セイレーンちゃんは歌う



今日は事務所にあまり人がいないから、レッスン室を1人で使わせてもらえることになった!
と言っても、アイドルでもないのに一人占めさせてもらうのは心苦しいので、掃除しながら使わせてもらっている。

「♪〜〜〜」

こんな広いところで歌えることはほとんどないから、すごく楽しい。
普段、鼻歌すらもついうっかり歌わないように気を張っているから、歌いながらだと掃除もいつもより捗る気がする。

…でもそのせいで、侵入者に気付くのが遅れてしまった。

「♪〜…わっ!!つ、都築さん!?」
「あれ、やめちゃうのかい?僕に気にせず、どうぞ続けて」

目の前に突然現れた都築さんに心底驚いたけれど、本人はこともなげに続きを促してきた。
まずい…浮かれすぎてた…!

「そういうわけには行きませんよ!私の歌聞いちゃったんですか!?立ち入り禁止の札つけておいたのに…」
「ごめん、気付かなかったよ」

他のみんなに迷惑をかけるわけには行かないので、いつも私が使わせてもらうときは、レッスン室の扉に大きく『立ち入り禁止』の札を下げている。
…あんなに大きく書いてあるのに、さらりと気付かなかったといわれると…これからどうしよう。

「それより、今の歌、もう1回聞かせてくれるかい?」
「ダメですよ!私の力、ご存知ですよね?都築さんが廃人になっちゃう」
「僕なら大丈夫だから、ね」

そういう都築さんにいつもより圧がある…気がするのは、気のせいだろうか。

「………ちょ、ちょっとだけですよ」

気圧された…のは言い訳だろう。
自分の歌を聴いてもらえることなんてないし、ましてや相手は都築さんで…つい、少しくらいなら、と思ってしまった。
もしかしたら都築さんは、私の力が効き辛かったりするのかもしれない…そんな甘えが生まれた。

………1フレーズくらいなら…きっと大丈夫だよね…
さっきまで歌っていた曲をサビだけ…極力セーブして歌えばきっと…!

ちらちらと都築さんを確認しながら、さっきより控えめに、音を紡ぐ。
人前で歌うことなんてないし、都築さんを壊すわけにはいかないから、二重に緊張してしまう。
そっと歌い終わると、都築さんはこてんと首をかしげた。

「…もう終わりかい?」
「これ以上はダメです」
「残念だな…今のは、全力じゃないんだろう?」
「…わかりますか?というか、都築さん、なんともないんですか…?」
「なんとも…?うーん、どうだろうね。メロディがあふれてきて、止まらない状態ではあるけれど」

さらりと言われたが、それは都築さん的には、緊急事態なのではないだろうか…!
慌てて周りを見渡すと、置きっぱなしにされていた資料を見つけた。
こ、これの裏紙使ってもらっちゃって大丈夫かな…!?

「えっ!えーと…ひ、ひとまずこの紙でいいですか?」
「ありがとう」

書くものは…ポケットにペンが入ってた!
こちらも慌てて渡すと、都築さんはすごい集中力とスピードでペンを滑らせていった。
普段の都築さんからは想像できない勢いだ。

しばらくその様子を眺めていたら、あっという間に紙がなくなりそうになった。でも勢いも止まらない。
追加の五線譜持って来なきゃ…!
プロデューサーさんが居たら、この状況も説明しておかないといけないだろう。
私は慌てて、デスクへと戻った。


「…というわけで、私の歌を聞かれてしまいまして…今、都築さんはレッスン室で猛烈な勢いで作曲されてます」
「な、なるほど…まあ悪いことではないですし、そのまま書かせてあげてください。これを渡しておいてもらえますか?そうしたら、作業に戻ってもらって構いませんから」

そう言ってプロデューサーさんに五線譜を託された私は都築さんのもとに戻り、五線譜を渡した。

「都築さん、五線譜もらってきました」
「ありがとう」

そう言う都築さんの手は止まらない。
だ、大丈夫かな…
とりあえず、言われた通り掃除は続けておこう…


「できた」

掃除をあらかた終えた頃、都築さんは声を上げた。
そして私を見つけると、さっきまで書いていた紙の束をくれた。

「…ねぇ、なまえさん。これ少し歌ってみてくれる?」
「え、あ…は、はい」
「歌詞は…適当で構わないから」

都築さんの書いた曲を最初に歌えるなんて。
嬉しくて、断れずに私は言われるがまま、その曲に目を通した。
…歌詞を即興でつけることはできないから、ラララ〜…みたいな感じでいい…のかな?

都築さんの視線に少し緊張しつつも、すぅ、と息を吸い込み、私はメロディを奏でた。
歌い終わると、満足そうに都築さんは頷いてくれた。

「うん…それじゃ今度は、伴奏つけようか」
「えっ、まだやるんですか!?大丈夫ですか、都築さん」
「何の問題もないよ」

そう言いつつも、都築さんは私が見たことのない機敏さで、レッスン室にあったキーボードを準備していく。
これは間違いなく、ハイ状態だ。
別に、この状況で命の危険に陥ることはないと思うけれど…ほんとに大丈夫かな…

「それじゃ、行くよ」

準備ができた都築さんは、有無を言わさず、キーボードを奏で始めた。
私自身、この状況に困惑はしているけれど…なにより楽しくて、嬉しくて、拒むことができなかった。

さっきと同じ、歌詞はない状態で、都築さんの伴奏に合わせる。
あぁ、楽しいなぁ…

夢中になって歌っていると、あっという間に曲は終わっていた。
これ、歌詞がついたらもっと楽しいんだろうなぁ…!
…ってそんな場合じゃない!都築さん、大丈夫かな!?

「都築さん、大丈夫ですか!?」
「うん。とても楽しいかったよ。もう少し、調整したいけれど…この曲は君にあげる」
「えっ」
「君のために作ったものだから」
「うれしい、です…ありがとうございます…!」
「そう、喜んでもらえるならよかった…よ…」
「つ、都築さん!?」
「おやすみ…」
「え、ちょっ、こんなところで寝ちゃだめですよ!!」
「すぅ…」

あっという間に、都築さんは力尽きたように眠ってしまった。
ど、どうしよう。
華奢な都築さんとは言え、私じゃさすがに成人男性は運べない。
再びプロデューサーさんに状況説明と謝罪をし、助けを求めると、笑いながら「都築さん、とっても楽しかったんですね。今日はもう遅いですし、僕に任せてください」と言われた。

うぅ、申し訳ない…都築さん、本当に大丈夫かなぁ…
明日からのお仕事に響かなければいいんだけど…

でも。
すっごくすっごく、楽しかった…!
都築さんが私に曲を書いてくれるなんて!
2回しか歌っていないけれど、歌っていてすごく楽しくて、嬉しくて。

うっかりさっきの歌を歌いそうになって、慌てて留まる…を繰り返しながら帰る夜道は、とても楽しいものだった。


――そして、次の日に会った都築さんは、筋肉痛で体がバキバキらしかった。
きっと昨日の、見たことのなかった俊敏な動きのせい…なんだろう。
私は、申し訳なさで、急いで湿布を買いに走ったのだった。




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