とある日曜日。
珍しく四季が早起きをして、ジョギングに出かけると、道路の向こう側から声をかけられた。
「おっはよー伊瀬谷!」
「あ、なまえっちだ!おはよーっす!」
なまえは四季のクラスメイトだ。
住んでいるところが近いらしく、たまにこうして家の近所で会うことがあった。
「なんか珍しい格好だねー。なにしてんの?」
「トレーニング中なんっす!オレ、体力ないから…」
「そっか…アイドルも体力必要だもんね」
「なまえっちは、お散歩中?」
「コンビニに雑誌買いに行こうと思ってたんだけど…でもせっかくだから、一緒に走ろっかな!」
「イェーイ!心強いっす!1人じゃ、すぐ休みたくなっちゃって…」
たはは、と四季が苦笑するとなまえも笑った。
なまえはパーカーにスカートという走るには不向きな格好だったが、陸上部の彼女からすると、四季に合わせて走る分には特に気にするところではないらしい。
そうして、四季となまえは、ゆっくりとジョギングを始めた。
最初は饒舌だった四季も、10分を過ぎたあたりから寡黙になってきた。
20分を過ぎたところで、なまえは四季を見て(んーただ走るのも飽きて…違うか、普通に限界が近いのか。そろそろ終わらせないと、伊瀬谷動けなくなりそう)と苦笑した。
「よーし、ここからあの階段のてっぺんまで競争ね!」
そう言って、なまえは、目の前の長くそびえる階段を指差し言った。
階段の上には、見晴らしのいい、こぢんまりとした公園がある。
「ええええ!!?」
「負けた方がジュース奢りってことで!よーいドーン!」
言うと同時に、なまえはスピードを上げて駆け出した。
突然のことについていけない四季は、半泣きだ。
「ちょっ!!陸上部のなまえっちに、オレが勝てるわけないっすーーー!!」
「あははっ!がんばれー男の子でしょ!」
笑いながら、なまえはどんどんと階段を登って行く。
ランニングシューズではないのに、その足取りは軽やかだ。
ひええ、と言いながらも、四季はその後を必死に追いかけた。
「やった〜私の勝ち〜!」
階段のてっぺんに着いて、振り返って笑うなまえ。
四季はひーひーぜぇぜぇと階段を登りながら、その姿を見上げた。
(…ヘロヘロになりつつも、ちゃんと着いてきてくれるんだもんなーえらいえらい)と、なまえはそっと笑った。
「ほらー頑張れ伊瀬谷!」
「も、もう…無理、っす〜……」
階段の上からなまえが声援を送るが、残り少し、というところで四季の足が止まりかかる。
…と、そこで。
階段の奥から、突風が吹いた。
「わっ…!」
「だ、だいじょ…っっ!!!??」
「きゃああ!!!」
四季は、突風に背を押され、よろめいたなまえを心配して見上げた。
――ただそれだけだったのだ。
そのはずだったのだ。
しかしその突風は、なまえの背を押しただけでなく………なまえのスカートを、大きくめくり上げた。
そして、四季の目に入ったのは……
真っ赤になったなまえは、スカートを押さえてしゃがみこみ、四季を非難するように見つめた。
「…み…見たねっ…!?」
「み、見てないっす!!ピンクのリボンとか!!全然見てな……あ」
「っっ!!!バッチリ見てんじゃん!!ばか!!変態!!!」
「そ、そんな〜〜!!今のはフカコーリョクってヤツっすよ!?」
「バツとして、ジュース2本!奢りね!!」
「えーーーなんでっすか!理不尽っすーーー!!」
文句を言いながら、ようやく四季は階段を登りきった。
そしてその場に倒れ込む四季を覗き込んで、なまえは言った。
「それじゃ…責任、とってくれる?」
「えっ!?」
「…なーんて!私、オレンジジュースといちごミルクがいいなぁ〜」
立ち上がるとくるりと回って、四季に背を向けるなまえ。
…さっきの光景が目から離れず、四季はなまえをまっすぐ見ることができなかった。
(あんなこと、リアルに起きるもんなんっすね…)
刺激強すぎっす…と、四季は両手で顔を覆った。
そんな四季の葛藤を知らないなまえは、背を向けた四季が静かなことに気づき、慌てて声をかけた。
「だ、大丈夫…?無理させ過ぎた?」
「へっ!?う、ううん!?大丈夫っす!…まだちょっと、休ませてほしいっすけど」
「ん…じゃあちょっとゆっくりしよ?」
情けない声を出す四季に、なまえはすっと手を差し出した。
邪な気持ちに捕らわれてしまった四季には、純粋な優しさから差し出されたその手をとるのが、躊躇われた。
(ううう、落ち着けオレ!さっきのは、忘れなきゃ…!)
ぶるぶると頭を振り、なまえの手を取った瞬間。
(や、やわらか…!!)
ビリリと指先から電流のような感覚が全身を走る。
その感覚に一瞬飲まれた後、四季はなまえと目があい、はっと我に返った。
「っっーーーーーー!!!!」
「わっ!?ど、どうしたの、伊瀬谷」
突然びくっとして真っ赤になり、挙句にいきなり叫びだした四季に驚くなまえ。
「あわわわ、ご、ごめんなさいっすーーーー!!!!!」
疲れ果てていたはずの四季は、真っ赤なまま謝りながら、あっという間に走り去ってしまった。
その場に残されたなまえは、ぽかんをその姿を見送ることしかできなかった。
「…なんだったんだろ…変な伊瀬谷。ていうか元気じゃん」
四季の挙動不審っぷりに、首をかしげるなまえ。
そして、はた、と気づいた。
「……あ、ジュース」
まあまた学校で会ったときでいいか、となまえは思い直し、本来の目的であるコンビニに向かったのだったーー