将を射んと欲すれば



※山村視点


とある平日の昼下がり。
アイドルのみなさんは出払っていて、今日は珍しくプロデューサーさんも休みをとっているので、事務所にはぼくと、同じく事務員のなまえさんだけが居た。

「プロデューサーさんがお休みって珍しいですよね〜?」
「そうですね…プロデューサーさんが休んでる姿って、あんまり想像できないですけど」

なまえさんから話しかけられ、手を動かしながら、雑談に興じる。
プロデューサーさんはワーカーホリック気味だからなぁ。
ゆっくり休めてるといいんだけど。

「お休みと言いながら、スカウトしてそうです」
「ふふ、確かに!あ、でも今日は人がそんなにいない場所だと思うけど、どうだろう…」
「あれ、なまえさん行き先知ってるんですか?」
「はい、今頃うちのお父さんとゴルフしてるはずです〜」
「えっ!?」

さらりとなまえさんから放たれた爆弾発言に、思わず手が止まる。
事務所内恋愛禁止だと言われたことはないし、付き合っていることに問題はないけれど…
そんなそぶり、全然気づかなかった…!

「…なまえさんとプロデューサーさんって、お付き合いしてたんですね」
「え?付き合ってないですよ〜??」
「え??じゃ、じゃあなんでお父さんと…?」
「えーっと…帰りが遅くなっちゃったときに、車でプロデューサーさんに家まで送ってもらって。こんなしっかりした人がいるなら、なまえも安心だな!とか言って、そこから色々あって、プロデューサーさんがうちに来ることが多くなって…」

色々、って。
そこが大事なところなのに、端折らないでくださいよ!と、心の中でツッコんでおく。
なまえさんはどちらかというと天然なので、ツッコミ始めたらきりがない。
ぼくは黙って、なまえさんのほわほわとした話を聞いた。

「この間うちでご飯食べてた時に、ゴルフの話になって…プロデューサーさん、お仕事でゴルフに誘われることが多いんですって〜。いわゆる接待ゴルフってやつですかね〜?でもプロデューサーさん、やったことないらしくて…」

うちでご飯を食べてた時、って…それで付き合ってないってどういう関係なんですか…?
なまえさんは作業をしながら話しているせいか、まとまりのないまま、話を続けた。

「そしたら、お父さんがやる気出しちゃって…あ、うちのお父さんの趣味、ゴルフなんですよ。それで、気付いたら2人でゴルフ行くことになってて、今日がその日なんですよ〜」

なまえさんは相変わらず作業をしながら話しているけれど、ぼくはなまえさんの話が気になりすぎて、手が止まってしまっていた。

「うちのお父さん、私と妹で、娘しかいないから、プロデューサーさんと話したり、お酒を飲んだりできるの、嬉しいみたいなんです」
「な、なるほど。そうなんですね」

そういうことなら…わかるかも…
プロデューサーさん、色んな引き出しを持ってるし、一緒に居て楽しいのはわかります。うん。

「…それに、うちのお母さんもプロデューサーさんのこと気に入っちゃって」
「えっ、お母さんも!?」
「プロデューサーさん、褒めるの上手いじゃないですか。うちのお母さんのご飯が美味しい、ってすっごく褒めてて。それに乗せられちゃって、すっかりプロデューサーさんのファンなんですよね〜」
「そ、それって…」

なまえさんの数々の爆弾発言に『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という言葉が、ぼくの脳内を駆け巡る。

――はっ…!!

そういえば、ぼくとなまえさんだけで済むような雑務をプロデューサーさんも混ざってすることが、多かったような…
「みんなでやった方が早いですから」と言われて納得していたけれど、もしかして、もしかするんだろうか。

そうだ、あとこの間雑談で「好きな人はいるか」と聞かれたな…
その時は「今はいないです」と返したけど…
もしかしてあれは、牽制だったのでは…!?

1つが気になりだすと、プロデューサーさんの言動が、あれこれ気になってきた。
遅くなると必ずなまえさんを送っていってたこととか、おみやをくれる時に必ず、最初になまえさんに選ばせてたこととか…
今までは、唯一の女性だから当たり前だと思っていたことも、考えれば考えるほど、怪しい気がしてきたぞ…?
………というか、ぼくが鈍かっただけ?

そうだ!なにより、この間のなまえさんの誕生日だ!
プロデューサーさんは、アイドルのみなさんにも、ぼくにもプレゼントをくれるけれど、あの時は何かが違っていた。
随分と時間をかけて探し回ってたみたいだし。
その甲斐あってか、プレゼントをもらったなまえさんはとっても喜んでいて、プロデューサーさんも同じようにとっても満足気だったのを思い出す。
さすがプロデューサーさん、センスが違うなぁ!なんて思っていたけれど…!


「…本当に、付き合ってないんですか?」
「付き合ってないですってば〜。でも最近、私よりプロデューサーさんの方が、うちの両親と話してるかも〜?」

もうそれ完全に、おうちに入り込んじゃってません…!?
………なまえさんはぼく以上に、鈍いのかもしれない。

と、そこで電話が鳴り響き、なまえさんが電話に出た。

「はい、315プロダクションです…お世話になっております。………申し訳ございません、本日石川はお休みをいただいておりまして…」

かかってきた電話によって、そこで会話は途切れてしまった。

プロデューサーさんを応援したい気持ちはもちろんあるけれど、色々思い出したり聞いたりしていると、そこまでしてるのか…と若干の恐怖が…
いやいや、そんなことないです。
ぼくはプロデューサーさんのこと、尊敬してます。はい。

そう自分を納得させて、そのことを考えるのをやめて、ぼくも仕事に戻るのだった。
プロデューサーさんの気持ちに、なまえさんが気付くのは、いつのことやら…




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