He also gets jealous.



「「ただいま戻りました」」

315プロダクションのクリスマスパーティーを数日後に控えた、ある冬の日。
買い出しに行っていたプロデューサーと、事務員であるなまえが事務所に声を揃えて帰ってきた。
ちなみに、同じく事務員の山村は別件で出払っている。

「お忙しいのに手伝ってもらってすみません、ありがとうございました」
「いえ、もとはと言えば、僕が頼んだことですし」
「プロデューサーさん、思ったより力持ちなんですね!とっても助かりました!」

ペコっと頭を下げるなまえに、プロデューサーは「これでも男ですからね」と笑って、抱えていた荷物を置いた。

「というか、こんなに重いものの買い出しを頼んでしまってすみません」
「頑張ればいけるかなーと思ったんですけど」
「女性であるなまえさんにそんな無理はさせられませんよ。もし次、こういうことがあったら、遠慮なく僕や、誰かに手伝いを頼むなり、タクシーを使うなりしてください。経費で落としてもらって問題ありませんから」
「わーありがとうございます!了解です!」

荷物を整理しながら、そんな会話をしていると、奥から桜庭が出てきた。
わかりやすく、顔に『不機嫌』と書いてある。
しかし、それを気にすることなく、なまえは桜庭に話しかけた。

「おはようございます、薫さん!」
「元気なものだな、君たちは」
「はいー元気ですよー薫さんは、どこか調子が悪いんですか?」
「…そういうわけではない」
「そうなんですか?えっと…薫さんはこれからレッスンですよね?」
「…ああ。失礼する」

明るく話しかけるなまえとは裏腹に、桜庭は不機嫌そうに会話をし、そのまま行ってしまった。
残された2人は、顔を見合わせた。

「…どうしたんでしょう、薫さん。ご機嫌ナナメみたい」
「うーん…僕、やってしまいましたかね」
「あれ、プロデューサーさん、何かしたんですか?」

でもプロデューサーさんと出かけた時に薫さんはいなかったですし、戻ってきてからも薫さんと話してないですよね?となまえは頭上に?マークを並べる。
その様子にプロデューサーは苦笑し、声を潜めて言った。

「自分の恋人であるなまえさんと、異性である僕が、2人で一緒に買い物に行き、帰ってきて、そのまま楽しげに会話をしていた…それは事実であって、やましいことは一切ありませんが、桜庭さんがそれをどう感じるかは…」
「えー…それってつまり、ヤキモチってことですか?あの薫さんが?まっさかぁー!」
「桜庭さんも、人の子ですよ」

そう言って、プロデューサーは苦笑する。
なまえは『桜庭の恋人である自分』を、過小評価しているようだ。

「あのままレッスンに臨むのもよくないでしょうから、様子を見てきてもらえますか。そしてできれば、機嫌を直してもらってください。ここの片付けは、後で大丈夫ですから」
「はーい。うーん、薫さんがー…??」

イマイチ腑に落ちない、といった様子で首をかしげながらも、なまえは桜庭の後を追った。

(なまえさんが思っている以上に、桜庭さんはなまえさんのことが好きなんですよ。僕の口からは言えませんけど)とプロデューサーは笑った。

そして、なまえさんとの距離のとり方を考えないといけないな、と自戒した。



なまえが追いかけていくと、既に桜庭は1人でレッスンルームに居た。

(輝さんと翼さんはしばらく来ないはず…)

なまえは、桜庭と同じユニットの2人の予定を思い出して「よし」と呟き、そのまま桜庭めがけて突進した。

「かーおーるーさんっっ!!!!」
「ぐっ…!!いきなり、なにをする…!」
「あれ、気付いてなかったんですか?珍しいですね」

桜庭は怒りながらも、盛大にため息をついたあと、なまえを引きはがし、その後ろを確認した。

なまえと付き合っていることを隠してはいないが、仕事にプライベートを持ち込まない主義ゆえ、このようなところを誰かに見られるのは、不本意なのである。
とりあえず今は誰もいないようだ、と桜庭は少し警戒を緩めた。

そんな桜庭の様子を気にするわけでもなく、なまえは単刀直入に話を切り出した。

「あの、あの!薫さん!いきなりですけど、さっきのは、ヤキモチってやつですか!?」
「違う」
「えー違うんですか?そっかーヤキモチじゃないのかー…残念。じゃあ、なんでそんなに不機嫌なんですか?」
「不機嫌でもない、僕はいつも通りだ」

