花束



とある日。
私がデスクで仕事をしていると、志狼くんがやってきた。

「なーなープロデューサー、質問なんだけど」
「なぁに?」
「うちの事務所って、レンアイ禁止?」
「ううん、そんなことないよ」

さすがに不倫とかスキャンダラスな恋愛は困るけど、まぁ志狼くんにはしばらーく関係ないだろうし、余計なことは言わなくていいだろう。
志狼くんからこんな質問を聞く日が来るとは…謎の感動があるなぁ。

「やった!」

私の答えに、頬を染めて小さくガッツポーズする志狼くん。微笑ましいわー。
学校に好きな子でもできたかな?
それとも、この間一緒に仕事をした、女の子アイドルとか?
ふふ、恋愛相談されちゃう日が来ちゃうかも。

――なんて、このときは思っていた。


***


そして数日後。
あの質問を受けた日振りに会った、志狼くんの様子がおかしい。
いつも元気に走り回っているのに、今日はそわそわもじもじとして、落ち着かない。
これは恋愛相談来るか!?…と思っていたら。

「プロデューサー!」と呼び止められて、振り返ると、真っ赤な顔した志狼くんがいて。
「オレとつきあってください!」と、爆弾を投下した。

お兄さんにまた何か吹き込まれたのだろう、真っ赤なバラの花束(といっても、小ぶりの可愛らしいものだが)を差し出して、固まる私の前にひざまずいた志狼くん。
数日前の質問って…このためだったの!?

どうしたらいいのかわからず混乱していると、奥でDRAMATIC STARSの3人が騒いでるのが聞こえてきた。
さっきの志狼くんのセリフで輝さんがコーヒーを吹いて、薫さんにかかり、翼さんがなだめている、といった感じだろうか。

…って、それよりも今は目の前の志狼くんだ。
えぇと、えぇと…

「え、と…あの…気持ちは嬉しいけど、お付き合いはちょっと、無理、だなぁ…」
「えーっ、なんで!?こないだレンアイ禁止じゃないって言ったじゃん!!プロデューサーはオレをもてあそんだのか!?」
「いやいやいや…」
「プロデューサーが裏切った…」
そう言って、涙目になる志狼くん。
わーーー!!もてあそんでもいないし、裏切ってもいないよ!?
わわわ、ど、どうしよう〜〜〜

と、そこでこっそりと顔を出してこちらの様子を見ている、輝さんと翼さんに気付いた。
輝さんはニヤニヤしてるし。翼さんは全然隠れられてないし。
そこに薫さんは参加してないようだ。ですよね。

「そこで出歯亀してる元弁護士さん!見てないで助けて!!」
「えー俺かー?」
「法律に誰よりも詳しいでしょ!」
「そういう問題じゃない気もするけどなぁ」

そう言いつつも、輝さんは志狼くんの前にしゃがみこみ、目線をあわせて話はじめた。

「志狼、『付き合う』って何するんだ?」
「え…うんと、2人で一緒に遊びに行く…とか」
「そうだなぁ。遊びに行くくらいなら…ご両親の許可があれば、大丈夫だな」
「あと、イチャイチャする!…んだろ?兄ちゃんが言ってた!」
「…い、イチャイチャ…それは私が捕まるかなー…」

志狼くんのお兄さんには色々物申したい。
毎回思うけど、小学生の弟に何を吹き込んでるんだ。

「志狼の想像するレベルなら大丈夫な気もするけど…まぁ簡単に説明しておくと、“大人”であるプロデューサーと、“小学生”の志狼がイチャイチャすると『青少年保護育成条例違反』で、プロデューサーが捕まる」
「捕まる!?」

さーっと青くなる志狼くん。

「プロデューサーが捕まっちゃうのか!?」
「そうそう」
「なんで!?」
「子供を守るための決まりごとだからな」
「オレそんなのに守られる必要ねーのに!こんなに好きでもダメなのか!?」

今度は憤慨して、輝さんに噛みつく志狼くん。
真剣さは伝わってくるけど…あまり細かく説明もし辛いよなぁ…

「う、うん、ありがとう。でも変えられない決まりごとだから、ね」
「じゃあオレ、政治家になって、法律変える!!」
「政治家になるのも、25歳にならないと無理なんだよ」

志狼くんはぐぬぬぬと唸る。
逆に輝さんはなんだか楽しそうだ。
次はどんな手で来るのか、楽しみにしている感じ…のような。

「えっとえっと…じゃあ日本じゃなきゃいいのか!?」
「もっと厳しい国もあるからなぁ…プロデューサーの命がヤバいな」
「命!?ぜ、絶対そんなのダメだ!!」

それから、すっかり輝さんに任せたまま、志狼くんと輝さんはいくつも問答をかわして…
ついに、志狼くんは観念したようだった。

「ううう…プロデューサーが捕まったらイヤだから、今はガマンする…」

しょんぼりと肩を落とす志狼くん。
申し訳ないけれど、納得してくれたようでほっとした。
しかし、志狼くんはまだめげてはいなかったようで、がばっと顔を上げて私を見た。

