倉庫に着いたのは、そろそろ中島 淳と
呼ぶのも少々面倒になってきた頃だった。

「ほ、本当に虎はここに現れるんでしょうか...?」

中島君は半信半疑のようだ。
そりゃ、いきなりこんな怪しい倉庫に
連れてこられたら不安にもなるか。

『虎は必ず現れますよ』

「そうだよ〜
でも、心配要らない。虎が現れても
武装探偵社の社員が二人もいるんだ。
私達の敵じゃないよ。
ましてや、この小野寺謡がいれば
百人力だよ〜」

『...太宰さん。静かにしてください』

太宰さんはいつも適当な事を云うのだ。
愛書である完全自殺読本≠読みながら。
昔はその言葉をいつも鵜呑みにして
一喜一憂していたものだ。

「ははっ...
凄い自信ですね...なんか、羨ましいです。
僕なんか孤児院でもずっと駄目な奴って言われてて。そのうえ、今日の寝床もあすの食い扶持もしれない身で...」

中島君はすぐに落ち込むのが得意らしい。
昔の私に似ている気がして腹が立つ。
太宰さんはそんな中島君をじっと見つめている。

「こんな奴がどこで野垂れ死んだって、
いやいっそ、喰われて死んだ方が『簡単に』...え?」

『簡単に、死んだ方がいいとか
言わない方がいいですよ。中島君。』

やはり腹が立つのだ。昔の私に似ているから。
でも、そんな中島君を助けたいのも事実だ。
そんな私を見て太宰さんは立ち上がった。

「さて、そろそろかな」

太宰さんの言葉の後に大きな物音。
驚く中島君。そろそろ来るのだろう。

「!?
いっ、今っ、お奥で物音がっ...!?」

「そうだね」

「きっと奴ですよ太宰さん!!!」

「いや、風で何か落ちたんだろう」

少しずつ声が低くなる太宰さん。
その落ち着いている様子が余計に
中島君を焦らせるのだろう。

「人喰い虎だ!!!ぼ、僕を喰いに来たんだ!!!」

太宰さんが愛書を閉じる。
私もそろそろ準備をしよう。

『落ち着いてください。中島君』

「そうだよ。
虎は、あんな所からは来ない。」

「どうして分かるんですか!?」

真相を、話す時間になったみたいだ。

「そもそも、変なのだよ。
経営が傾いたからって。そんな理由で養護施設が児童を追放するかい?大昔の農村じゃ
ないんだ。いや、第一に経営が傾いたのなら
一人二人追放したところでどうにもならない。」

『半分位減らして、近隣の施設に
移っていただくのが筋というものです。』

「...なっ、何を言ってるんです...?
太宰さん...小野寺さん...」

ちなみに私は“小野寺”と呼ばれるのは嫌いだ。

「君がこの街に来たのが二週間前。
虎が街に現れたのも二週間前。」

中島君は恐る恐る、窓の外の月を見た。

「君が鶴見の辺りに居たのが四日前。
同じ場所で虎が目撃されたのも四日前。」

中島君は月から目が離せなくなったみたいだ。
これが、真相なのだろう。

「国木田君が言っていたろう。
“武装探偵社”は異能を持つ輩の寄り合いだと」

中島君は苦しみ始めた。
気づいていなかったのは中島君だけなのだろう。

『この世には異能の力を持つ者が
少なからず居ます。そしてその力で
成功する者も居れば、力を制御できずに
身を滅ぼす者も居るんです。』

どんどん姿が変わっていく。
最早、中島君であった面影は、ない。

「たぶん、施設の人達は虎の正体を
知っていたが君には教えなかったのだろう。
君だけが分かっていなかったのだよ。」

そう、中島君も私と、私達と同じ。

『中島君、貴方も異能の力を持つ者です』

この言葉はきっと、届いていないだろうけど。

「現身に飢獣降ろす、月下の能力者...」

中島君だった虎が太宰さん目掛けて飛び掛る。
太宰さんはポケットから手を出さず、
飄々と避けている。何なんだ。余裕か。
虎は太宰さんに向かい突進している。
避ける素振りが無さ過ぎて、一応声を掛ける。

『太宰さん』

「大丈夫だよ。
こりゃあすごい。人間の首くらい...」

なぜ私が逃げた方に太宰さんも来るのか。
嫌がらせなんだろうか。笑っている。
虎は倉庫にあるものをどんどん破壊していく。

「...簡単にへし折れる」
『...云うの、忘れてましたね』

太宰さんはにこりと笑った。
逃げている途中、太宰さんはとんっと
私の身体を押した。太宰さんは一人、
虎と対峙することになったのだ。

「おっと...」

太宰さんの目の前は壁。虎は太宰さんを
喰い殺す為に突進してくる。
私は一応自らの能力を使う準備を
しているが、使うことはないだろう。

「獣に喰い殺される最期というのも、
なかなか悪くはないが...」

太宰さんが力を発動させた。
もうすぐ、家に帰れるだろう。
倉庫の周りに覚えのある気配を
幾つか感じとった

「君では私を殺せない」

そういうと太宰さんは虎に触れた。
そうすると人喰い虎は元の中島君と
姿へと戻っていった。

どんなに心配しても、彼は大丈夫だと
答える。私も大丈夫だと信じている。
しかし、いつも不安になって心配を
してしまう自分が嫌になる。



異能力
((中島君、起きてください。
私が運ぶしかないかな))
(たとえ運ぶことになっても、
謡には運ばせないから)
((...?))
(んふふ〜(焼餅焼いたなんて言わない))



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