非日常に踏み出して



今日も通いなれた職場にやってきた。
この場所に来るのは、慣れたものだ。
しかし今日は、どうにも落ち着かない…その原因は…

「おー、ボス!おはよー!」
「だ、大吾君。お、おはよー…」

う…!早速バレてしまった!
今日はできるだけひっそりと過ごしたかったのに…立場上、そんなことが出来ないのはわかってるけど!

「ん?何をこそこそしとるんじゃ?」
「いやー…そのー…」
「なんだか今日のボスは、いつもと雰囲気が違うのぉ!そのせいか?」
「う、うん…まぁバレバレだよね…」

…そう、今日は自分の格好が普段とは全く違うのである。
慣れない格好で、とっても落ち着かなくて恥ずかしいし、誰かに見られるのが気まずくて、こそこそとしていたのでした…

「今日はデートとか…合コン、かのぉ?」
「ち、ちがうちがう!」

慌てて否定すると、大吾君は安心したように笑った。
そりゃこんな格好してたら、そう思われてもしょうがないけど!
恋人はいないし、今は出会いも求めてないよ!!

「実は今、妹が就活でこっちに出て来て、家に泊まってるんだけど…その妹に『お姉ちゃんの職場、私服でいいんでしょ!?いつもそんな地味なスーツとか信じらんない!』とか言われて、全身コーディネートされて、化粧されて、髪の毛までセットされちゃって…」

妹なりの、就活のストレス発散方法のようだから、されるがままになっているのだけれど…
いつもはグレーのパンツスーツを適当に着まわして、髪もざっくりくくっているだけの私が、今は、自分じゃ絶対買わない、オフショルダーのニットに、花柄のスカートだ。
髪もくるくるふわふわしている。
そりゃ違和感を抱かずにはいられないでしょう。
私自身、落ち着かないにもほどがあるし、妹が帰ったら、タンスの肥やしとなること請け合いです…

「なるほど、いい妹さんじゃのぉー!」
「妹は私と違ってキラキラ女子でね…まぁそんなわけで、いつもと違う格好が落ち着かないし、恥ずかしいし…」
「ボスに似合っとるし、すごく可愛ええぞ!」
「ああ、気を遣ってお世辞なんて言わなくても大丈夫だよ。似合わないのは私が一番わかってるし」

年下に、しかも担当アイドルにそんな気を遣わせてしまって申し訳ない。
いっそ笑ってくれた方が、気が楽なんだけどなぁ。

「なにを言っとるんじゃ?ワシはお世辞なんて言っとらん!妹さんのコーディネートはばっちりじゃ!ほんっとーによく似合っとる!」
「え、ええぇー…??」

いやいやいや…って、大吾君、本気で言ってる…??
そんなことで嘘をつくタイプじゃないのは…わかってるけど…いやでも、似合ってなんかいないのに。
お店での妹との攻防と言ったら…最終的には、負けてしまったわけで、こうしているのだけれど。
いたたまれなくなっていると、大吾君は不思議そうに首をかしげた。

「ボスは、ワシらのいいところを引き出してくれるのは得意じゃけど、自分のことになるとさっぱりなんじゃな」
「だ、だってそんなの自分じゃよくわからないし、ましてやこんな可愛い服なんて…」

私は、アイドルのプロデューサーだから、別に自分自身は着飾らなくてよくて。
最低限の身だしなみができていれば、それでいいと思っているのだ。
化粧や髪のセットに1時間かけるくらいなら、企画書を1本書いていた方が、よっぽど有益だ。

「ボスのいいところなら、たーーーっくさんワシが知っとるぞ!やさしくて頼れるじゃろ、縁の下でワシらを支えてくれとるし、一緒におると退屈せんし…それから、とびっきりのはなまる笑顔の持ち主じゃ!背もすらっとしとって、羨ましいぞ!髪もさらさらじゃし…」
「わーー!!!も、もういいよ、わかった、わかったから!!」

あまりにべた褒めしてくるから、私は恥ずかしくなって大吾君の言葉を遮った。
言い足りなそうな顔をしながらも「そうか?」と、大吾君は止まってくれた。
…大吾君には私がどう見えているのか、不思議でしょうがない。

「ほ、褒めてくれてアリガト…だけどやっぱり、この格好は落ち着かないよ…」
「何事も練習あるのみじゃ!…でも、ボスがいつもそんな格好でいたら、ドキドキしすぎて仕事に身が入らなくなりそうじゃから、ちぃとばかり困るのぉ!」

そう言って少し照れて笑う大吾君に、私は、ただただ口をあけて真っ赤になるしか、できなかった――




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