「わぁ〜…!!」
ほ、ほんとだったんだ…!
船でパーティーするなんて…!
今日、私は最近勤め出した会社…315プロダクションという、アイドル事務所のクリスマスパーティーやってきた。
パーティーの準備の手伝いはしていたものの…船を目の前で見ると、圧倒されてしまう。
「本当に、これに乗っちゃっていいんですか!?」
思わず、一緒に来たプロデューサーさんに尋ねると、プロデューサーさんは「もちろんですよ」と笑った。
さすが、芸能事務所…ってことなのかな…!
……って、船に圧倒されてる場合じゃなかった!
私は受付をしないといけないんだった!
船の出航時間もあるから、ちゃんとみなさんが集まったかどうか確認しなければいけない、重大な任務だ。
気を引き締めていかなくちゃ!
○○○
無事仕事を終えた私は、船のデッキで一息ついていた。
寒いけれど、流れていく夜景がきれい。
天気がいいから、星もよく見えるなぁ…ついこの間まで、空を見上げる余裕なんて、なかったのにね。
今年は怒涛の一年だった。
私は今、一年前には想像できなかった世界にいる。
私をここに連れてきてくれた人たちにも、315プロのみなさんにも、たくさん助けてもらった。
来年は、もらった恩を、少しでも返せるようにしたいな…
そんなことを考えながらぼんやりと景色を眺めていると、私の恩人筆頭である神谷さんが声をかけてくれた。
「やあ、なまえさん。パーティー楽しんでいるかい?」
「神谷さん!はい、おかげさまで!まだ事務所に来て日の浅い私まで、こんな素敵なパーティーに参加させてもらって、なんだか申し訳ないくらいです」
「日なんて関係ないさ。なまえさんも、立派な315プロダクションの仲間なんだからね。よければ、これをどうぞ。温まるよ」
そう言って、神谷さんは温かい紅茶をくれた。
…神谷さんからはもらってばっかりだなぁ。
「ありがとうございます…私、本当に神谷さんには助けられてばかりですね」
神谷さんから受け取った紅茶に口をつけると、私が今ここにいる理由を思い返した――
あの頃の私は、いわゆるブラック企業に勤めていた。
数十日ぶりにとれた、貴重な丸一日の休日。
ずっと行くことができていなかったお気に入りのカフェに、久しぶりに足を運んで…
そこで神谷さんの淹れてくれた、やさしい紅茶の味に…気付けば、私はぽろぽろと涙をこぼしていた。
普通ならぎょっとして、遠巻きに見ているだけだろうけど…Cafe Paradeの人たちは、みんな優しくて。
私の異変にいち早く気がついて、奥に案内してくれた巻緒くん。
私が落ち着くまで、そっとそばにいて気遣ってくれた咲ちゃん。
言っていることが難しくて…その時の私にはわからなかったんだけど、温かいスープを出してくれたアスランさん。
目が腫れないようにと、温めたタオルと冷やしたタオルを用意してくれた東雲さん。
そして、わざわざお店を早めに閉めて、私の話を聞いてくれた神谷さん。
みんなの優しさに触れて、私は今の生活がどんなに異常なものかを自覚してしまった。
そして私が事情を話し終わると…
「知り合いに元弁護士の人がいるから…もしよければ、相談してみようか」
「健康状態も気になりますから…元お医者さんにも聞いてみましょうか」
なんて話が広がって…気付けば私は、あれほどのブラックさを誇っていた会社とは思えないほどの退職金をもらい、かつ驚くべきスピードで退職していた。
仕事辞め、ゆっくりと過ごしている時にようやく、Cafe Paradeのみなさんがカフェだけではなく、アイドルもしていることを知った。
会社を辞めるのを手伝ってくれた天道さんたちも、アイドルだった。
…長い間、テレビを見る余裕すらなかったからだけど…とても申し訳なかった。
とにかく改めてお礼に行かなければ!とCafe Paradeのみなさんに改めて感謝を伝えに行くと、揃って「大したことはしていないよ、お疲れ様」と笑ってくれて、私はまた泣いてしまったのだった。
そしてそこにたまたま居た、アイドルグループとしてのCafe Paradeのプロデューサーさんに「もしよろしければ…」と声をかけてもらい、私は315プロに事務員として雇ってもらえることになり、2か月前に働きだして…今日に至る。
「…あの時の紅茶の味は、一生忘れません。本当に、ありがとうございました」
何度目かわからない、感謝の言葉。
どんなに伝えても、気が済まないんだもの。
あったかくて、優しくて、心がほどけていくような、あの時の紅茶。
きっとあんな美味しい紅茶を淹れられるのは、神谷さんだけだ。
「はは、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「私でお役に立てるかはわかりませんけど…これから精一杯、恩返しますから…!」
「そんなことは気にしないでいいんだよ。なまえさんが幸せになってくれたなら、それで充分さ」
「確かに、今はとっても幸せですけど…神谷さんに恩返しするのも、私の幸せのうちの1つですから、恩返しさせてください!」
「そこまで言われてしまったら、これ以上何も言えないな。でもくれぐれも、あの時みたいに頑張りすぎないようにね?」
「はい!」
こんな風に、誰かと笑いあえるって、なんて幸せなんだろう。
……好きな人となら、なおさら。
私をどん底から救ってくれて、優しく導いてくれたひと。
アイドル相手に、気持ちを伝えることなんてできないし、これ以上を望むなんて、ぜいたくすぎる。
…そばにいて、少しでもお手伝いができれば、それで私は幸せだ。
○○○
しばらくしてなまえと離れた神谷に、東雲がそっと声をかけた。
「神谷…せっかくのチャンスだったのに、気持ちを伝えなくてよかったんですか?」
絶好のロケーションでしょうに、と東雲が言う。
「今はまだ、落ち着いてないからな」
「こんな男所帯の中で…油断していて、かっさらわれてしまっても知りませんよ」
「はは、それは困るな。けど、誰にも負ける気はないさ」
(おや、えらい自信やな…まあ、言ってみただけで、どう見ても杞憂なんやけど)
神谷となまえの2人を近くで見てきた東雲は、ふっと笑った。
Merry Christmas with 315Production!! 