ケーキと君と私



…今日も平和だなぁ。

バイト先の喫茶店で店番中の私、みょうじなまえはパティシエだ。
この喫茶店のマスターから合格をもらえたケーキを、日替わりケーキとして置かせてもらっている。
将来は自分のお店を出すのが夢だから、勉強と貯金のため、他にも色々なところでバイトをしているけれど、その中でもここはのんびりとしているし、マスターも優しいので、癒しのバイトである。

ここのお店は、マスターの入れるコーヒー目当ての年齢高めの常連さんが多く、最近流行りの「カフェ」ではなく、いわゆる「喫茶店」という言葉がぴったりだ。
…残念ながら、閑古鳥が鳴いていることも、多いけれど。

この日も、いつも通りの緩やかな空気が流れていて…
少し気が緩んでいたところに、カランカランとお店の扉のベルが響いた。

いけない、いけない。
姿勢を正して、入り口を見ると、珍しいお客さんだ。
高校生がくるなんて珍しいなぁ…男女だから、カップルかな?

「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

その2人を案内して、メニューとお水を運ぶ。

「本日のケーキは、レアチーズと、シフォンケーキです」

と、案内したところで、男の子の方と目があった。
んん?
……どこかで会ったことがあるような……?

…………だめだ、思い出せない。

注文をもらってからも、そっとその男の子を観察する。
どうやら、あちらも同じ思いのようで、何度か目があったので、曖昧に笑って返した。
一緒にいる女の子が、気を悪くしないといいんだけど…

うーん、うーん。誰だろう。
高校生ということは、6歳以上年下なわけで…そんな年の離れた子と共通点なんてあったっけ…?
どこかですれ違っただけ、とか、他のバイトで会っただけ、という感じじゃないと思うんだけど…
そんな風にモヤモヤしながらも手を動かせば、ケーキの準備はあっという間に完了した。
マスターの淹れたコーヒーを受け取って、席に運ぶ。

「お待たせしました。こちら、ご注文のケーキセットです」

そう言って、ケーキをコトリと置くと、男の子は目を輝かせた。
――その姿に、私の脳に電気が駆け巡った。
そしてそのまま、口が動く。

「…巻緒くん…?」
「え…あ、や、やっぱりなまえさんだったんですね!!」
「あれ、ロール、このお姉さんと知り合い?」

これが、私と巻緒くんの再会だった。


●○●


私と巻緒くんは、10年近く前、お隣に住んでいた。
巻緒くんのおうちは、転勤族だったから、その期間は短かったけれど…
その頃からパティシエを目指して、ケーキを色々作って試していた私は、家族や友達だけではなく、お隣の巻緒くんにも食べてもらっていた。

その時に見ていた、目を輝かせてケーキを食べる姿は、10年経っていても変わっていなくて…そのおかげで、巻緒くんのことを思い出せたのだった。


そんな運命的な再会を果たしてからというもの、巻緒くんと、一緒に来ていた咲ちゃんは、すっかり喫茶店の常連になっていた。
巻緒くんのケーキに対する情熱はすさまじく、昔のように、私が試作で作ったケーキの味見もしてもらうようになった。

さらに、なんと巻緒くんは今、カフェのウェイターとアイドルをやっているらしく、そのカフェや、アイドル事務所の仲間も連れてきてくれた。
おかげさまで、喫茶店は賑わうことが多くなって、マスターにも感謝された。


そして本日。
今日は、巻緒くんの誕生日である。
なんでも今年は、Cafe Paradeのみんなでケーキの食べ歩きをして、巻緒くんの誕生日を祝うらしい。
その最後にうちの喫茶店に行くから、協力してくれないか、と咲ちゃんから頼まれたので、マスターの許可をもらった上で快諾した。

ケーキの準備はばっちりだ。
巻緒くんのケーキの好きっぷり、そして食べっぷりは十分に理解しているので、張り切って特大ケーキを準備した。
こんなに大きなケーキを作ったのは初めてだ。
もちろん、食べ歩きをした上で来ることはわかっているので、持ち帰れるようにもしてある。
準備はばっちりだ。

巻緒くんはとっても舌が肥えているから、試行錯誤を繰り返して、味も見た目も、今の私が出せる全力で作った。
気に入ってもらえると嬉しいんだけど…


「こんにちはー!」
「いらっしゃいませ!」

店に、明るい声が響く。
きたきた!…っといけない、サプライズなんだから、いつも通り振る舞わないと。

「今日はみなさんでいらっしゃったんですね。奥の席空いてますから、どうぞ」
「ありがとうございます」

そうして5人を案内して、いつも通りに注文をとる。
巻緒くんの注文は日替わりケーキ。
ふふ、今日の日替わりはスゴイよー?

「今日のケーキは自信作だよ!」
「わあ、楽しみです!」

巻緒くんは、とっても幸せそうだ。
素敵なお祝いをしてもらえているんだろうなぁ。

みんなの注文をマスターに伝えて、私はケーキの用意をする。
大きいから、気をつけて持って行かないと!

