セイレーンちゃんは音を楽しむ



「あれ、麗くん調弦中?」

午後の作業がひと段落して、休憩をしようとおやつを片手にラウンジにやってくると、Altessimoの麗くんがヴァイオリンケースを広げていた。
私が声をかけると、麗くんは手を止めて答えてくれた。

「ああ。みょうじさんはここで作業をするのだろうか?それなら…」
「ううん、休憩しにきただけだから、大丈夫だよ。お気になさらず」
「そうか。では…」

そう言うと、麗くんは調弦に戻った。
チューナーを鳴らしながら、慣れた手つきでヴァイオリンを調整していく。
…うーん…なんか、いつもと違う音だなぁ…なんというか…

「…なんだかいつもより音が硬いような気がする…」
「!」

麗くんの音を聞いてぽつりと漏らすと、勢いよく麗くんがこちらを向いた。

「ご、ごめんね、素人が勝手なこと言って」
「いや、構わない。その通りなんだ。一昨日、弦を張り替えたばかりだから」
「やっぱりそうなんだね。ヴァイオリンのことはよく知らないけど、セイレーンだからか、音には敏感なんだー」

よかった、変なことを言ったわけじゃなくて。

「そうか…みょうじさん、もしよければ、調弦につきあってもらえないだろうか」
「え…やり方知らないけど、大丈夫かな…?」

そう言うと、麗くんは説明をしてくれた。

「この音と…」

そう言って、麗くんはチューナーを鳴らす。
続いてヴァイオリンを構え、単音を響かせた。

「このヴァイオリンの音があっているか、判断してもらえればと…」
「なるほど、それならできそうだから、お手伝いするね!」

それからしばらく、チューナーの音と麗くんの鳴らす音を聴き比べては「ちょっと高いね」「気持ち低いかも」「ここぴったり!」なんてやりとりを繰り返し、調弦は終わった。


「これでよし…ありがとう、感謝する。みょうじさんが居れば、チューナーは不要かもしれないな」
「そうかなー?またもし手伝える事があったら、遠慮なく言ってね!」

さて、お手伝いも終わったし、おやつ食べようかな。
ヴァイオリン触ってる最中だし、今は食べないかもしれないけど、麗くんにもおすそ分けしよーっと。
そう思って袋を開けると、麗くんが話しかけてきた。

「みょうじさんは、何か楽器を弾くのだろうか?」
「うーん…弾ける、と言えるのはピアノくらいかな…最近はほとんど弾いてないから、ちょっと怪しいけど…私、人前で歌えないから、学校の音楽の時間とか、合唱祭の時はいつもピアノの伴奏してたんだ」
「なるほど…」

なんだか神妙に頷かれてしまった。麗くんは真面目だなぁ。

「機会があればぜひ、みょうじさんの演奏を聴いてみたい」
「あはは、ほんと素人だし、聞かせられるようなものではないよー…ちゃんと習ってたのはほんのちょっとだし、コンクールとかも出たことないしさー」
「そうなのか」
「うん、ちゃんと続けなかったしね〜」
「…なぜ続けなかったんだ?」

おや、麗くんにしては食いついてきたなぁ。
やっぱり音楽をやってきた人から見ると、気になるものなんだろうか?

「す、すまない、立ち入ったことを…」
「ううん、大丈夫だよ。と言っても、あんまりおもしろい話じゃないけど…」

事務所に入った時に、みんなには私の力の話は説明してあるけれど、麗くんとこうして2人っきりでしゃべることは滅多にないもんなー。
あんまり明るい話じゃないけど、話しちゃいますか。

「楽器って音の出し方を知らなきゃ出来ないし、弾けるようになっても、上手くなるにはやっぱり、練習がたくさん必要じゃない?」

そう言いながらわきわきと指を動かすと、麗くんはこくこくと頷いた。

「当然、セイレーンだからって初めての楽器を初見ですっと弾けるとか、そんな夢のような話はなくて…確かに、音には敏感で、歌うだけなら、1回聞けば歌えちゃうけどね。楽器を弾くとなると、セイレーンであることによるアドバンテージはないわけです」

あくまで私は、だけどね。とフォローを入れつつ、話を進める。

「だけど音楽関係の事で、たくさん努力を重ねて、いい結果を出せたとしても『セイレーンの亜人だから当たり前』の一言で片付けられちゃうことが多くて…私はたくさん練習したんだ!セイレーンとか関係ない!って訴えても、一蹴されて…まぁそんなわけで、続けなかったの。今となっては、そんなに気にしないで、続けてればよかったな、と思うけどね」

嘘はつきたくないし、かと言って極力重くならないように話したつもりだったけど、麗くんは深刻そうな表情になってしまった。
…麗くんをスカウトした時の状況はプロデューサーさんから聞いてるから…話さない方がよかったかなぁ…?

「そう…だったんですね」
「うんーあ、でも今は全然そういうの気にしてないし!趣味として、音楽は楽しんでるから。どんなジャンルでも聞くの好きだし、中でもやっぱりアイドルソングが好きだなー」

今楽器を弾いてないのは、きっかけが特にないだけで、深い意味はない。
それにやっぱり、楽器を演奏するよりも、自分で歌うのが1番好きなんだよね…もっぱらヒトカラだけど。

「…あ、あの!何かリクエストはないだろうか?」
「え?」
「えぇと、その…」

それまで黙っていた麗くんが、そう言い放った。
…気を遣ってくれたんだろうな。
気を遣わせちゃって申し訳ないけど…せっかく麗くんのヴァイオリンを聞けるんだから、このチャンスを逃す手はないよね!

「いいのー?」
「はい、私が知っている曲なら、なんでも」
「わーい!じゃあせっかくだから、315プロユニットメドレー!とかお願いしちゃおうかなー!?」

…我ながら、なんて無茶振り。
けれど、麗くんは嫌そうなそぶりを一切見せず「任せてくれ」とヴァイオリンを構えた。


そうして、昼下がりのラウンジで、小さな演奏会がはじまった。
持ってきたおやつも、こんな素敵な演奏を聴きながら食べると、高級なレストランで出されるお菓子のようだ。
…行ったことないけど。

315プロのユニットの曲を、迷うことなくヴァイオリンで奏でていく麗くん。
その演奏にあわせてうっかり歌ってしまいそうになるのを、必死に抑えた。

自分のユニットの曲じゃなくても、楽譜なし、練習なしでここまでさらさらと弾けるのだから、本当にすごい。
生まれ持ったセンスももちろんあるだろうけど…今までに培っていた努力が土台にあるからだろうな。


――そんな麗くんの演奏に誘われ、ぱらぱらと事務所のみんなが集まってきて…気付けば、麗くんは大勢のギャラリーに囲まれていた。
こんな風に音楽を楽しめる、315プロはほんとにいいところだなぁ…
ホント、ここで働けていることに、感謝だ。




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