花嫁代理



今日は、教会で都築さん1人のモデルのお仕事。
ジューンブライドに向けた、花婿役のモデルだ。
既に着替え終わった都築さんは、ぼんやりと座って待機中である。

肝心の花嫁役は、他の事務所のアイドル…だけど、現場になかなか現れず…
ヤキモキしていると、プランナーさんの切羽詰まった声が現場に響いた。

「花嫁役が事故に巻き込まれて来られない!?」

緊張した空気が現場に走る。
電話を切ったプランナーさんが震える声で、花嫁役のアイドルを乗せた車がここに向かう途中で事故に遭い、全員無事ではあるものの、病院に搬送されたそうです、と告げた。
事故という言葉にヒヤっとしたけど、全員無事であることにホッとした。

そして私たちの次の問題は、この現場の仕事をどう進めるか、だ。
花嫁役が所属する事務所が代役を探しているものの、平日の朝ということもあり難航しており、間に合いそうにない……とのこと。
仕事にはアクシデントはつきものだけれど、今回はかなりのピンチだ。

それというのも、今回の現場であるこの教会は、結婚式はもちろん、クラシックのコンサートやテレビ番組、雑誌の撮影などで大人気で、これを逃したら半年待ち…と言われる会場なのだ。
その上、今日は穏やかな晴天で、教会に差し込む光も、教会の外の状態もバッチリ、という最高のロケーションだ。
今日を逃したら、こんな機会は二度とないかもしれない。

「誰かの知り合いで、今すぐにここに来れる人いないの!?」
最初に御挨拶をした時には穏やかだった、女子力高そうな男性カメラマンさんもイライラしているようだ。

「わ、私も当たってみます!!」
そう言ってスマホの連絡先をスクロールしてみるけど、そもそもうちの事務所は男性アイドルしかいないし…咲ちゃん…は、学校だし…!

スタッフ総出であちこちに連絡をかけているが、代役は見つからない。
現場の空気がどんどん重くなっていく。
しかし、そんな空気もどこ吹く風の都築さんが口を開いた。

「花嫁役が来ないなら、撮影は終わりかな?」
「そ、そんなこといわないでください!都築さんもせっかく着替えたじゃないですか!」
「それは…そうだけれど」

ふむ、と首を傾けると、軽やかに都築さんは言い放った。

「花嫁さんの代わり…プロデューサーさんじゃ、ダメなのかい?」
「え」

一瞬の間を置き。

「「「それだー!」」」

その場にいた、私と都築さん以外の人の声がハモった。

「はっ!?えっ!!?」
「ふふ、すごいね、ぴったり揃ったよ」

焦る私と裏腹に、都築さんは楽しそうだ。
え、いや、ちょっと待ってくださいよ!?

「ちょうどいいのがいたじゃない!そうと決まればほら、さっさと着替えてらっしゃい!」
「ちょっ…無理ですよ!!」

カメラマンさんにぐいぐいと更衣室の方へと押されていく。
言葉遣いは女性的だが、体はがっちりとした男性なので、そのパワーには勝てない。
助けを求めるように同世代のヘアメイクさんを見るけど、「私はヘアメイクしなきゃいけませんから…自分にはできませんし」と一蹴され、残る女性を見回すけれど、みんな目をあわせてくれない。
そんな…!

「女は度胸!覚悟決めなさい!!」
「いや、だってほんと、無理ありますよ!私そんなに細くありませんし!!」
「ドレスのチャックが閉まらなかったら、私の撮影テクでどうとでもしてあげるわよ!」
「そもそもモデルなんてやったことありませんし…!」
「この最高のロケーションを無駄にするなんてできないんだから!モデルには文句言ってられないわ!!」

そんな押し問答の末…
結局私が、花嫁代役をやることになってしまった――


超特急でメイクをし、髪をセットして着替えて。
お人形になっているうちになんとか完成…いや、完成ではないか。
本来撮影で使われるはずだったドレスはやはりサイズがあわず、現場にあった予備のドレスで代用しているのだから…
入るドレスがあっただけ、マシな気はするけれど。
あの勢いじゃ、本当に背中のチャックが締まらなくても撮影されていた気がする。

慣れない格好とこれから始まる撮影に、胃がキリキリする…が、もうここまで来てしまったら後には退けない。
覚悟を決めて更衣室を出ると、そこには待ちくたびれて、今にも寝そうな都築さんが居た。

「お、起きてください…!お待たせしてすみません!」
「…おや」

都築さんが、私の珍しい姿に覚醒したらしく、私をじっと見る。
うぅぅ…恥ずかしすぎる…!