説得力のない刺々しい口調に、なまえは口を尖らせた。

「うっそだー。確かに薫さんは、いつも難しい顔しがちですけど、最近そこまでトゲトゲしてることなかったですよ。そうだなぁ…今日の占いで天秤座がビリだったとか?」
「そんなことくらいで不機嫌になるわけないだろう」
「ですよねーじゃあなんだろう…自販機で押したものと違うものが出てきた、とか」
「…くだらない話ばかりするなら、出ていけ。僕はレッスンをしに来たんだ」
「ダメです、私はプロデューサーさんに薫さんの機嫌を直してきてくれ、って頼まれたんですから!」

桜庭の言葉にめげず、キリッとしてなまえが言えば、桜庭は再びため息をついた。

「…仮に僕が不機嫌だとして、その上で万が一にも、その理由が嫉妬だとしたら、なんだというんだ」
「嬉しいです!」
「……何故、喜ぶ?」
「だって!私相手に、薫さんがヤキモチ焼いてくれる日が来るなんて思わなかったですし!嫉妬する、ってことは、私のこと多少なりとも好きってことですもんね!」

ふふふーと笑うなまえ。
さすがにここまでくればなまえにも、プロデューサーの言うことは正しく、そして薫の言う仮定は、仮定ではなく、全て事実であることがわかった。

「…って薫さん、そんなに眉間にしわ寄せちゃダメですよ、クセになっちゃう」
「…誰のせいだと思っている」
「私ですかね!えへへ」

苦虫を噛み潰したような桜庭の表情が、さらに深くなる。
正反対に、なまえはニコニコと嬉しそうに笑った。

「大丈夫ですよ、薫さん。プロデューサーさんは私に『桜庭さんには、なまえさんのような人が必要です』って言って、背中を押してくれた人なんですから!」
「…ふん、どうだかな」
「ほんとーに、ご心配なく!私は薫さん一筋です!なので、お願いがあります!事務所のクリスマスパーティーが終わったら、2人っきりで二次会しましょ!」

桜庭に抱き着き、ねっ!となまえが笑うと、桜庭は思いきり顔を逸らした。

「……検討は、しておく」
「はいっ!よろしくお願いします!」

断言したわけではないのに、嬉しそうななまえの様子に毒気を抜かれ、桜庭はまた、ため息を1つついた。

(…物好きなものだ。自分も…なまえも。なまえには、もっと…彼のような男の方が…)とそこまで考えて、桜庭は頭を振った。
桜庭がそんなことを考えているとは知らないなまえは、ふわふわと上機嫌だ。

「きっと、ご飯もお酒もパーティーでいっぱいでるでしょうし…ただ2人っきりで、ゆっくり出来ればなって!」
「…翌日は早朝から仕事だ」
「はい!なので、お仕事に影響しないように、ちょっとだけでも、2人だけで居られれば満足です!」

2人のテンションは天と地の差ほどあるが、それを気にするでもなく、なまえは笑う。
その様子を見た桜庭の口は…本人の意思を越えて動いた。

「………君はもう少し、我儘を言ってもいい」
「えっ!?」
「っ?!」

小さく、しかし確実に桜庭から出た言葉に驚いたのはなまえと…その言葉を発した本人だった。
桜庭は、自分の発言に混乱しながら、なまえに背を向けた。

「え、え、今なんて言いました!?」
「――なんでもない」
「えええええーー自分の発言には責任持ちましょうよーー」
「うるさい!」

距離をとろうとする桜庭を追いかけるなまえ。
その状況が面白くなって、なまえは声を上げて笑った。

「あっ!薫さん耳赤ーい!機嫌直りましたかね!よかった!!」となまえが言ったのとほぼ同時に、レッスンルームの扉が開き、天道と柏木が入ってきた。

「おはようございます」
「お?なんだ、追いかけっこか…?2人とも元気だな!」
「あはは、はいー元気ですー!」
「ふふ、仲良しですね!」
「はい、もちろん!…ふぎゃっ!」

桜庭が急に止まったため、思い切りぶつかるなまえ。
桜庭は、なまえの頭をギリギリと押さえつけて圧を加え言った。

「いい加減にしろ」
「ぎゃーーいたた、ご、ごめんなさい〜〜〜」

頭の輪に締め付けられている孫悟空のような状態のなまえ。
その様子に天道も柏木も、顔を見合わせて笑った。

「おい、DVはやめろよなー」
「何がDVだ!」
「ほらほら、3人とも、そろそろレッスンはじまっちゃいますよ」

そう柏木が言うと、きゃいきゃいと騒いでいたなまえも、さすがに襟を正し「長々とすみません!お邪魔しました!レッスン頑張ってくださいね!」とレッスンルームを去って行った。

そしてデスクに戻ったなまえは「任務成功です!」と、プロデューサーに向かって笑ったのだった。
なお、なまえが去ったあと、また別の理由で桜庭の機嫌が悪くなったことは、なまえのあずかり知らないことである――




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