いまとこれから



※拍手log


「あのー…夏来?そんなに見られてると、やりにくいんですけどー…」

全国ツアーの終盤。
今日は久しぶりに、一日中事務所で仕事だ。
溜りに溜まった、メールと書類の処理…正直見なかったことにしたいけど、そういうわけにもいかないので、せっせと山を崩していた。
そこにふらっと夏来がやってきて、何故だかじーっと見つめられた。
しかし一向に話しかけてこないので、痺れを切らして手を止めて、私から問いかけたのだった。

「…ごめん、なさい」
「いや、怒ってるわけじゃないんだけど…何か用事だった?」

High×Jokerは、会議室で曲作り中だったはず…なんかあったのかな?
でも急いでる風ではないし…

「…用事とかじゃない、けど。最近ずっと、プロデューサーさんに会えなかったから…」
「あー…ツアーであちこちいってて、全然事務所にも顔出せてなかったからねー…High×Jokerはツアーも最初の方だったしねぇ…」

怒涛の日々を思い返す…って、まだまだ終わってないんですけど!
今週末もまた地方でライブだ。
ってまた新しいメールがきたよーーうわーん!
通知に気付いて、再びPCに向かった私の背後に夏来が移動してきた。
ごめん、これを確認するだけ…

「…だから、構って欲しいな」
「わっ」

そういって、背後から抱き着かれた。
夏来がいつになく積極的だけど、今きたメールが結構重要案件でした…!
ううううう、分身出来るもんならしたい…!!

「ごめん、そうしたいのはやまやまだけど、仕事が片付かないんだよぉ…」
「…俺じゃ、手伝えない?」
「気持ちだけありがたく受け取っておくよ…」
「…そっか」

夏来をほったらかしにして、メールに返信を打つ。
ほんっと申し訳ない…
普段こんなことを言ってこない夏来がこんな状態なんだから、みんな不満抱えてるよね、きっと…

「ごめんねー…ツアー終わったら、埋め合わせするから!みんなで回転寿司とか行っちゃう?お肉の方がいいかな?みんなで考えておいて!」

私もぱーっとやりたいし!
ほんとなら今すぐにでも行きたいけど、そうは行かないのが、悲しい社会人…
手がふさがっているので、肩に顔を置いている夏来にぐりぐりと頭を押し付けて、とりあえずスキンシップを図ってみる。
…雑でごめん。

「……みんなで…うん、今は…そうだよね。戻って、伝えておくね」
「よろしくね。いつもより豪勢なのでもOKだからね!」

そこまで言っている間に、メールが1つ片付いた。
と、気を抜いたら、夏来の腕がきつくなった。

「…『みんな』が嫌なわけじゃない…けど。たまにはプロデューサーさんのこと、一人占めしたい…な」
「へっ!?」

耳元でそう囁かれて、思わず変な声が出た。

「…けど、今はこれで我慢するね」

そう言って夏来はするりと腕をほどいたかと思うと、私の髪を一房とってキスをした。

「な…!?」
「プロデューサーさんのお仕事、これ以上邪魔しちゃいけないから…行くね」

フェロモンを撒き散らしていった夏来が去ってからも、一連の行動についていけなかった私は、しばらくフリーズしていた。

どどど、どうしたの夏来!
ちょっと会わないうちに、フェロモンが増してない!?
『男子三日会わざれば刮目して見よ』なんて言うけど…そういうのとは違う気もするけど!?

夏来の色気にあてられてしまったようで、顔が熱い。
高校生にあるまじき色気だ…どこまで自覚があっての行動かはわからないが、我が担当アイドルながら、末恐ろしい子…!

ーー落ち着こう。まだ仕事が残っているんだ。
夏来の「一人占めしたい」「今は我慢する」なんて言葉がぐるぐると脳内を回っていたけれど、席に戻って山積みの書類と未読メールの数を見て現実に引き戻された。
しばらくはこれと戦うことで、さっきの言葉を考えずに済みそうだ。

…それが終わったら、どうしたらいいんだろう。
そんな日が来るのが少し怖いけど、期待もしてしまう…なんて不謹慎だろうか。

ふるふると頭を振って、そんな考えを吹き飛ばす。
今は目の前だけを見て、突っ走ろう…!




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