貴女には飴とケーキを



(よかった、まだいるみたいですね)

今日はオフで、久しぶりにたくさん新作のケーキを作ることができた東雲。
せっかくだから、プロデューサーにも食べてもらおう、と事務所までやってきた。
持っている箱に入ったケーキはもちろん、全て巻緒のお墨付きの自信作だ。

東雲がプロデューサーを驚かせようと、そっと事務所に入ると、普段とは違う静寂の中、すすり泣くような声が聞こえてきた。
その泣き声の方に向かうと…そこには、小さく背中を丸めた、東雲の探し人の姿があった。

「プロデューサーさん…?」
「わっ!し、東雲さん!?今日、オフじゃ…っ!」

東雲がそっと声をかけると、プロデューサーは驚いて振り返り、慌てて涙をぬぐった。

「プロデューサーさん…泣いていたんですか?」
「そ、そんなことないです!」
「目が赤いですよ」
「う」
「鼻声ですし」
「う…いやまぁその、ちょっと…目にゴミが入った的な?そういうこともありますよねー…お気になさらず!」

明らかに泣いていたのに、あはは、と誤魔化すように笑うプロデューサー。
その姿はとても痛々しかった。

「気にしないで泣いて下さい」
「えっ…いや、だから、泣いてないですってば〜」
「…プロデューサーさんは意地っ張りですね。見られたくなければ…ほら、こうすれば見えませんから」

そう言うと、東雲は勢いに任せてプロデューサーを抱きしめた。
抵抗されるかもしれないと思ったが、予想に反して、プロデューサーはすんなりと東雲の腕の中に納まった。

「……甘やかさないでください」

それでもまだ、言葉では虚勢を張るプロデューサー。
その様子がどうしようもなく、愛おしくなってしまった。

「他のみなさんはもう帰られたようですし、大丈夫ですよ」
「ダメ、ですって…ホント、これ以上は…プロデューサーとしてカッコつけさせてください」

涙が再び溢れてきたのか、プロデューサーは俯いたまま涙声で東雲の胸を押し、その腕の中から抜け出そうとした。
しかし、ここで放すわけにはいかなかった。

「アイドルとプロデューサーじゃなければいいんですか?」
「…え?」

プロデューサーが思わず顔を上げると、東雲は慈しむような微笑みを向けた。

「それなら今だけ、その関係を忘れましょう。私はただの東雲荘一郎で、プロデューサーさんはただのみょうじなまえ。私たちは仲の良い友人、ということでいかがでしょう」
「そ、んな…都合のいい…」
「いいじゃないですか、たまには。なまえさんは頑張り屋さんすぎるところがありますから」
「東雲さん…ずるい、ですっ…そんなこと言われたら、私っ…」
「よしよし」

東雲が優しく頭を撫でると、トドメを刺されたと言わんばかりに、なまえは顔を東雲の胸に押し付けて隠した。
ぼろぼろと次から次へと涙が溢れてくる。

「っぐ…鼻水、ついちゃいます…」
「そんなことは気にせんといてください」
「う、うぅぅ〜〜…」

東雲は、とんとんと小さな子をあやすように、なまえの背を叩く。

「どうぞ思いっきり泣いてください」
「っふ…う…うううぇ…」

そしてなまえは堰を切ったように、大声を上げて泣いたのだった。


***


ひとしきり泣いた後、なまえはそっと東雲から離れた。

「…ご迷惑をおかけしました」
「全然、迷惑なんかじゃないですよ…ティッシュ要ります?」
「……要ります」

東雲がティッシュを差し出すと、なまえは背を向けて、顔を拭った。

「お茶を淹れますから、ちょっと待っててくださいね」

そう言って東雲がその場を離れると、なまえはトイレに向かった。

「…ひどい顔」

鏡に映った自分は、目も鼻も真っ赤で、化粧もぼろぼろだ。
あんな風に子供みたいに大声を上げて泣いた上に、こんな姿を見られたのだから、すっぴんになったところで、これ以上何も変わるまい。
そう開き直ったなまえが化粧を落とし、ばしゃばしゃと顔を洗って戻ると、部屋には優しい香りが漂っていた。

「喉が渇いたでしょうから…神谷ほどはおいしくないですが、お茶をどうぞ。ケーキもあるので、よろしければ」
「なにからなにまで…ありがとうございます」

「いただきます」と言うと、まずはお茶をひとくち。
そしてケーキをひとくち。
お茶の暖かさと、お菓子の優しい甘さが、じんわりとなまえの心に沁みていく。

「…情けない姿を見せてすみません。明日には、ちゃんといつも通りになってますから」
「気にしないでください。むしろ、なまえさんには、もっと頼ってもらえると嬉しいです」
「……東雲さん、ほんとに、甘やかすのが上手ですね」

なまえは以前、東雲にユニットの垣根を越えたチームのリーダーを頼んだ時に「飴と鞭の使い分けがうまくなった気がする」と言っていたことを思い出す。
そう言っていた東雲の鞭は、今はどこへやら、だ。

「そうでしょうか?」
「こんな姿見せたの、東雲さんだけなので…」
「そうなんですね。私だけ、ですか」

今まで必死に隠してきたんですよ、と言うなまえがこくりと頷くと、なぜか東雲は嬉しそうに笑った。

「…本当は、こんなタイミングで言うのは、弱っているところにつけいるようで憚られるんですが…好きですよ、なまえさん」
「…え?」

突然の東雲の告白に、フリーズするなまえ。

「好きな人だからこそ、甘やかしたいですし、辛いときには頼ってもらいたいですから…今日、その役目を担えたことが、とても嬉しいんです。だから、気にしないでください」
「え、えぇ…?」
「いつも支えてくれるなまえさんに、少しでも恩返しがしたいのはもちろん…あんな可愛らしい姿、他の誰にも見せたくありませんし」
「か、可愛らしっ…!?」

やや頬を染めているものの、するすると爆弾発言を続けていく東雲に、なまえは先ほどまでとは違う理由で、真っ赤になっていく。
その様子すらも愛おしく思いながら、東雲はさらに続けた。

「ですから、もしまた泣きたくなることがあったら、その時もまた頼ってくれると嬉しいです」

もちろん、泣きたくなるような目に遭わないことが一番望ましいですけれどね。と添えて、東雲は微笑んだ。
一方、そんなことを言われるとは思っていなかったなまえは、湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしていた。

「え、え、えぇぇ…??」
「ふふ、なまえさん、真っ赤ですよ。多少は脈があると思ってもいいんでしょうか」
「ちょ…なにが、なんだか…」
「本当は、まだしばらくお伝えするつもりはなかったんですけど…今日のなまえさんの姿を見ていたら…愛しさが溢れてしまって、つい」
「ひゃい?!!?!」
「今すぐに返事が欲しいわけではないですし…ただ、心の片隅に置いておいてくださるとありがたいです」

涙はすっかりひっこんだ様子で、耳や首まで真っ赤に染めたなまえを見て、東雲は満足そうに微笑んだ――




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