「あ…あんまり見ないでください…」
「どうして?綺麗だよ、プロデューサーさん」

さらりという都築さん。
きれい……?
………ドレスがだよね。うん。そうに違いない。


礼拝堂に戻ると、ついに撮影がはじまった。
しかし押していた分を巻こうにも、私がどうしても足を引っ張ってしまう。
こういった現場に立ち会ったことは何度もあるけど、モデルなんて完全に初めてなのだ…!

「ポーズも表情もカタイわよ!!」
「す、すみません…!」
「『私は世界一幸せな花嫁!』ってオーラを出しなさい!!」
「そう言われても、どうやったら〜〜…」

カメラマンさんの怒りはごもっともだと思う。
でも、焦れば焦るほど、顔が強張っていく…どうしよう。どうしたら。
1人で焦っていると、隣に居る都築さんに背中をぽんぽんと叩かれた。

「プロデューサーさん、リラックスリラックス」
「うぅ…すみません…ってわわ!!」
「おっと。大丈夫かい?」
「重ね重ねすみません…!」

角度を変えるために動いたら、つんのめってしまった。
長いドレスをひきずっている上に、身長の高い都築さんにあわせるための高いヒールで、足元がおぼつかない。
なんとか支えてもらって歩いているが、相手は都築さんだ。長い間は無理だろう。
そう経たないうちに、都築さんも巻き込んで転びそうだ。

私が焦燥感に駆られていると、都築さんがふと「そうだ」と呟き、カメラマンさんに声をかけた。

「ピアノを弾いてもいいかな?プロデューサーさんも一緒においで」

都築さんはそう言うと返事を待たず、私を手を引き、ピアノに向かった。
慌ててカメラマンさんの方を見るが、特に問題はなさそうなので、こういうのもシチュエーションもありなのだろう。
私は連れられるまま、ピアノの前に座る都築さんの傍らに立った。

私をちら、と確認すると、都築さんはピアノを奏で始めた。
…聞いたことがない曲だけど…都築さんの即興演奏だろうか。
この会場にぴったりな、柔らかくて優しくて、そして幸せを運んでくるような…そんな曲だ。
焦ってばかりいた気持ちが、ゆっくりとほぐされていくのがわかる。
そうか、このために都築さんはピアノを弾いてくれたんだ…

ピアノを弾きながら、都築さんがこちらを見てくれたので、演奏の邪魔にならないよう、目で感謝を伝える。
すると、都築さんはふわりと表情を緩めて、ピアノにまた視線を落とすと、間もなく演奏を終えた。

そんな都築さんの演奏のおかげで、現場の空気が和らぎ、私の緊張もほぐれた結果…
その後は比較的スムーズに、いくつか場所やシチュエーションを変えての撮影も行うことができた。


そして数時間ののち。
「はい、これで全部OKよ!!お疲れ様!!」というカメラマンさんの言葉をもって、撮影は終了した。

「お疲れ様でした…!!ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした!!」

心の底から、スタッフさんに頭を下げる。
そもそもの事の発端は、私ではないとは言え…迷惑をかけてしまったことには間違いないのだから。

「代役、十分に果たされたと思いますよ!」
「そーね、初めてで無茶振りされてコレなら、まぁまぁなんじゃないかしら。使える写真もちゃんと撮れたね」
「素敵な花嫁さんでしたよ!」

スタッフさんたちの温かい言葉と拍手に、ちょっと泣きそうになるが、衣裳を汚してはいけないので、ぐっとこらえる。
一番迷惑をかけた人にも、お礼を言わなければ。

「都築さんも、迷惑をかけてすみませんでした。いっぱいフォローしてもらって…本当にありがとうございました」
「ふふ、どういたしまして。迷惑なんてことはなかったけれど…少しはいつもの恩返しができたかな?」
「都築さんのピアノのおかげで、無事に撮影終わらせられましたから!感謝してもし足りないです」
「僕も新しい音楽を紡げたし、楽しい撮影だったよ。こういう仕事なら大歓迎だな。プロデューサーさん、また一緒にモデルしない?」
「もう勘弁してください!二度としません!」
「…うーん…残念だな」


そんなこんなで、本日の仕事は終了だ。
本当は終わってから、事務所に帰って資料作成をするつもりだったけど…今日は気力を使い果たしたので、久しぶりにこんな時間に直帰いただきます…!

