モテたい君を、好きな私は



幼馴染が「モテたいから」とギターを始めた。
なんて安直な…と呆れるのと同時に、私の気持ちも知らないで!と腹が立った。
…って、告げたことがないのだから、当たり前なんだけど。
告白できない自分を棚に上げた、ただの八つ当たり。
隼人にとって、私はただの幼馴染。男友達と変わらない。それだけのことだ。


――秋山家が隣に引っ越してきてから、同い年の隼人とは、小・中学校と一緒だった。
高校は別々の学校に進んだけれど、母親同士が仲がいいので、だいたいの情報は筒抜け。

それに私と隼人の部屋は向かい合ってて、さすがに直接行き来できるほどではないけれど、会話をするには困らない距離だから、かすかに聞こえるたどたどしいギターの音を、私はひそかに楽しみにしていた。
その音が、だんだん上手くなっていくのも、ずっと聞いてた。

その年の隼人の高校の文化祭に遊びに行ったときには、隼人がギターとボーカルを兼任してて、あとはキーボードとベースの人の3人バンドだった。
1曲だけの、どこか危なっかしい演奏だったけれど、キラキラしていて…惚れた欲目だとしてしても、隼人は他に見た誰よりも、カッコよかった。
なんで、同じ高校に行かなかったんだろう、って後悔した。

…けれど結局、その年はモテることはなかったようで。
バレンタインの翌日に会ったら「おかしい…ギターとかバンドとかやるとモテるんじゃなかったのか…?」とかブツブツ言っていて、笑ってしまった。
あんなにカッコいいのになんで、と思う反面、隼人がモテてなくて安心してた。
そして毎年あげているチョコを、一日遅れで渡すと「毎年ありがとな!」とさらりと受け取られた。
…このニブチンめ!


隼人が軽音部に入って1年ほど経ったころ。
借りていたマンガを返しに行くと、隼人がご機嫌だったので、どうしたのか聞いたら「俺たちのバンド、ついにボーカルとドラムが揃ったんだ!」と嬉しそうに教えてくれた。

まもなく、その5人で高校生バンド大会に出るというので観に行くと、そこには、輝きを増した隼人たちがいた。

あのキラキラしたバンドのリーダーが、幼馴染であることが誇らしい気持ちは確かにあった。
毎日一生懸命、隼人が練習してたの、知ってるもん。
でも、だけど。

――隼人が遠くに行っちゃう。

…気付いた時には、私はボロボロ泣いていた。
そして隼人たちに声をかけることなく家に帰り、遅くに隼人が帰ってきた気配も感じてからも、私は声を押し殺して泣き続けた。

その次の日の朝。
泣きすぎで頭がガンガンする…けど、こんなことで学校を休むのは…と重たい体に鞭打って家を出ると、ちょうど隼人も家を出てきた。
…なんてタイミングだ。
駅までは一緒だから、普段通り振る舞わなきゃ…

「おはよう、なまえ!」
「おはよ」
「…ん?なんか元気なくないか?」
「ううん…別に、普通だよ。隼人はなんか…ふわふわしてるね?」
「わ、わかる!?」

頬を染めて嬉しさを隠しきれない!といった感じの隼人。
…もしかして、ついに誰かに告白されたとか?
胸が…ぎゅっと掴まれたように、苦しい。

「実はさ!昨日の大会、優勝はできなかったけど…そのあと、スカウトされたんだ!」
「スカウト…?」
「そう!High×Jokerの5人で、アイドルにならないかって!…あ、でも、みんながやりたいって思ってるわけじゃないみたいだから…今のところ、話をもらっただけ…なんだけど」
「そう、なんだ。すごいね、隼人」

私の予想は外れたけれど…
スカウト。アイドル。
…やっぱり、隼人は遠くに行ってしまうんだ…やばい、また涙腺が緩む。

「アイドルとかは置いといて…俺たちの演奏を認めてくれる人がいるのが、すっげー嬉しくてさ!…そういえば、なまえも観に来てくれてた?」
「うん…隼人たちの演奏は、観たよ。そのあとすぐ、別の用事があって、帰っちゃったけど…」
「そうだったんだ。俺たちの演奏…なまえから見て、どうだった?」

