お見合い狂想曲〜渡辺みのり編〜



「お祖母ちゃんの体調が悪い」と、実家に呼び出された。
唯我独尊タイプで、家を出るまで散々な目にも遭わされたけど…それでも血の繋がったお祖母ちゃんだ。
無視することもできなくて、帰省したら…それは私を戻ってこさせるための嘘で。
揉めに揉めて、ついには蔵に閉じ込められてしまった。

「嘘でしょ…」

分厚い扉の前にへたり込む。
季節的に、風邪をひくほどではないけれど少し肌寒く、そのうえ、月明かりすら入ってこなくて、真っ暗だ。
実の家族に、まさかここまでされるなんて…
お祖母ちゃんのことを心配した私が馬鹿だった。

このままだと、明日には私は見知らぬ男性と見合いをさせられ、恐らくそのまま結婚させられてしまう。
逃げたとしても、戸籍を抑えられてしまう恐れがある。
突拍子もない、けど、あの人たちならやる。
現に今、私は蔵の中なんだから。

…どうしよう、どうしよう。
ポケットになんとかねじ込んできたスマホと財布あるけど、蔵から出ない事には何もできない。

埃っぽく、真っ暗な蔵で膝を折る。
…子供の頃も、何かあるとここに閉じ込められたっけ。
私も学習しないなぁ。

――じわり。
鼻の奥がつんとする。
そのまま大人げなく、私は泣いた。
…だれか、たすけて。
スマホを開いて、くらくらする頭で、電話帳を開く。

…こんなこと、頼める人、は…
………思いついたのは、ただ1人。
恋人でも、なんでもない。
担当アイドルに、こんなことで頼るなんて、プロデューサー失格かもしれないけど。
おねがい、たすけて。
震える指で、通話ボタンを押す。
おねがい、でてください…!

『…もしもし?』
「っ!!」

でてくれた…!

『プロデューサー?どうしたの?』
「み、のりさん…」

こんな時間にごめんなさいとか、言うべきことはたくさんあるのに。
声が聴けて、安心して余計涙が溢れて来て、絞り出せたのは、たった一言。

「たす、けてぇっ…」
『っ!?どうしたの!?何があったの!?』

電池があるうちに、伝えないと…
ぐ、と歯を食いしばって、涙を無理やり抑え込み、なんとか状況を伝えると、みのりさんは。

『わかった、待ってて。必ず助けに行くから』

と言うと、通話を切った。
私はここの位置情報を送ると、充電を温存するために画面を閉じた。
そしてスマホを抱きしめてまたぼろぼろ泣いて、そのまま朝まで過ごした。


*****


――どんな時でも、朝はやってきて。
ぎぎぎ、と重たい蔵の扉が開いた。
必死の抵抗もむなしく、羽交い絞めにされて蔵から引きずりだされた。
お祖母ちゃんだけじゃない、お父さんもお母さんも、みーんな、ここには私の味方はいない。

全てを取り上げられて、お風呂に無理矢理入れられた。
さすがに全裸では逃げられないし、すぐに捕まるのが目に見えている。
頼みの綱のスマホも、取り上げられてしまった。
私にはもう、みのりさんを信じて、なんとか逃げるチャンスを見つけるしかない…!

よろよろとお風呂を出ると、小奇麗なワンピースをあてがわれ、泣きはらした顔を隠すように化粧を塗りたくられた。
私が無気力にされるがままになっているのを見て、観念したと思ったらしい。

…見合いは、うちでやるわけではないようだ。
だったら最悪、車の走行中にドアを開けて…いや、真ん中に座らせられたら抜けられない。
きっと車に乗ってしまったら終わりだ。
それまでに、どうか――!!

牛歩の進みで準備をしたけれど、ついに時間がやってきてしまった。
ぐいぐいと背を押され、車に押し込まれそうになる。
私は最後の抵抗を試みた、が、やはり数には勝てなくて。

「や、だ…っ!」

みのりさん――!!
走馬灯のように、みのりさんの姿ばかりが浮かぶ。
いやだいやだ、やめて。たすけて!!!

すると、家族の罵声の中に、光のような声が聞こえた気がした。

「っ!?」

――バイクの音がする。
これ、は…!

顔を上げると、目の前に待ち望んでいた人が現れた。
…本当に、来てくれた…!

「みのり、さん…!」

突然の来訪者に困惑した隙をついて、私はみのりさんへと駆け出した。

「待たせてごめんね」

私を抱きとめてくれたみのりさんに「そんなことない、ありがとう」と伝えたいのに、言葉にならなくて…
号泣しながら、必死にふるふると首を振ると、みのりさんは私を安心させるように笑った。
そして、私の顔を自分の胸に押し付けると、未だに動揺している私の家族に向き直って

「いくらご家族でも、やっていいことと悪いことがあると思いますよ」

と、どんなお仕事でも聞いたことのない、凄味のある声で言い放った。

「なまえさんは、俺がもらっていきます」

そう言うとみのりさんは、私にヘルメットを被せてバイクに乗せ、あっという間に走り出した。


しばらく追われる恐怖に震えて、みのりさんに必死にしがみついていたけれど、どうやら追ってくることはないようだった。

恐らく、みのりさんと私の関係を誤解して、“傷物”になった私を追う必要はないと考えたんだろう。
残念ながら…そういう人たちだ。
みのりさんを巻き込んで申し訳ないけれど…私の価値がなくなったと思ってくれたなら、それでいい。

