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様々なタイトルを見つけては読み、見つけては読み、と繰り返していると、いつの間にか本を読むことにどっぷりハマっていた。
『新世界の地図の見方』『プロの旅人が選ぶ!新世界絶景100選』『おいしい海王類』『巨人族の伝説』『新世界の謎を追究する』…
置いてあった本の内容は実にバラエティに富んでいたけど、読んだ内容は全て、わたしの世界にはないもので、ファンタジーにしか思えないけれど、これがこちらの世界では現実なのだからすごい。
あと、いくらか読んでみて気に入ったものをいくつか買っていこうか、ともう一度本棚を見渡し、あるタイトルが目に止まった。
『異邦人の謎』
ゴクリ、と思わず唾を飲み込んだ。
恐る恐る手を伸ばし、その本を手に取る。
真紅の表紙に金色の文字でタイトルが刻んであるそれは、少し埃っぽくて随分長い間誰にも手に取られていないのが伺えた。
ゆっくり表紙を捲ると、目次が最初のページにあり、余ったスペースに黒い人間のシルエットのような絵が描かれていた。
それを見て慌てて表紙を閉じた。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気分だった。
でも、本棚に戻すこともできず、その本を手にしたまま、気になったタイトルを数冊選んで、一緒に会計をした。




随分長いこと本屋に居たようで外はもう空に赤が差し始めていた。
通りの入り口まで戻ると、人はもう疎らで活気溢れていた通りも徐々に店じまいを始めていた。
近くにある時計は4時を示している。
確か、クザンさんが迎えに来てくれる時間だ。
辺りを見渡すが、それらしき姿は見えなくてわたしは時計の下で待つ事にした。



ゴーン、と遠くで鐘の音がした。

「クザンさん、遅いなあ」

待ち始めてから一時間と三十分。
時計は5時30分を示していた。
あれから一向にクザンさんは現れず、わたしは今日買った本を読むことで時間を潰していた。(ただ、『異邦人の謎』だけはどうしても読めなかった。)
通りの店は次々と灯りが消えて行き、日が沈むのが早いのか、徐々に夜が顔を覗かせはじめた。
それを見てると段々と不安がこみ上げてくる。
迎えにこないんじゃないか。
このままわたしはここに居ることになるのか。
もしかして。

捨てられたのではないか。

頭の中で考えてゾッとした。
ジジッと頭の上の街灯がつく音に大げさなほどビクついてしまった。
あの優しいクザンさんがそんなことするはずない、と頭の中で思ってはみても、どこか疑ってしまうわたしが居た。
どんどん暗くなる辺りに視界が歪み始める。
もういい歳だっていうのに、恥ずかしいなんてわかっている。
わかっているけど、こんな恐怖は初めてなのだ。
両手の荷物を抱え直すと、ボトリと何かが地面に落ちた。
見ればそれは『異邦人の謎』で。
自分が買ったそれが、今はなんだか呪いの本にさえ見えてくる。
じわじわと涙が瞳を覆うのは、すぐだった。

「やだよぉ…誰か、…はやく、」

一人にしないで。

しゃがみ込みながらそう呟いたのと同時だった。
腕を引かれ、振り向くとそこには息を切らしたクザンさんが居て。

「遅れてゴメンな」

その声を聞いたらもうダメで。
一気に、涙が溢れ出た。
しゃくりあげながら、目をこするわたしにクザンさんは「あらら」と困ったような声音をだしたあと、「帰ろう」と言った。

そして、わたしを優しく、強く、抱きしめてくれた。



その温もりに


(もう何度もわたしは救われている)

(わたしが泣き止むまで)
(クザンさんはずっと抱きしめてくれていた)

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