「プロデューサー、お見合いをするというのは本当か?」
このところ、315プロダクション内で囁かれる噂。
その噂のせいで落ち着かないアイドルが多数いるため、その噂の真偽を確かめるべく、硲はプロデューサーを会議室に呼び出し、単刀直入に話を切り出した。
「うっ!どこからそれを…!」
「…ということは、事実なのだな」
「………はい…私は全く望んでいないんですけど!!」
プロデューサーは、強い語気とは裏腹に、がっくりと肩を落とした…
と思うと、一瞬の間の後、ひらめいた!という風に勢いよく身を起こした。
「そうだ!硲さん!!お願いです、私の彼氏のフリをしてくれませんか!?彼氏が実在するとなれば、親も一旦は退いてくれるはず…!」
「ご両親に嘘をつく、ということか?」
「うっ………やっぱり嫌ですよね…彼氏のフリとか…うーー…何かほかの方法を考えます…」
再びがっくりと肩を落とすプロデューサー。
「彼氏のフリが嫌なわけではない。君は、お見合いをしたくないのだろう?…『嘘も方便』という言葉もあるからな」
「ほ、ほんとですか!?いいんですか!?」
ああ、と硲は力強く頷いた。
「君のことだ、意思表示は明確に行った上、説得も試みたのだろう?」
「は、はい、もちろん!…今は仕事が生きがいなんだ!って言っても、『とりあえず会ってみろ』の一点張りで…」
「君の意思で、お見合いや…結婚をしたいというのなら、もちろんそれを応援しよう。しかし、君がしたくないというのであれば、話は別だ。そういった問題の解決に時間やコストをかけるより、プロデューサーの仕事に専念してもらえる方が、私としても好ましい。そのために、私にできることがあるのなら協力しよう」
「あ…ありがとうございます…!」
「ああ。やるからには、完璧な彼氏になってみせよう…!」
そう言ってぐっと拳を握ったかと思うと、硲はホワイトボードにペンを走らせた。
(…彼氏役の話で、なんで数式が出てくるかは、よくわからないけど…ここは硲さんに任せよう…!)
と、プロデューサーはその行動を見守った。
そしてしばらくすると、硲なりの答えが出たようで、硲はプロデューサーに向き直った。
「プロデューサー」
「は、はい!」
「まず彼氏役を行うには、共通の思い出や、お互いの趣味趣向の認知が必要だろう。いずれも、私と君の間には既にあるものではあるが…それはあくまで、プロデューサーとアイドルという関係に基づくもの。恋人という関係を騙るには、足りないだろう」
「そ、そうですね」
硲の熱い言葉に、こくこくとプロデューサーは頷く。
「そしてそういった関係性は、やはり経験と時間がなければ身につかないものだろう。さらに、別の問題として…私は仕事上、演技をしてきているが、プロデューサーは未経験だろう?偽の関係を演じるというのは、難しいのではないだろうか」
「はい…そうですね…」
「――ゆえに。それらの不足点を埋めるため、実際にデートをしよう」
「へっ!?」
至極真面目な顔をして、硲は言い放った。
「何事も、実際に体験した方が身につくものだ。恋人同士の関係性もそうだろう。恋人として振る舞った事実や経験、時間が、ご両親の前で恋人同士のフリをする自信につながり、説得力を向上させるだろう」
「えーと…つまり両親に会う前に、予行練習としてデートをいっぱいしておいて、両親を納得させられるように準備しておこう、ってこと、ですよね?」
プロデューサーが自分の言葉に噛み砕いて返すと、硲は眼鏡を光らせ、肯定した。
「そうだな」
「でもそれだと、硲さんのお手間をかなりかけてしまうような…」
「問題ない。今後の仕事にも役立つだろうし、何より君と過ごすのは有意義だ」
「え、あ、ありがとうございます」
すみません、硲さんも忙しいのに、とプロデューサーが頭を下げると、硲がコツコツと距離を詰め。
「それに…」
「!?」
困惑するプロデューサーの頬にするりと手を沿え。
「『嘘から出たまこと』という言葉もある」
「!!!??」
「まずは君の恋人の“フリ”を…完璧にこなしてみせよう」
フッと柔らかく笑うと…
「…そうだな、まずはお互いを名前で呼ぶことから始めようか。私のことを名前で呼んでほしい。さあ、なまえ」
『フリ』という部分を強調し、その後も硲から放たれていく予想外の言葉たちに、プロデューサーはただただ赤くなって固まることしかできなかった――