少しだけ力を緩めると、みのりさんも少しスピードを落とし、開けたところでバイクを止めた。

「ふぅ…!…間一髪、だったかな?ごめんね、ギリギリになっちゃって」
「そんなことないです!本当に…本当にありがとうございました!!」

私は全力で頭を下げた。

「ふふ、どういたしまして。俺、カッコよかった?」
「めちゃくちゃカッコよかったです…!!ヒーローみたいで、王子様みたいで…!」
「あはは、ありがとう。白馬じゃないけど、ね」

みのりさんは空気を軽くするためか、バイクを撫で、あえて茶目っ気たっぷりに笑った。
その表情に気が緩んで、また泣きそうになる。
だめだめ、みのりさんを困らせちゃう。

「…えっと、それでね。プロデューサーのことを乗せてこのまま運転するのは、ちょっと不安だから、仮眠とりたいんだけど…」
「もちろん大丈夫です!」



――そう言って、みのりさんが入った場所は………ラブホテル、だった。

普通のホテルなんて、この辺りにはない。
きっとみのりさんは、夜通しバイクを飛ばしてきてくれたんだから、休憩は必要だ。
そう自分を言い聞かせて、ぎこちなくみのりさんの後に続く。

「はは、大丈夫。何もしないよ。少なくとも今は、ね」

いたずらっぽく言うみのりさんに、思わず反応してしまう。

「っ!?」
「ほら、プロデューサーも一晩中蔵に閉じ込められてて、疲れたでしょう?少しは休んでおかないと…」
「は、はい…」

それは、そうなんだけど…
どさりと寝ころんだみのりさんに背を向けて、恐る恐る身を横たえた。
すると背中から、みのりさんにぎゅうう、と強く抱きしめられた。

「頑張ったね」

その一言に、私の涙腺が崩壊した。
泣きじゃくる私をあやすように、みのりさんの手が私の頭を撫でる。
みのりさんが優しく「こっち向いて?」と言うから、私はボロボロの顔でみのりさんと向かい合い、その胸にすがりついて泣いた。

「うっ…うぅぅ…こわ、こわかっ…」
「そうだよね」
「もう、みんなにっ…会えなく…みのりさんに、会えなくなっちゃうかも、って…っ」
「うん」
「こんな風に…頼って、ごめ、んなさい…でもっ…ありが、とう…うれしかっ…!」

しゃくりあげて、何を言っているかわからないであろう私の言葉を、みのりさんは聞いてくれた。
…ぽんぽんと優しく背を叩く、みのりさんの手が心地いい。

「ふふ、俺を頼ってくれてありがとう、俺も…嬉しかったよ」
「…!!」
「なまえの役に、立てて…よかっ…た…」

そこまで言うと、みのりさんの瞼は閉じて…まもなく、すぅ、と静かな寝息が聞こえてきた。

「ね、寝ちゃった…?」

…そうだよね、バイクでこんなところまで来てくれたんだもん、お疲れだよね…
そっとみのりさんの顔を覗くと、胸がいっぱいになった。

「本当にありがとうございました…ホントに、王子様みたいでカッコよかったです」

そしてみのりさんにまたぎゅっと抱き着き、みのりさんの心臓の音を聞いてるうちに、私もそのまま眠りに落ちた。


*****


「なまえ、起きて」
「ん…」
「起きないと、襲っちゃうよー♪」
「!?」

思わずガバリと身を起こすと、そこには既に身支度を整えたみのりさんが居た。

「はは、冗談だよ。そろそろ出発しないと、遅くなっちゃうからね。用意が出来たらいこうか」
「は、はい…」


そしてそのまま、東京に帰ってきたものの…私は荷物を全て取り上げられていたことを、ようやく思い出した。
どうしよう。家に入れない…鍵屋さんを呼ぶにも、スマホもないし、お金もない…

「そっか、それは困ったね…とりあえず、うちにおいで」
「えっ…そこまでしていただくわけには…」
「ここでプロデューサーを放り出すようなこと出来るわけないよ。俺がしたいんだし…最後までちゃんと面倒見るよ」
「重ね重ねすみません…」


そうして、みのりさんのご厚意のままにおうちにお邪魔すると、神妙な顔でみのりさんが言った。

「それで…ここまで来たら、はっきりさせておこうと思うんだけど」
「は、はい…なんでしょうか」
「プロデューサーは、あんな大変な時に、一番に俺を頼ってくれたってことだよね?」
「は、はい…みのりさんのことしか、頭に浮かばなくて…」

素直にそう述べると、みのりさんはほっとしたようだった。

「それは…俺のこと、好きでいてくれてるって、思ってもいいかな?」
「っ……は、はい…」

…こんな形で、伝えることになるなんて。

私はずっと前から、みのりさんが好きだった。
いつもいっぱいいっぱいな私を笑って助けてくれる、優しい男のひと。
そんなみのりさんを、好きにならないはずがなかった。

でも、プロデューサーが担当アイドルに恋をするなんて、許されるはずがない。
そう思っていたから、伝える気もなかったのに…
追い詰められた私は、自分の心に、素直になってしまっていた。


「そっか…うん、ありがとう。俺も…プロデューサーが…なまえのことが、好きだよ」
「っ…!」
「ああ、もう泣かないで?いつもみたいに、笑って欲しいな」

こんな、夢みたいなことばかりあっていいんだろうか。
上手く笑顔が作れなくて、泣き笑いみたいな顔になってしまったので、私はみのりさんに抱き着いて誤魔化した。
みのりさんも、優しく抱き締め返してくれた。

「なまえのことは、俺が守るよ。いつだって、どこにだって、助けに行く。だから安心して、俺の隣で笑ってて」

そう微笑むみのりさんは、今だけはアイドルじゃなくて、私だけのヒーローで、王子様だ――




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