我が道をいかせ導く笑みたたえ



今日はオフ。
でも、次の仕事に参考になりそうな映画のチケットがあると言われ、プロデューサーさんと一緒に観に行くことになった。

クリスさんと雨彦さんは、他の用事があって来れないってことだったから、2人の分まで吸収しておきたいねー。
そんなことを考えながら、待ち合わせ場所に着いた。

…少し早く着きすぎちゃったみたいだねー。
かと言って、途中にあったカフェは混んでいたし、どうせプロデューサーさんも待ち合わせ時間より早く来るだろうから、このまま待っていようかなー。

――今思えば、その判断が間違いだったなー。

「キミ!そこのキミ!」
「…はい?僕ですかー?」

テンションの高い中年男性は、どうやら自分に話しかけているらしい。
面倒だけど…無視できそうにもないから、渋々返事をした。

「そうだよ!キミーいいねぇーアイドルにならない?」
「はぁ…」

気持ち程度の変装をしているとは言え、これでももうアイドルをやっている身なんだけどなー。
芸能関係者を自称するなら、知っていて欲しいけれど…まだまだそんなレベルにも至ってない、ってことかなー。
アイドル戦国時代と言う名の通り、有象無象が泡沫のように生まれては消えゆく今のアイドル界では、それもしょうがないのかもしれないけどねー。

「そういうのは、間に合ってるんでー」
「ぜひこの私に、キミをプロデュースさせてくれたまえ!損はさせないよ!!」

そう言って、名刺を押し付けようとしてくる…面倒な人だなー。
プロデューサーさん、まだかなー…決して、この人ではなくて。

そう思っていたら、聞き慣れた声がその場に響いた。
…一条の光明が差したくらいの心持ちだよー。

「あれ、想楽くんもう来てたんだ!待たせてごめんね」

やっと来た…って、それでもまだ、約束の10分前なんだけどねー。

「あれ、その人お知り合い…?」
「違うよー」

どうしたらそう見えるのかなー。
プロデューサーさんの言葉を否定をして、その肩を掴んで背に回る。
そして、プロデューサーさんをおじさんに向けて押し出すような形にして、一言。

「僕、この人のものなのでー」

にっこりと営業スマイルを向けると、しばしあっけにとられる2人。

「…へ?」
「さ、行こう、プロデューサーさん」

その間に、プロデューサーさんの手を掴んで、逃げるように足早に立ち去る。
この辺りまでくれば、もういいかなー…追いかけてはきていないみたいだしー。
ぱっと手を離すと、あまり状況がつかめていなかったらしいプロデューサーさんが首をかしげた。

「い、今のなに?想楽くん、ナンパされてたの…?」
「なんでナンパになるのかなー?…スカウトだよ、アイドルにならないか、ってさー」
「あ、そ、そっか。…いやでも、見る目あるね、あの人」
「そんな感想なのー?危機感持った方がいいんじゃないー?」
「えー、想楽くんは引き抜きの声がかかったら行っちゃうの?そりゃあ、うちより大きい事務所はいくらでもあるけど…」
「うーん、それはその時になってみないと、わからないかなー?」

なんて、捻くれた返しをしてしまうけれどー。
あるがままの僕をプロデュースしたいと言ってくれるのは、変わり者のプロデューサーさんだけだよー。
そう考えつつ、想いを少し端折って、言葉を続けた。

「でもきっと、僕をプロデュースできるのなんて、なまえさんだけだと思うなー」
「そうですとも!想楽くんを一番輝かせられるのは私なんだから!」

なんだか噛み合っていない気もするけどー。
自信たっぷりに間髪入れずに答えられて、驚いたよー。
初めて聞いたなー、そんな言葉。

「すごい自信だねー」
「そう思っていない人に、プロデュースされたくないでしょう?」
「…確かにねー」

迷いなく、気負うことなく、即答す。
さらりと答えて「でしょー!」と大げさに胸を張るプロデューサーさん。
…そんななまえさんだから、僕もアイドルを続けられてるんだろうねー。

「あ、ととのったよー。芸の道、茨道とて、君と往く」

するりと詠むと、プロデューサーさんは笑ってくれた。
…この話を続けると、色々と余計なことを言ってしまいそうだから、話題を変えようかなー。

「映画は何時からだっけー?」
「一番早い上映は、あと20分後だから、このまま向かってチケット引き換えよう!もし空いてなかったら、次の回にするとして…見終わってからか、次までの合間かに、ご飯も食べよう」
「うんー他に予定もないしねー。プロデューサーさんの感想も聞きたいかなー」
「もちろん!じゃあ行こう!」
「我がプロデューサーさんに、どこまでもついて行きますよー」
「ふふふ、ついてまいれー」

少しふざけて答えれば、プロデューサーさんも応えてくれた。

僕をプロデュースできるのはきっとなまえさんだけだし、僕がついていきたいと思うのは、きっとなまえさんだけだからねー。

…たとえ火の中水の中…はちょっと無理だけど。
僕なりに頑張ってついていくよ、プロデューサーさん。
…火の中はともかく、水の中は適任者が別にいるしねー、なんて。

まずは、余計な茶々が入らない程度に、顔を売っていかないとダメかなー。

――あ、もう1つととのったよー。
我が道を、いかせ導く、笑みたたえ。




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