私の小さな嘘に気付くことなく、隼人はそう聞いてきた。
きっと、文化祭の時からの成長具合を聞きたいんだろう。

「やっぱり、ドラムが入ると安定感が違うね。ボーカルの人も、客席を盛り上げるのすごく上手だったし…キーボードとベースの人も、前に見た時より…楽しそうだった」
「だろー!?」

隼人以外の人を褒めたのに、まるで自分が褒められたように、隼人は嬉しそうだ。
隼人の笑顔が、眩しすぎて…苦しい。
ダメだ、泣くな、泣くな。

「隼人も、ギター、うまくなったよね。5人ともすっごく、キラキラしてて、かっこよかっ…」

ぼたり。
そこまで耐えてきた私の涙は、大きな粒となって頬を滑り落ちた。

「なまえ!?」
「あ…はは、ご、ごめんね。演奏思い出したら、泣けてきちゃっ…」

ゴシゴシと涙を拭ってごまかす私の横で、隼人はハラハラと心配そうだ。
…隼人を困らせたいわけじゃないのに。

「ごめ…」
「大丈夫か?…俺、なんか変なことした?やっぱり体調悪いのか?それとも…なんか悩みでも、あるのか?」

ついに立ち止まってしまった私の背を、心配そうにさすってくれる隼人。
…ある意味、隼人が全ての原因だけど。
そんなこと、言えるわけない。

「だい、じょう…ぶ、だからっ…隼人、遅刻しちゃうから…気にしないで、行って?」
「で、でも…」
「ほんと…大丈夫だから…ね?」

渋る隼人をなんとか行かせたあと、私はふらふらと家に戻った。
お母さんはびっくりした顔をしていたけれど、何も聞かず「今日は休みなさい」と言ってくれて、私は頷いて、よろよろと部屋に戻りまた泣いて、泣き疲れてそのまま眠りに落ちた。

泣きすぎたせいなのか、色々と考え過ぎたせいなのか…私は熱を出して、次の日も休んでしまった。
高熱のせいで、薄い膜を通して世界を見ているみたい。

夜、ぼんやりと天井を見つめていると、遠慮がちに部屋のドアがノックされた。
このノックの仕方は、隼人だ…
昨日、あんな風に別れてしまったから、きっと心配してきてくれたんだろう。

「なまえ、起きてる?」
「うん…」

寝たふりをしてればよかったのに。
隼人のことばっかり考えていたから、隼人が来てくれたことが嬉しくて、返事をしてしまった。

「入っても大丈夫?」
「ん…へーきだよ」
「じゃあ…お邪魔、します」

そう言って、隼人は遠慮がちに部屋に入ってきた。

「あ、起き上がらなくていいから!無理すんなって!」

起き上がろうとすると、隼人が私を押し留めた。
頭が重くて、くらくらするから…その言葉に甘えた。
隼人はベッドの脇に座って、私を覗き込んだ。

「風邪?」
「…どうだろう…わかんない…でも風邪だったら、うつっちゃう…」
「俺は平気だよ!ていうか…なまえ、悩みとか、あるんじゃないのか?俺じゃ、頼りないかもしれないけど…俺に出来ることなら、力になるからさ!それがダメだったら…話すだけでも違うって言うし!」

一緒にバカをやってきた幼馴染のこんな弱った姿を見て驚いただろう隼人は、一生懸命なんとかしようとしてくれてる。
でも、本人に言えることじゃ、ないよ…
言う勇気がないだけ、だけど。

「なまえさ、いっつも1人で抱え込んじゃうだろ?だから、俺、心配だよ…学校でいじめられたりとか、してないか?」
「ううん、そんなことはないよ…」
「じゃあ、成績とか、部活とかで悩んだりとか…」

隼人の言葉に、頭をゆるゆると横に振る。

「そ、そっか…無理に言わなくてもいいけど…そんななまえ、見てたくないし…」
「隼人は…カッコよくて、優しいね…」
「え、今のカッコいいか!?俺、カッコよくないよ…全然モテないし…」
「…モテなくて、いいよ」
「え?」
「モテない、で」

