01


パチン、
頭の中で何かが弾けるような音がした。
それにつられるように意識が覚醒してゆく。
ゆっくりと瞼が開いて、二、三度まばたき。
良好になった視界に映り込んできたのは人の、顔。

「うわ、あ!?」

驚いて後ずされば、目の前に居た人も「おっと」と小さく声を上げた。
そのままお互いを見つめながら、沈黙。
驚いたことで早くなった胸の鼓動と、ぐるぐると回る頭の中。
しゃがみ込みわたしを見つめる、どこか冷たい両眼。
わたしを混乱に追い込むには充分だった。

「んーと、」

喋らないままわたしを見つめていた男の人は視線を反らし、ガリガリと後頭部をかきながら、言葉を発した。
それにすら大げさなほど体が揺れてしまい、それをチラリと横目で確認すると男の人は小さくため息をついた。

「あー、お嬢ちゃんはここで何で寝てたわけ」

そう問われてふと、自分が何をしていたんだっけと思い起こす。
ベッドに入ったのは覚えている。
それまでテスト勉強していたのも、空が白み始めてベッドに入ったのだ。
すぐに眠くなって、それで寝た、わけなんだけれど。

硬いコンクリートの地面、潮の香りを漂わせているふきぬける風、波のさざめき。
わたしの部屋はこんなに開放的であっただろうか。
無論、そんなわけがなく。

「あの…わからなくて…」

今そろっている現状に呆然としながら、口から出たのは正直な答えだった。
わからない。
ここはどこで、何故ここにいるのか、何をしていたのか、何もかも。

わたしの返事を聞くと、男の人はまたため息を吐いて立ち上がった。
途端、顔に影がかかり、つられるように男の人を見上げた。
思わずはしたなく、口をあんぐりと開けてしまった。
デカいのだ、男の人の身長が。
それも規格外に。
座ったわたしの体を軽々と男の人の影が覆っている。
いや、多分わたしが立ち上がっても影が覆うのではないかくらいの余裕がある。
そんな大きな人に上から見下げられる迫力に小さく身震いした。

男の人は「立てる?」とわたしに手を差し伸べてくれて、咄嗟のことにわたしは挙動不審に意味のない小さな言葉をこぼしつつ、その手に捕まりながらなんとか立ち上がった。
立ち上がると、やはり男の人との身長差はもう比べるほどではなく、少し怖くて一歩距離を取る。
わたしの行動に男の人は小さく苦笑した。

「あ、す、すいません…!あの、」
「あーいいよ。ま、怖いわな」

謝ったわたしに気にした素振りもなく、少し笑ってそう言ってくれた男の人に失礼な事をしてしまった、ともう一度謝罪をした。

「まぁ、うん、とりあえずここで話すんのもなんだし、中入るか」

くるりと背を向けて歩き出した背中について来いと言うことか、と解釈してそそくさとその背中を追いかける。
と、そのまま顔を上げて思わず足は止まった。

「わあ…!?」

目に入り込んできたのは高く聳え立つ真っ白なお城のような建物で、だけど、お城というには少し味気ない、要塞という感じがしっくりきた。
どちらにせよ、こんな建物は自分が知る中では外国にしか無いものであって、自分の目で直に見る機会なんて一生ないと思っていた。
建物を見つめながら、ここはどこなのかとか何をしていたのかとか、疑問がまたぐるぐると回りはじめたところで、先ほどの男の人のわたしを呼ぶ声がした。
前を向けば少し先に男の人は立っていて、慌ててそこまで走った。




建物の中は天井がとても高く、赤い絨毯や壁の高そうな装飾もあって、やはり宮殿のようだった。
一瞬また、考えてしまいそうになって慌てて前を歩く背中を追う。
その背中はどんどんと進んで行って正直、速い、速すぎる。
身長差のせいではあるが、わたしはもはや走っているようになっていた。

「ところで…って、ああ、ごめんね」
「は、ハァ…!いえ、すみませ…!」

ふいに振り返った男の人がわたしが息も絶え絶えなのに気づいてくれて歩くスピードをかなり落としてくれた。
よかった、息を落ち着かせながらホッとしていると「で、」と男の人が話しかけた。

「お嬢ちゃん…えーと、名前は?」
「あ、羽鳥 唯です、」
「ふーん、ハトリ ユイ…変わった名前だね、こっちの出身じゃないの?」
「そ、そうですね、ここがどこら辺かは分からないのですが遠いのかな、と思います…」

和名を変わった名前だなんて言うんだから、きっと日本からは遠い国なんだろう。
こんなお城のような建物があるんだからヨーロッパかなぁ。
って、それもおかしい話なのだけど。
また「ふーん」と興味なさそうに前を向いた男の人にわたしは首を傾げた。
その割りには、この人日本語すごく上手じゃないか?
チラリと横顔を眺めてみるが、高い鼻筋や堀の深い目元はどう見ても日本人の顔立ちではないように見える。
わたしを日本人だと判断してわざわざ日本語で話してくれてるのかと思ったけど、和名であるわたしの名前を変わった名前と言うし…。
首を傾げながら廊下を曲がった男の人に続いてわたしもその後に続いた。

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