「それにしても仕事でウェディングドレス着るなんて…婚期がますます遠のいていく…」

帰り道にぽつりとこぼした独り言は、都築さんにばっちり聞かれていた。

「なぜだい?」
「き、聞こえてました?その…結婚前にウェディングドレスを着ると、結婚が遅れるっていう迷信があるんですよ…」
「へぇ、そんな話があるんだ。プロデューサーさんは、結婚したいの?」
「今すぐに、ってことはないですけど…いつかは…できたらいいなぁって…」
「ふーん。プロデューサーさんなら、いつでもできそうな気がするけど…」
「いやいや…そんな簡単には行きませんよ」
「じゃあ僕とする?」
「えっ!?」
「ふふ、なんてね」

都築さんがこんな冗談を言うなんて。
本当に今日は、レア体験だらけの、怒涛の一日だった――


♯♯♯


半月後、あの時の写真を使った記事の確認用原稿が来た。
うぅ、見るのが怖い…
けれど、見ないわけにはいかないので、意を決してファイルを開いた。

……おぉぉ、これはすごい…!
絶妙な角度で撮影されていて、私の顔がわかるような写真がない!ありがとうカメラマンさん!!
もちろん、都築さんはバッチリ映ってる。
花嫁を優しく包み込むような表情の、素敵な写真ばかりだ。

そこに、その当事者である都築さんがタイミングよくやってきた。

「おや…プロデューサーさんが見てるのは、この間の写真かい?」
「はい、すごく都築さんがかっこよく映ってますよ!身体を張った甲斐がありました…!!」
「…あれ、どれもプロデューサーさんがちゃんと映っていないようだけれど」
「それでいいんですよ!私はアイドルでもモデルでもなく、アイドルを支えるプロデューサーですから。光の当たるステージには立たなくていいんです」
「そうなのかい?…なんだかもったいないな」

都築さんは、小さい仕事だとあまり覚えていないこともあったりするのに…
あの撮影はよっぽど楽しかったのだろうか。

「もう1つファイルがあるみたいだね」
「そっちは撮影中のオフショットらしいですけど…って!」

そっちのファイルは、私がばっちり映っているものが多い!
ひえーー!!直視できない…!

「こっちはプロデューサーさんがちゃんと映ってるね。ふふ、たくさんあるよ」
「やめてくださいーーー」
「あ、これとても素敵だな。ほら、これ」

そう言って開いて見せてくれたのは、都築さんがピアノを弾いていた時のものだ。
客観的に見れば、幸せいっぱいに笑いあう花婿と花嫁の、すごく絵になっている写真、だと思う。
けれど!映ってるのは自分で!
というか私こんな表情してたの…!?ああああ恥ずかしい、顔があっつい!!!

「プロデューサーさん、顔が真っ赤だよ?」
「もうやめてくださいー…」
「とても素敵なのにな」
「うぅぅ…絶対他の人に見せないでくださいね!?」
「麗さんに見せたいんだけれど、だめ?」
「…うー……れ、麗くんだけですよ!」

麗くんからうっかり四季くんあたりに漏れた日には、事務所全員に回るのが目に見えてる!!
そんなの恥ずかしすぎて死んでしまう…!

「この写真1枚から、また新しい音が生まれそうな気がするな」
「それを言われたら、もう何も言えないじゃないですか…!」

それからしばらく、都築さんは上機嫌で作曲を続けた。
出来上がった曲は、なんと別のブライダル関連のTVCMに起用され、Altessimoの仕事がぐんと増えた。
……身体を張ってよかった、なぁ。
でももう、ぜーったいにしませんから!




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