どうしてこんな羽目にあっているのか。

食い逃げした男を追って店を飛び出した私は、ほんの数秒のうちにその男に逆に捕まり、今は馬乗りになられ、首を絞められている。どうにもこうにも敵わない力に、少しずつ意識が遠のく。苦しくて、痛くて、こんなことになるならば追い掛けなければよかったと思っても、後悔先に立たず。
あぁ、死にたくない。死にたくない、死にたくない、死にたくない!!!


「…てめぇ、何してやがる!!!」


最後の力を振り絞り、男の手をなんとか離そうとした時だった。ドンッと鈍い音がして、私の上に乗っていた男は吹っ飛んだ。その衝撃で首が飛んでいったのではないかと一瞬不安になったが、よかった。ちゃんとついている。

目の前の軍服を着た男は、そのまま倒れ込む男の上に馬乗りになり、ボコボコにその顔を殴る。聞いていられないような生々しい音に怯えながら助けを求めるよう回りを見渡すと、アイヌの恰好をした女の子と目があった。


「杉元、それくらいにしておけ。死んでしまう。…大丈夫だったか?」
『…あ、はい。助けていただき、本当にありがとうございました…!』


ようやく殴る手を止めた軍人さんと、アイヌの女の子にそう告げれば少しホッとしたように2人が笑う。


「お〜い、2人とも!急にいなくなったと思ったら何して…」


声の先を見れば、今度は坊主頭の男性が向こうからやってきた。
そして、数秒私のことをじっと観察したあと、隣に跪いてすっと手を差し出す。


「白石由竹、独身です。情熱「…おい!血が出てるじゃないか。手当てしなければ、」
『え?あ、ほんとだ…』


白石と名乗る男の人を押し退けて、アイヌの女の子が私の首筋を指差す。クーンと犬のように泣くその男を若干哀れにも思いつつ、指さされた首筋に手をやると、赤い血が少しついた。おそらく先ほどの男が吹っ飛ばされる際に、引っ掻いたのだろう。


『これぐらい、大丈夫です。家も近いので、このまま帰ってすぐ自分で手当てします。
…それより、先ほどの男食い逃げ犯なんです。お金、もらわなきゃ。』


立ち上がろうと力を入れるにも、全く力が入らない。あろうことか、どうやら腰が抜けてしまったらしい。その様子を見た軍人さんが優しく微笑み、大きな手で私の頭を撫でた。


「君はしっかりしてるね。家まで送ってくよ。
…おい、てめぇ。そんなところで寝てねぇでさっさと金出せよ。」
「まったく、どっちが悪党なのかわかんねぇぜ…」


苦笑いする白石さんに同感だ。この人は二重人格なのか。私にかけた優しい言葉とは裏腹に、まるでヤクザのように食い逃げ犯から金を巻き上げる。

実際の食事代よりも少し多い代金を無事受け取り、私は軍人さんの大きな背中に乗せてもらった。
人におぶってもらうなんて、一体いつぶりか。少し恥ずかしさを感じながら、家までの道のりを案内した。
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