈もどこかにいったようだ。

「『男が女に対して責任をとるには、その方法しかないっしょ』と佐助に言われたのだ!」
「さ〜す〜けぇええええ〜〜〜〜!!!!!!!」
「し、幸せな家庭を作ると約束するぞ!!!」
「いっっったああああああああ!!!!馬鹿!!私は怪我してるんだっ!!!!!」

思い切り手を握る幸村に、なまえは反対の手で怒りの平手を食らわせた。

「そ、そうだったな、すまぬ。しかし、傷が癒えるまでも、某がなまえのそばにいるから安心するでござる!!この命に代えても、に……そ、某の…つ…妻に、不自由はさせぬぞ!!!」

『某の妻』の部分が小声になり、なにやら頬も赤い。
言い出したのは自分なのに、照れがあるようだ。
……突っ込みたいのは、そんなことではないのだが。

ふるふると震える拳を握り締め、なまえは言った。

「じゃあまず……」
「まず、なんだろうか!?」
「出てけーーーーーーーー!!!!!!!」


この後すぐ、祝言の準備を勝手に進めていた武田軍の総大将、及び忍の長が正座の上、数刻に渡り1人の女武者に叱られている姿が目撃された。

「あのさ、傷痛まない?そろそろ戻った方が――」
「寝込んでたら、勝手にあれこれ進められるでしょーが!!もう二度と変な考えを起こさない様に、みっっっっちり教育させていただきます!!!」
「……はい」

「お館様もですからね!!!!!」
「う、うむ……しかし、ワシとしても、幸村とそなたの子を……」
「お・や・か・た・さ・ま!!!!!」
「……す、すまない」

――武田軍は、今日も平和…のようである。




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