つい、勢いで…口に出してしまった。
熱のせいか、口が勝手に動いてしまう。そして再び、視界がゆがむ。

「遠くに、いっちゃ…やだ。私を、置いていかないで」
「なまえ…??」

気付けば私は、脇にあった隼人の袖をぎゅっと掴んでいた。

「ギターやってる、隼人、カッコいいよ…カッコよすぎて、不安になる…」
「えっ!?」
「隼人のカッコいいとこ…みんなが知ったら、隼人は遠くに行っちゃう、って思って…苦しくて、泣けてくるの」
「そ、そんなこと、ないよ。俺はここにいるし…」
「ううん、行っちゃうよ…キラキラしてる隼人は、きっと、キラキラした女の子と、どっかに、行っちゃう。私が一番最初に、隼人を好きになったのに、ずっと、好きなのに」
「え…」
「好きだよ。私は隼人が好き。ずっと前から。大好き」

小さい子供のようにボロボロと泣きながら、私はついに気持ちを口に出してしまった。
…ドン引きされてるに違いない。
でも、もう、止まらない。

「だから…っ、モテないで欲しい。これ以上、キラキラしないで欲しい。アイドルになんてならないで。私以外の女の子に、そんなカッコいいとこ、見せないで…――こんなドロドロした私を、嫌いにならないで」

隼人は真っ赤になりながら、困惑した顔で私を見ている。
いつもの私は、どこに行っちゃったんだろう。
長い付き合いだけど、こんなところ、見せたのは初めてだもんね…

「一方的に、気持ちを押し付けて、ごめんね…ごめん。でも苦しくて、苦しくて…もうダメだったの」
「なまえ…」
「好きになってくれなくていいから…嫌いにならないで…」

嗚咽交じりに気持ちを絞り出す。
もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

「なまえが最近、様子がおかしかったの…その、俺のことが好きだから、って、こと…?」

隼人の言葉にゆっくりと頷く。
動くとさらに流れていく涙を、隼人が拭ってくれた。

「嫌いになったりしないから…泣くなよ」
「うそ…」
「嘘じゃないって…でも…俺、自分のことばっかりで、そういうの…考えたこともなかったから」

真剣な表情で、隼人はまっすぐに気持ちを話してくれた。

「考えてみたらモテたいとは思ってたけど…漠然としてて、誰かが好きとか、付き合いたいとか、そういうのなかったし…」

子供だよな、俺、と言いながら、頬をかく隼人。

「だから、俺も、なまえが俺のこと考えてくれたのと同じくらい、なまえのこと考えてみる」
「え…」
「それから答えを出さないと、なまえにも失礼だろ」
「はや、と…」
「でも、少なくとも絶対、俺はなまえのこと、嫌いになったりしないから。今、それだけは言えるよ」

隼人は私の手を握ると、笑った。

「だからさ、早く元気になってよ。なまえが元気ないと、心配だよ。なまえが笑ってた方が、俺も嬉しいし」
「…ありが、とう…隼人」

また泣いた私を見て、隼人は苦笑して、私の頭を撫でた。


***


「びっ…くりした〜〜〜………」

なまえが落ち着いたのを見届けて、自分の部屋に戻ってくると、俺はドアに背を預けてずるずると座り込んだ。
頬も、耳も、熱いのが自分でもわかる。

幼馴染が、あれほどに自分を好いてくれているなんて思わなかったし、気付かなかった。
高校は別々だけど、なまえは当たり前のように隣にいる存在で…
モテたいと思った割に、女の子のこと、何も考えてなかったんだなぁ…
いつも明るいなまえがあんな風になるほど悩ませてしまった、自分の幼さが申し訳なくなった。

High×Jokerのこと。
アイドルのこと。
そして、なまえのこと。
考えることがたくさんある。

「もしかして、俺今、モテ期なのかなぁ」

…なんて。
でも、どれも大切で。
出来ることなら、全部…欲張りたい。

「よし!」

気合を入れるために、俺は自分の頬を叩いて、机に向かい、ノートを広げた。
まずは、なまえのことだ!

たとえば、なまえに、好きな人が出来たから相談に乗ってほしい、と言われたら?
たとえば、なまえに、彼氏が出来たら…俺はどうするんだろう?
そんなことを色々考えて、曲を作るときのように、思いついた言葉や気持ちを片っ端から書き出す。
…少しでも、なまえの気持ちに応えられるように。


――そして、夢中で書きあげたものが、どう見ても自分の初めてのラブソングであることに気付いた時にようやく、俺は自分の気持ちに気付けた――




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