洗濯機こんふゅーじょん



「おはようございまーす」

今日は寄り道してきたから、ちょっと遅めの出社だ。
抱えていた荷物を置くと、結構な音がした。重かったもんな〜…
息をつくと、奥からみのりさんを先頭にBeitの面々が出てきたので、挨拶を交わした。

「すごい大荷物だね」
「プロデューサーさん、力持ち、だね!」
「あはは…実は家の洗濯機が壊れちゃって…まとめてコインランドリーに行ってきたんです。早く新しい洗濯機を買いに行かないと…」

元々譲ってもらった洗濯機で、古いからしょうがないんだけど、予定外の出費は辛いなぁ…
けど、なしってわけにもいかないし。
私が肩を落としていると、みのりさんがいいことを思いついた!という風に手を叩いた。

「それだったら、恭二にお願いして、一緒に買いに行くといいよ。ね、恭二!」
「え…俺っスか」
「うん、洗濯機に詳しいじゃない」
「まあ…それなりには」
「恭二、洗濯機がぐるぐるしてるの見るの好き、だよね!」

くしゃりと頭をかく恭二を、後押しするようにピエールが笑う。
そうだよね…少なくとも、うちの事務所で一番詳しそう。

「恭二がよければお願いしたいけど…大丈夫?」
「ああ、俺でよければ」
「じゃあー…明後日の仕事終わってからでもいい?」
「いいぜ」

そんなわけで、恭二に洗濯機選びを手伝ってもらうことになった。
何故か、みのりさんが楽しそうだ。
なんだろう…?


――そして当日。
直前までBeitの3人と仕事をしていたので、みんな一緒に行くものだと思っていたら。
みのりさんが「ごめんね、ちょっと用事を頼まれちゃって…ピエールにも手伝ってもらいたくて。恭二はプロデューサーの洗濯機選んであげて!」と、ピエールを連れて嵐のように去って行った。
…そんなに急ぎの用事だったのかな?

残された私と恭二は、その勢いにしばしの間ぽかんとしていた。
その沈黙を破ったのは恭二だった。

「えっと…行くか?」
「あ、うん!お願いします!」

変装をした恭二と並んで、話しながら歩く。

「どんなのがいいか、考えてるのか?」
「うーんと…まず、第一に予算的には7、8万…で、大丈夫かな?」
「ん、大丈夫だと思う」
「あとは…まとめ洗いが多いから、できるだけ大きめで、それでもって乾燥機付だと嬉しい…その辺りは予算との相談次第かなーと」
「なるほど、わかった」

目的の家電量販店に着くと、恭二はフロア図を見ることなく、スタスタと洗濯機売り場に歩いて行った。
通い慣れてるのかな。頼もしい限りだ。

「1日の1人分の洗濯物は、1キロから1.5キロくらいらしくて…1週間分だと10キロくらいになるだろ。そうすると、洗濯の容量が7キロあれば、1日でまとめて洗うとしても、こと足りると思う。それ以上になると、本体自体が結構デカくなる」
「ふむふむ」
「ただ、そのクラスだとしっかりした乾燥機能がついてるやつはほとんどなくて…これだと、乾燥機能はついてるけど、少し小さいんだよな。かと言って、その上になると、値段が跳ね上がるんだ。これと、これとか」
「わ、ほんとだ…予算オーバーだ…」
「7キロクラスだと、送風乾燥って機能がついてるのが多いな。完全には乾かないけど、干す時に多少はマシになってる」
「なるほど」
「あとは、縦型とドラム式ってのがあって…」

いつになく恭二が饒舌だ。
ほんとに洗濯機好きなんだなぁ、と可愛らしさに少し笑ってしまう。

「…メーカーには、こだわりあるか?」
「ううん、特にないよ」
「じゃあ…この辺りがいいんじゃないか?」

そう恭二に教えてもらった機種を見ていると、店員さんに話しかけられた。

「こんにちは〜洗濯機お探しですか?」
「あ、はい」
「2人暮らし用ですか?それでしたら…」

え?なんで2人暮らし…あぁそっか、恭二が隣にいるからか。

「いや、1人暮らし用です。まとめ洗いすることが多いので、大きいとありがたいなって思って」
「あれ、すみません、てっきり同棲用のものをお探しかと…」
「あはは、とんでもない、彼はただの職場の…同僚?みたいな感じです」

アイドルとプロデューサーです、なんて言えないから曖昧な回答になっちゃうけど。
恭二が彼氏だなんて…ごめんね恭二、私とそんな勘違いされちゃって…
…現に、なんだかムッとしてるし。

そして、そのまま恭二に勧めてもらった機種に決めた。
洗濯機は無事買えて、設置してもらう日も決まったので、あとはしばしの辛抱だ。
…けれど。

なんだか、恭二の機嫌が悪い。
さすがに彼氏に間違えられたからって、そこまでへそ曲げるようなタイプじゃないと思うんだけど…
他になんかしたっけ??

「あのー恭二?なんだか機嫌悪くない?」
「…別に」
「いやいや、それ絶対機嫌悪いじゃない。なんかあった??私の彼氏に間違えられたのは、申し訳ないけど…」
「それ」
「へ?」
「なんで、あんな風に否定するんだよ…俺は…嬉しかったのに…」
「んん?嬉しい?」

後半声が小さくなっていったけど、確実に「嬉しかった」って言ったよね?なんで?
明らかに私の方が年上だし、見た目も平々凡々なわけで…
変装をしているとは言え、恭二はアイドルで…当たり前ながら、かっこいい。
…私の彼氏って言われて、嬉しがってもらえるような要素なくない…?

「こんな風に、言うつもりなかったけど……俺はあんたのことが好き、なんだ」
「へ!?」
「他人に、好きな人の恋人かって聞かれて、それを本人思いっきり否定されたら…誰だって、ヘコむだろ」

視線を外し、ほんのりと頬を染めた恭二の言葉に、頭が混乱する。
きょ、恭二さんは何をおっしゃっているのかな??

「…あんたにそういう気が全くないのも、わかってたけど…その反応、正直つらい」
「ご、ごめん…」

そんなにしょんぼりとされると、混乱しながらも、反射的に謝ってしまう。
…だって。そんなこと、思ってもみなくて。
まず驚きが先に来て。
…恭二の言葉を脳が処理するとじわじわと、照れが押し寄せてきた。
か、顔があっつい…!

「え、あの、その…悪気は、なかったん、だけど…」
「知ってる。だから、余計に堪えた」
「えぇと、その」

さっきまで洗濯機を見ていたからか、まるで洗濯機の中でぐるぐる回される洗濯物のような心境だ。
…うん、自分でもよくわからない。

「…悪い、急にこんな事言って。でも冗談じゃないし、軽い気持ちで言ってるんでもないから…返事は…くれたら嬉しいけど、くれなくてもいい」
「きょう、じ…」
「ただ、俺の気持ち…知ってて欲しい」

真摯な目に射抜かれて、私がぐるぐると混乱してるのを見たからか、恭二はふっと笑った。

「あの洗濯機を使うたび、俺のこと思い出してくれたら、うれしい」

そんなこと、言われなくても…!
どうしよう、洗濯機が来ないと困るけど、来ても困るかもしれない…
洗濯機を買いに来て、こんなことになるなんて…
人生、どうなるかわかったものじゃないね…なんて、しばしの逃避をしてしまう私だった――




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