小悪魔



「ごめんね、すっかり遅くなっちゃって」
「大丈夫だよー家に連絡しといたし!」
「ありがとう。着くまで寝てていいからね」
「それじゃあ、お言葉に甘えるねー…ふあぁ〜…今日はいっぱい着替えたし、疲れちゃった。おやすみ〜…」

今日は翔太くんのソログラビアのお仕事だった。
撮影スタジオが遠く、そのうえ予定より撮影が長引き、14歳の子を1人で帰せる時間ではなくなったので、私が翔太くんを車で家まで送っていくことになった。

と言っても、初めてのことではないし、翔太くんも慣れたものだ。
あっという間に夢の世界へ落ちていった。
寝ている翔太くんを時々バックミラーで確認し、1人の時よりも慎重に運転をする。

よく寝てるなー…
事務所の中でも、場数を踏んでいる方の翔太くんではあるけど、今日の撮影はなかなかにハードだったかも。ユニットの仕事じゃなくて1人だったし。
お仕事をもらえるのは有難いことだけど、負荷がかかりすぎないようにしないとなぁ…

そんなことを考えながら、車を走らせること1時間弱。
ようやく、翔太くんの家の近くにまできた。何度目かの送迎だから、このあたりの道はもう覚えてる。
翔太くんを起こさないと。

「翔太くーん、そろそろおうち着くよ。起きてー」
「…んー…あと5分〜」
「いいけど、あと10分もしないで着くよー」
「…えーー……」

翔太くんは不満げな声を出しながらも、ごそごそと荷物をまとめだした。
そしてバッグを閉める音がしたのとほぼ同時に、翔太くんの家の前に着いた。
ご近所の迷惑にならないように車を寄せて、駐車する。

「今日もありがとー!」と言って車を降りた翔太くんがチャイムを鳴らすと、翔太くんのお母さんが出てきた。
私も車を降りて、挨拶をする。いつものパターンだ。

「今日もお世話になりました」
「いえ、こちらこそ遅くなってしまって申し訳ありません」
「いいえープロデューサーさんになら、安心してお任せできますから。そうそう、プロデューサーさんにお渡ししたいものがあるんです、ちょっと待っててくださいね」

そういって、お母さんはパタパタと家の中に戻っていった。
「ふふ、今日もお母さん元気だね」
「うんー。ときどき僕より元気なんじゃないかなって思うよー」

戻ってきた翔太くんのお母さんは、「おすそ分けです」と言って野菜やお惣菜をくれた。
これも実は初めてじゃない。
最初は遠慮していたんだけれど「翔太がいつもお世話になっていますから」と押し切られ、今は遠慮なく受け取らせていただいている。
今度また、何かお菓子を買ってお返しよう。

「いつもありがとうございます…!本当にありがたいです!」
「いえいえ、これで栄養つけてくださいね」


そんなやりとりを終え、車に乗り込み、エンジンをかけた。
さあ、いつも通り窓を開けて、最後にもう一度挨拶をして、私も帰ろう。

「あ、プロデューサーさん!」
「え?」
「わすれもの!」

声をかけられ、窓から身を乗り出したら、頬にちゅ、と温かい感触が触れた。
目の前には、いたずら大成功!と顔に書いてあるような、満面の笑みを浮かべた翔太くんが居た。

「しょ、翔太くん…」
親御さんの前でなんということを…!
と慌てて翔太くんのお母さんを見たけれど、あらあら、といった感じで見ているだけだった。
あ、あれー…御手洗家では日常茶飯事なのだろうか…

「おやすみなさーい☆気をつけて帰ってね!」

お母さんの隣に戻っていった翔太くんは、笑顔でひらひらと手を振っていた。
さすが我が315プロ屈指の小悪魔…!

「……おやすみなさい、失礼します」

私は精一杯動揺を隠し、挨拶をして車を出した。


――そうして、車を走らせていると、いくつか目の信号で捕まった。
少し気が抜けたせいか、ハンドルに寄りかかって大きく息を吐いた。
……このくらいのことで動揺してちゃ、翔太くんのプロデューサーは務まらない。
…とは思うけど。

「小悪魔こわいわー…」

ぱたぱたと赤くなった頬を手で仰ぐ。
頬…というか、私がもうちょっと振り返るのが早かったら唇だったよ…!
明日からもっと、気を引き締めていこう…!
そう決意して、ハンドルを握り直すと、ちょうど信号が青に変わったのだった――




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