君のアイドル



私、みょうじなまえはアイドルである。
TVに出ることができるようになったのは、割と最近のことだけど…気付けば、活動歴もそれなりに長くなってきた。

今日は、歌番組の収録のお仕事。
出演者を見ると、知ってる人と、知らない人が半々くらい。
自分のプロデューサーに連れられて、ほとんどの方々に挨拶をし終わったところで、自分の控室に戻ってきた。

…歌リハの前に、もう1回曲を確認しておこっと。
イヤホンをして控室で練習をしていると、コンコンと扉が叩かれた。
プロデューサーさんが「はい」と立ち上がって応対をしてくれる間に、イヤホンを外して居ずまいを正す。

すると扉の向こうから、優しげな男性の声が聞こえてきた。

「すみません、今お時間よろしいでしょうか?ご挨拶させていただければと思いまして…」
「ありがとうございます、もちろん問題ありません。なまえ、大丈夫だよね?」
「はい!」

立ち上がって衣装のスカートの裾を確認し、プロデューサーさんに合図を送ると、あちらのプロデューサーと思われる男性と、王子様のような格好をした3人が部屋に入ってきた。

まず私のプロデューサーさんが自己紹介をして、促されて私も挨拶をした。
何故だか、お一人から熱い視線を感じるような…
その人の方を向くと、ほうっとした表情を返された。

そこで、あちらのプロデューサーさんが話はじめたので、慌てて私はそちらを向き直した。

「はじめまして、私は315プロダクションのプロデューサー、石川と申します。そして、こちらが本日共演させていただく、弊社所属のユニット、Beitの3人です」

石川さんがそっと促すと、最年少らしき金髪の男の子が、元気いっぱいに一歩前に出た。

「やふー!はじめまして!ボク、ピエール!よろしくおねがいします!」

カタコトだけど、外国の方なんだろうか?
可愛らしい方だなぁ。
続いて、黒髪の長身の方が前に出た。

「はじめまして…Beitの鷹城恭二、です。今日は、よろしく…お願いします」

“たかじょう”…って、あの“鷹城”だろうか?
鷹城さんは緊張しているのか、少し表情が硬いけれど…イケメンさんだ。
そして、先ほどからなんだかそわそわとしている、柔らかな物腰の方の番になった。

「こ、こんにちは…!Beitの渡辺みのりです。実はその…はじめましてではなくて、ずっと…“Candy☆Tuft”の頃から、なまえさんのことを、応援させていただいていて…!!」
「え…」

“Candy☆Tuft”と言えば、私がアイドルとして駆け出しの頃に所属していた、地下アイドルユニットだ。
まさか、その頃を知ってる人がいるなんて…しかも、共演するアイドルだなんて!

あの頃は、お客さんを見る余裕がほとんどなくて、それに“Candy☆Tuft”はファンの方との接触イベントが少ないユニットだったから、顔を覚えていないのが申し訳ないけれど…
嬉しくなって、つい勢いのまま、私は渡辺さんの手を取ってしまった。

「ありがとうございます…!そんな頃から応援してくださってる方と、こうしてお仕事を一緒にできるなんて嬉しいです!今日はお互い、頑張りましょうね!!」

私がそう言うと、渡辺さんはいきなり膝から崩れ落ちた。
えっ…えぇっ…!?

「ちょっ…!みのりさん!!」
「みのり、しっかり!!」

鷹城さんとピエールさんが、渡辺さんに駆け寄る。
私も慌てて、石川プロデューサーと、自分のプロデューサーさん、渡辺さんを見比べる。

「す、すみません、私、何かしてしまったでしょうか…!?」
「い、いえ、こちらこそすみません!失礼しました、また後ほど…」

石川プロデューサーは苦笑しながらそう言うと、鷹城さんと2人で、渡辺さんを引きずるように出ていった。
最後に、ピエールさんがぺこりと頭を下げて出ていき、部屋は元の静けさを取り戻した。
わ、渡辺さん…大丈夫かな…?

不安になって、プロデューサーさんと顔を合わせると、扉の外から会話が聞こえてきた。

「…生きててよかった、アイドルになってよかった…!」
「みのり、なまえさんのこと、すき?」
「好きなんて言葉じゃ表せられないよ…!なまえちゃんはね、“Candy☆Tuft”の頃から誰よりもストイックで、歌もダンスも、ファンサも素晴らしくて…!!ああもう手を洗えないよ…!!どうしよう今すぐ帰ってこの幸せに包まれたまま眠りたい!!ああっ!でもなまえちゃんのリハも、本番も見たい…っっ!!!」
「みのりさん…さすがにちょっとキモいっす…」
「あ、あはは…」

あ、う…ぜ、全部聞こえてるよぉ…!
隣のプロデューサーさんをそっと見ると、プロデューサーさんも「よかったね」と苦笑していた。

だけど…ずっと昔からファンで居てくれてる人に、あんな風に褒めてもらえるのは、本当に嬉しい。
同じアイドルになった以上、ライバルでもあるけれど…
でもそれよりも…嬉しい気持ちの方がずっと大きくて。
…アイドルを続けてきて、よかった…!

そんなファンの方が近くに居てくれるなら、今日はいつも以上に頑張らないと!
いつだって、全力でやってきたけれど…
今日は何より、ずっと応援してくれていた渡辺さんに、失望されたくないもの!

時計を見れば、もうすぐリハの時間だ。
最後に通しで振りと歌詞を確認して…メイクもOK、衣装もOK。
歌だって、ダンスだって完璧にこなしてみせる!

「なまえ、いってらっしゃい!」
「はい!」

プロデューサーさんに背を押され、送り出される。
…よーし、頑張るぞーー!!!




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