「お待たせしましたー!こちら、本日の日替わりケーキです!」

どん!と特製ケーキを巻緒くんの目の前に置けば、巻緒くんの目はいつもより一層輝いて。
その姿を見た4人が、口々に巻緒くんを祝福した。

「改めて、ハッピーバースデー、ロール!」
「誕生日おめでとう」
「おめでとうございます」
「サタンも祝福しているぞ!!もちろん我もだ!」
「ありがとうございます…!なまえさんも、こんな大きいケーキを用意してくれたんですね…!!」
「喜んでもらえたならよかったー!誕生日おめでとう、巻緒くん!」
「俺…こんな幸せな誕生日、初めてかもしれません…!」

せっかくだから、と咲ちゃん主導で、ケーキと5人の写真を撮る。
気付けば私も一緒に、写真を撮ってもらっていた。
あとで咲ちゃんに、写真送ってもらおう。

そして、いよいよ巻緒くんの口にケーキが運ばれる。
…ど、どうだろう?
ドキドキしながら見ていると、巻緒くんはキラキラと目を輝かせ、とろけそうな表情を浮かべた。

「…お、美味しいです…!今日食べたケーキ、どれも美味しかったですけど…なまえさんがオレのために作ってくれたケーキは、格別です!!」
「やった、よかった!」
「ありがとうございます、なまえさん!!」

巻緒くんは本当に美味しそうにケーキを食べるから、巻緒くんに食べてもらえるケーキは幸せだと思う。
もちろん、作った私も幸せ!
あんなにとろけそうな笑顔を見られるなんて…パティシエ冥利に尽きるというものだ。



――あんなに大きいケーキが、ほとんどなくなってしまった。
…ほんとに、ケーキを食べ歩いてきたんだろうか、と少し思ってしまう。
巻緒くん以外の4人は、少し苦しそうだったのに、巻緒くんは1人でほとんどを食べきった。
少し残った分も「今全部食べきってしまうのは、もったいないから」という理由で、わざと残したらしい。
嬉しいけど…巻緒くんの胃袋が不思議でしょうがない。

「今日は本当にありがとうございました」
「ふふ、どういたしまして。喜んでもらえてよかった」
「それであの…なまえさんとお話がしたいんですけど、お仕事は何時までですか?」
「え?えっと…あと1時間くらいだけど」

そう話していると、マスターが今日はもうあがっていいよ、と言ってくれたので、私は急いで片付けを済ませ、ありがたく早く上がらせてもらった。

「ごめんね、お待たせ!」
「いいえ!急かしてしまって、すみません」

外はすっかり暗くなっている。
待ってもらっている間に、他の4人は帰ったようだった。

「どうしようか、ここで話す?」
「寒いですけど…少し、歩いてもいいですか?」
「ん、いいよー。それじゃあマスター、失礼します!」

そしてお店を出て、巻緒くんに誘われるがまま歩くと、綺麗なイルミネーションが街を照らしていた。

「綺麗だねー…こっちの方には来ないから、初めて見たよ」
「そうだったんですね。なまえさんと一緒に見れて、嬉しいです」

そう優しく微笑まれて、少しドキッとする。
…なんだろう、今日の巻緒くんは少し違って見える。
1つ年を取ったから?…そんなにすぐ変わるわけないのに。

「…えっと…お話ってなんだった?あのケーキもう1回作って、とか?」
「それはぜひお願いしたいです!…ああっ、でも、それだけじゃなくて!」

前半食い気味だったのが面白くて、少し笑ってしまう。
そんな私を見てか、はっとして、仕切り直すように言葉を一旦切る巻緒くん。

「…俺、ケーキの素晴らしさを色んな人に知ってもらいたくて、アイドルになったんです。だから、なまえさんのケーキも、もっともっとたくさんの人に知ってもらいたいと思ってます」
「ありがとう、嬉しいな。そのためには、私も頑張らないとね!」

巻緒くんだったら、きっとトップアイドルにも、ケーキの伝道師にもなれると思う。
特にケーキの伝道師の方は、間違いなくなれると思う。
だって、あんなに美味しそうにケーキを食べてくれる人、巻緒くん以外に見たことないもん。
私がいつかお店を持ったら、ぜひとも宣伝してほしい。なんて。

そんなことを考えていた私に、巻緒くんは思ってもいなかった台詞を続けた。

「でも、その…なまえさんのことは、独り占めしたくて」
「えっ」
「なまえさんの作るケーキの美味しさをみんなで共有できるのは、すごく嬉しいんです。だけど、なまえさんのことは…俺だけのものにしたくて…ダメ、でしょうか?」

そう告げる巻緒くんの眼差しは、真剣そのもので…私は思わず息を呑んだ。

「大好きです、なまえさん」


あの日の再会から、ふたたび。私と巻緒くんの関係は、変わろうとしていた――




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