ほんとはね



みょうじなまえは、賢の同級生の女子大生。
最近うちの事務所に増えた、アルバイトの事務員だ。

初めて顔を合わせた時、俺はなまえのことを「可愛いな」と思った。
――けど。
なまえは俺の顔を見て、固まった。
悲しいかな、それ自体はいつものことだが…3ヶ月経った今でもそれは変わらず、なまえは俺を見ると固まる。
賢は「なまえさん、人見知りなので許してあげてください」なんて言ってたけど、他のヤツらとはもう笑って話してる。
だけど俺とは、笑うどころか、視線を合わせてすらくれないんだよなぁ…結構凹むぜ。


◇◇◇


「うーん…」
「どうしたんだ、英雄」

ある日の打ち合わせ前。
事務所の会議室でため息をつくと、信玄に心配そうに声をかけられた。

「あれ〜?もしかしてまた、なまえちゃんに怖がられちゃったんですか〜?」
「龍〜〜〜お〜ま〜え〜〜〜!!!」

茶化してきた龍にヘッドロックをかける。
…その通りだよ!!

「うわーー!!英雄さん、ギブギブ!すみませんでしたぁ!!」
「…まあ、そろそろ慣れて欲しい時期かもしれないな」
「俺の笑顔が足りねぇのかな…」
「いっそのこと、1回しっかり話してみたらどうだ?」
「…そう、だな」

思い立ったが吉日。
打ち合わせが終わった後、早速俺はなまえと話してみることにした。
とは言え、俺1人じゃなまえが怖いだろうし、かと言って男3人で囲むのも怖いだろうから、龍に立ち会ってもらって、信玄にはそっと陰にスタンバってもらうことにした。

「なまえちゃんなまえちゃん!ちょっといいかな?」
「龍さん!なんでしょうか?」
「英雄さんが、なまえちゃんに話があるんだって!」
「え、英雄さん、が…?」

なまえの戸惑いが伝わってくる。そ、そんなに怖いだろうか…
いや、ここで引くわけには行かない。

そうこうしているうちに、龍がなまえを連れて来てくれた。
よし、言うぞ…!

「…あの、さ」
「は、はい!なんでしょうか!!」
「あーいや、そんなに固くならずに聞いてほしいんだけど…なまえは、俺の顔、そんなに怖いか…?」
「えっ!?」
「俺の顔が怖いってのは自覚してるし、しょっちゅうビビられてるけど…最近は表情が柔らかくなったねーとか言われることも多くなってきたから、多少はマシになってると思うんだけど…まだなまえは、怖い、か?」
「えっ、あの、その…」
「なんつーか…せっかく、同じ事務所で働いてるんだし、もう少し、仲良くやっていきたい、っていうか…」

…年下の女子に、何言ってんだ俺は。
でもこんな時こそ、俺の素直な気持ちを伝えなきゃ、ダメだよな!

「なまえが怖いなら、怖くないように、俺ももっと笑顔の練習頑張るし」
「ご、ごめんなさいっーーー…」

俺なりの精一杯の笑顔で言ったんだが…なまえはぽろぽろと泣き出した。

「なまえちゃん大丈夫!?」
「わ、悪い、そんなに怖かったか!?」

ま、まさか泣かれるとは…!!そんなに俺の顔、怖いのか…!?
と、とりあえず、ハンカチ…!!

「ちっ、違うんですっ…英雄さんのっ…顔を、怖いと思ったことなんて、なくってっ…」
「え、そうなの?」

むしろ意外、みたいな反応をする龍。
…一言言ってやりたいが、今はそれどころじゃない。

「そうじゃなくて…英雄さんの顔…ものすごく、好みでっ…でも、アイドル事務所で働くのに、そんなミーハーなところ見せちゃいけないと思ってっ…!」

その言葉に、慌ててハンカチを探していた手が止まる。
龍も驚きからか、動きを止めた。

「え?え…?」
「英雄さんと顔あわせるとっ…緊張しちゃってぇぇ…」
「…えっと、つまりなまえちゃんは、英雄さんが怖くて避けてたわけじゃなくて、英雄さんの顔が好みで、顔あわせると照れて緊張して、固まっちゃってた、ってこと?」

龍がなだめながらそう言うと、両手を顔で覆ったなまえは、コクコクと頷く。

そ、それって…!
ぶわっと顔が熱くなり、自分の顔も真っ赤になるのがわかる。

「よかったじゃないか、英雄」
「し、信玄!」

そう言いながら信玄は、なまえにティッシュを差し出した。

「俺たち、席外しますね!行きましょ、誠司さん」
「ああ、そうだな」
「ごゆっくりー!!」
「あ、おい!」

ニヤニヤとした龍と、爽やかにサムズアップした信玄が去って行った。
お、おい!今ここで2人っきりにされても…!

「本当にごめんなさい…」
「い、いや…こっちこそ、そういう事情だなんて、思わなくて…」

…そんなこと、面と向かって言われたの、初めてだし。
あークソ、ニヤける。今の俺、絶対気持ち悪いぞ。
女子大生を見てニヤけてる元警察官とか、アウトすぎるだろ!!

「……穴があったら入りたいぃ…」

顔を覆ったまま、耳まで赤くして小声で呟くなまえ。
…やばい、すっげー可愛い。

「あの、さ。俺も、嬉しかった、から…そんなに気にするなよ、な?」
「もう、この際だから、お伝えしますけど…私、英雄さんの、顔だけじゃないですから!好きなところ!!」

そう言うと、なまえは目を潤ませ、顔を真っ赤にしてバッと顔をあげた。

「みんなに優しいところとか、優しい声で歌うところとか、色んな衣装をかっこよく着こなしちゃうところとか、意外に子供っぽくて可愛いところとか…そういうの、全部好きですからーー!!」

やけになったように、俺の目を見て話すなまえ。
なんだそれ…すげー照れるし、恥ずかしいけど…本気で嬉しい…!

「あ、ありがとな…」
「もう!英雄さんがかっこよすぎるから!!責任とってください!!」
「せ、責任って…」

誰かに聞かれたら誤解を生むこと間違いなしのセリフだが…とにかく今は嬉しい。
つーか、なまえって、こんなキャラだったのか。
…なんか、面白くなってきた。

「あー…でも、ホント嬉しいし、安心した!俺、なまえに怖がられてるとずっと思ってたからさ!えーっと…とりあえず、仕事終わったら、一緒に飯でも行くか?」

今までの分も、なまえとたくさん話したいからな!と笑えば、なまえはまた顔を真っ赤にして頷いてくれた――




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