「でもオレが大人になったらいいんだよな!?」
「法律上はそれで問題ないけど…私おばちゃんになっちゃうよ」
「そんなことカンケーない!おばちゃんだって、ばーちゃんだって、プロデューサーはオレの大好きなプロデューサーだ!!」
「う、うん…ありがとう」

さすがにこの熱意には照れる…こんなストレートに好意をぶつけられるのは、生まれて初めてだ。
いつの間にか輝さんの横にいた翼さんも、志狼くんの熱意に関心したようだった。

「志狼くん、熱烈ですね…!」
「なー」
「はいそこ冷やかさない」

ニヤニヤと相槌を打つ輝さんにはツッコんでおく。

「もし、万が一、プロデューサーが待てなくて、他の人と付き合っちゃっても、オレ、リャクダツしてみせるから大丈夫!」
「りゃ、略奪…そういうことは、外で言わないでね…?」
「なんで?」
「略奪はよくないなぁ…特に、アイドルだしね」

あと、私の立場的にもやめてほしいです。
本当に意味わかっていってるのかも怪しいけど…

「うーん。よくわかんないけど、プロデューサーがダメって言うならやめとく!」
「うん、そうしてね」

ふー。これでわかってもらえただろうか…
…なんだかんだ言っても、志狼くんは真剣だったんだから、ちゃんと向き合わないといけないよね。

「志狼くんの真剣な気持ちは、嬉しかったからね」
「お、おうっ!」
こちらが真面目に返すと、志狼くんは照れてもじもじと視線を逸らした。
可愛いなぁと思いつつ、しゃがんで志狼くんの手を握り、私は続けた。

「志狼くんが、勉強もアイドルも頑張って、立派な大人になっても…もし気持ちが変わらなかったら、その時はまた気持ちを伝えてくれる?」
「べ、勉強も…?」
「もちろん」
「………がんばる…」

ぐぬぬーっと唸ったあとに絞り出された一言に、少し笑ってしまう。

「じゃ、約束ね」
「うん!ゆーびきーりげんまん…」


***


そうして私と志狼くんはゆびきりをした後、志狼くんは上機嫌で帰って行った。
…改めて考えると、今日の出来事が事務所の中で本当によかった…
私が大きく息をつくと、輝さんが楽しそうに「お疲れ」と声をかけてきた。

「志狼くんに色々説明してくれてありがとうございました。助かりました」
「あれくらいなんてことないぜ!」

ようやくこちらに出てきた薫さんの顔には、あの程度で得意になるな、と書いてあるようだったが、それよりも問題は私らしかった。

「あんな約束をしてよかったのか?」
「私もあれがベストとは思わないですけど…まぁ、私も今は相手もいるわけじゃないですし、しばらく何にもなさそうだから、いいんじゃないですかね…」
「志狼くん、真剣でしたもんね。あの情熱は見習いたいなぁ」
「恋愛はいいですけど、略奪とか未成年に手を出すとか、そういうスキャンダラスなのはやめてくださいね?」
「そもそも、僕たちにそんなことをしている暇はないはずだ」

この3人は大丈夫そうな気はするけど…DRAMATIC STARSはみんな成人男性なので、一応釘を刺すと、ツンMAXな薫さんの返しがきた。
一応ですよ、一応〜〜

「ちなみに、ややこしくなるから省いたけど、未成年との性交渉も、真剣な交際だったらOKっていう判例があるんだぜー?」
「…裁判所が許しても、世間の目とファンが許さないでしょう。あと私、小学生に手を出す趣味はないです」
「まぁなーさすがに小学生はなー…」
「はいはい、もう薫さんがキレそうですから、この話は終わりで。レッスンいってらっしゃーい」

話を広げようとする輝さんの横で青筋を浮かべた薫さんに気付き、私は話を無理やり切り上げ、DRAMATIC STARSの3人を送り出した。


そしてようやく、私は人心地ついた。
いやー…今日はびっくりしたなぁ…
あ、もらったお花どうしよう?
写真を撮って…いつか大人になった志狼くんに見せても面白いかも。
花自体は…ドライフラワーにしてもさすがに10年とかは持たないよね…
えーっと『花 保存』で検索検索っと…
レジン、ラミネート、プリザーブドフラワー…ふむふむ。
ラミネーターなら事務所にあるし、花びら何枚か使って作ってみようかな。

これが、志狼くんの黒歴史じゃなくて、いい思い出になるといいんだけど…笑い話でも、いいかな。
私は可愛い花束をデスクに飾り、思いを馳せた。
その時は志狼くん、どんな大人になってるんだろう?
いつも言ってる『ビッグ』な大人になってるのかな?
私が少しでも、その手助けをできてたらいいな。


――その日の夜、私は夢を見た。
私より背の高い、茶色い髪の青年に大きな花束を渡され、私が言葉を返すと、その青年は八重歯を見せて、最高の笑みを浮かべていた――




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