桜庭薫と暮らす/朝



私の恋人はアイドルの桜庭薫。
そして私は、彼の所属するDRAMATIC STARSの担当プロデューサーである。

この気持ちに気付いた時には、自分が担当するアイドルに恋するなんてプロデューサー失格だと思った。
けれどプロデューサーを辞めたくなくて、気持ちを隠し通すために心にきつく蓋をした。

そんな中、色々なことが重なって、精神的に弱っていたある日。
私を見かねたDRAMATIC STARSの3人に飲みに連れ出された。
そこで私は、体調も万全ではなかったせいもあって、みっともなく酔っぱらってしまったのだった。

気付いた時には薫の部屋で、目を覚ますやいなや、呆れ顔の薫に「君は自分の限界を知るべきだ」と説教されたのち「…君が僕を好きだというのは、本当だな?」と確認された。
気持ちを隠すはずが、混乱していたためか、反射的にこくこくと頷いてしまうと「ならいい」と言われ…
私たちはその勢いのまま、付き合うこととなった。

あとで聞いたところによると、酔っ払った私は薫の一言に号泣し、そのまま半ば泣き落としのような形で告白してしまったらしい。
「俺たちのプロデューサーはやっぱすげーわ」という謎の一言を添えて、輝さんと翼くんがニヤニヤしながら教えてくれた。
詳しくは教えてくれなかったけれど…
薫に聞いても「覚えていないなら、そのままでいい」と言われてしまった。
気にはなるけど、聞くのも怖くて…私は追求をやめた。

そんな紆余曲折がありつつ…
薫が今人気上昇中のアイドルということや、私の借りていた部屋がちょうど契約の更新を迎えたことなどもあり、私たちは思いきって同棲することになった。
セキュリティが厳しいことを基準にマンションを選んだだけあって、今のところ平和に過ごせている。


「んん…」

ゆるゆると闇から浮上する。
まだ頭はぼんやりとするけれど、枕元の時計に目を遣る。
今日は日曜日…時間は…よし、大丈夫。
隣にいる薫を起こさないようにそっとベッドを出て、顔を洗って、洗濯機に洗濯物を放り込み、朝ごはんの準備をして、テレビの前にスタンバイ。

あと少しではじまる、というところで、薫も起きてきた。

「おはよー」
「…おはよう。まったく、毎週日曜日の朝だけはきっちり起きる君が不思議でならない」

朝から抜群の切れ味。
朝弱い私がばっちり起きるのは、日曜日だけだから、そう言われても仕方ないんだけど。
どんなに前の日が遅くても、日曜日だけは決まった時間に起きる。
それが私の生活スタイルだった。


――醜態をさらし、薫と付き合うことになった時に、私が決めたこと。
それは「頑張りすぎないこと、素直になること」だった。
どんなに取り繕っても、私は私でしかないということに気付いたから。
お酒の力を借りたとはいえ、素直になったおかげで、薫と付き合えることになったわけだし。
…何より、薫の性格が性格なので、こちらが素直でいる方が、色々とスムーズなのである。

そしてその結果、輝さんや翼くんたちにも今の方がずっととっつきやすい、と言われ、社外でも人脈が広がり、お仕事をもらえることも増えた。
前だって、嘘をついていたわけではないけれど、頑張らなきゃ、気持ちを隠さなきゃ、と肩肘を張りすぎていたんだと思う。


2人分のトーストが焼けたところで、私の、週に一度のお楽しみがはじまった。
いわゆる“ニチアサ”タイムだ。

一緒に暮らし始めた当初は、色々と言ってきた薫だが、気付けば一緒に番組を見るようになった。
そして、出会ってすぐの頃はヒーローショーすら知らなかった薫が、今では戦隊メンバーの名前を全部言えるし、趣味を公言するようになった私と輝さんに混じって、ヒーロートークができるまでになったのだ。
ふふふ、これこそがヒーローものの魅力だよね。
…あと、これは本人に聞けないけど…
私と輝さんが話すことに、焼き餅を焼いてくれた結果…だったら嬉しいんだけど、なんて都合が良すぎる妄想も抱いていたりする。

「来月から放送時間が変わるんだったな。これでなまえが日曜日に早起きする理由がなくなるわけだな」
「まぁねー…私としては、この時間がちょうどよかったんだけど…さすがに9時からだと、リアタイ出来ない日が増えそうだよ」
「以前は平日の夕方だったのだろう?それに戻るよりはいいだろう」
「それならそれで、事務所で見ちゃうかなー。こう言うのは、リアタイすることに意味があるんだから!」

薫の顔には、理解しかねる、と思いっきり書いてある。
一緒に見るようになったとは言え、この熱量の差…まぁいつものことだけど。

戦隊を見終わる頃には、ご飯を食べ終わって、私は洗濯ものを畳んだり、床の掃除をしたり。
薫はソファで新聞を読みながら、ライダーを見ている。これもいつものことだ。

番組の間に、ヒーローショーのCMが流れると、薫が口を開いた。

「なまえはこういったものを観に行かないのか?」
「んー…さすがに、裏事情を色々知っちゃったり、気付いちゃったりしてからはあんまり行ってないなぁ」

大人になって気付いてしまったこと、この仕事をしていて知ってしまったこと…色々とある。
それでも、仕事の参考に見ることはあるし、好きなものは好きなんだけど。

「でもちっちゃい子たちが真剣にヒーローショーで応援してるのっていいなぁって思うから…もし子供が生まれたら、一緒に行きたいなーって。ちょっとした夢なんだ」

結婚もしてないので、妄想の範囲を出ないけど…なんて思いながら笑って言ってから、気付いてしまった…!
…今の、変に結婚を催促してる風にとれてしまうのでは!?考え過ぎ!?

そんな私の様子を見ていた薫は、はあ、と息をつき、新聞を捲った。

「…なまえが余計なことを考えているのはわかった。別に気にしていない」
「そ、そう…?」
「……それに、そういう状況であれば、僕も一緒に行くのはやぶさかじゃない」
「え?」

つまり、どういうこと…?
…えぇと…すごく遠まわしに、一緒に行こうって言ってくれたってこと?…子連れで?

ぽかんと薫を見ると、さりげなさを装いながら、薫は新聞を大きく広げた。
いつもそんな読み方しない癖に。
薫のわかりにくい愛情表現らしきものに気付いたら、一気に表情筋が緩んでしまった。

「えへへへへへ」
「気持ち悪いぞ」
「なんとでもどうぞ!」

どストレートにけなしてくるけど、そんなことは気にせず、ソファにいる薫にすり寄る。

「…新聞が読めない」
「どうせ今は、読んでも頭に入っていかないでしょ?」

調子に乗って、薫の腕に抱き着くと、薫は観念したらしく、新聞を畳んでぽんぽんと私の頭を撫でた。
呆れてるぞ、しょうがなくつきあってやってるんだぞ、みたいな空気を出して、ため息をつかれたけど、そんなの構わない。
だって、さっきから目が合わないし、何より薫の耳、真っ赤だもの。説得力がないよ。
…仕事でどんなに甘い言葉を囁いても、こんな風になるのは見たことがないので、余計にニヤついてしまう。

アイドルのプロデューサーとしては、褒められたことではないかもしれないけど…
私の他愛ない夢を、薫が否定せずに、しかもその夢に自分を加えて考えてくれたことが、素直に嬉しい。


――けれど、時間は無情である。
薫と過ごす時間を終わらせるのはとても惜しいけれど、テレビの中ではもう、ライダーが必殺技を決めて、怪人を倒していた。
そろそろ番組が終わる。そしたら、出かける準備をしなければならない。

今日は日曜日だけど、むしろアイドルとプロデューサーは日曜日が稼ぎ時だから。
今日もお昼から、イベントのお仕事が入っている。
離れがたいけれど、いつまでも薫にくっついている場合じゃなかった。

重い腰をあげて、洗面台で歯を磨いていると、薫もやってきて、並んで歯を磨く。
別に初めての事じゃないけど、今日は無性にむずがゆい。

「洗濯の続きと、洗い物はやっておく」
「助かる!ありがとう」

歯磨きが終わって、ブルーとピンクのハブラシが2本並ぶ。そんなことさえ、愛おしい。
…これが増える日が来たり、するのかな、なーんて。
朝から私は浮かれているみたいだ。

「いつまでニヤついてるんだ。いい加減落ち着け」
「う!!…き、気をつけます…」

失礼な!とも思うけど、鏡に映った自分は、確かにだらしない顔をしている。
いけないいけない、これから仕事なのに。
…でも、半分くらい薫のせいなんだけどなぁ。

いけないと思いつつも、ニヤついてしまうせいで、化粧にいつもより時間がかかってしまったけど…スーツに袖を通し、プロデューサーモードに変身!なーんてね。

バッグを抱えて、洗い物をしていた薫に声をかける。
同じ現場だけど、私は事前に打ち合わせがあるから、先に出るのだ。

「薫は12時現地入りだから、よろしくね」
「ああ、わかっている」

洗い物の手を止めて、玄関まで薫が送りにきてくれた。
ふふ、薫も今日は機嫌がいいみたい。

「スマホは持ったか」
「うん」
「名刺は?」
「あるよー」
「手帳は?」
「あるある。大丈夫!」

靴を履きながら返事を返す。
お母さんかな?、とちょっと笑いそうになる。

「おい」
「うん?」
「忘れ物だ」
「え?」

まだ何かあったっけ?と振り返ると、一瞬、頬をかすめた、柔らかい、なにか。

「いってこい」

そう言うと薫はぐいぐいと私を押し出し、一方的にドアを閉めて、鍵まで閉めてしまった。
いやそれ自体は、出掛けるから、いいんだけど…いいんだけど!!!

いっ……今のなにーーーーー??!
きょ、今日は雨…いや、槍?現実的に考えると雹あたりが降るのかな!?
空は綺麗に晴れ渡っているけど…青天の霹靂とは、まさにこの事では…!!

ていうか!勝手すぎない?!
人にはニヤつくなとか、気持ち悪いとか言っといて!誰のせいですかね!?

……でも悔しいかな。嬉しいんですよねーーー!!
どこまで薫を好きにさせる気なのかな!!!

全部大声で叫びたいところだけれど、そうもいかず。
絶対に仕返ししよう…!と心に決めて、私は階段を駆け下りた――




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