13


この間の街での一件からわたしはどうもホームシックになっていた。
ホームシック、というかただたださみしい。
クザンさんは、時間通りに来れなかった負い目があるようで(と言ってもクザンさんは本当に仕事をしていたのだから仕方ない)数日の間、わたしを仕事場に置いてくれたりもした。
確かに、あの広い部屋で一人にされるよりは気が紛れたけど、逆に仕事場の人の邪魔にならないように、と気を遣ってしまってすごく疲れたし、仕事場だからみんな仕事をしているわけで。
何もしてないわたしはただそれを見るだけ。
逆になんだかさみしさが増したような気もした。
完璧に今のわたしは構ってちゃんだった。

「クザンさん、なんかお手伝いさせてください」

デスクに向かうクザンさんにこっそり話しかけるとクザンさんは書類から目を離さずに「だめ」と言った。

「昨日も、おとといも、だめって言ったよ、重要な書類があるから海軍じゃない人に触らせちゃだめなの」

クザンさんの言っていることは尤もなんだけど、構ってちゃんをこじらせ中のわたしはちいさくぶすくれた。
口には出してなかったけど、表情いっぱいに不満が現れていたのだろう。
クザンさんはチラとこちらを見ると苦笑して「そんな顔してもダメなものはダメ」と一刀両断しなさった。
ケチ、と言いたい気持ちを抑えて、今日は諦めて周りを観察することにした。

部屋の中は、一人の海兵さんに一つのデスクが与えられていて、ドラマとかで見ていた会社のように向かい合わせで並べられている。
それぞれのデスクには大量の書類が積み重なっていて、海兵さん達はそれを引っ張り出しては目を走らせ、ハンコを押していた。
クザンさんも同様に同じ事をしている。
ハンコ押すくらいならわたしだってできるのに。
まだどこか諦められず、ぶすくれながら海兵さん達を見ていると、一番手前の人がこちらを見てなんだか暖かい眼差しを向けているのに気づいた。
その眼差しとバチリと目が合って、微笑まれる。

「いいんです、あなたはそこに居てくれれば…」

そうボソリと、どこか感動しているように言われてわたしは首を傾げた。
どういうことかサッパリだ。
その海兵さんが呟いたのを聞いた他の海兵さんも仕切りにウンウンと頷いていて、やはりみんなでこちらに暖かい眼差しをよこした。
そして、そのあとみんなの視線はクザンさんへと向けられ、みんながみんな嬉しそうにしていた。(中には涙を流してる人もいた。)
異様といえる光景に、わけが分からずハテナを浮かべていると海兵さんが至極、感極まったように口を開いた。

「あなたがそこに居てくだされば、青雉大将は仕事をしてくださいます…今だって…!あァ!青雉大将が!デスクに向かっているなんて…!」

海兵さんが嬉しそうにクザンさんを見ていた。
他の海兵さんを見てもやはり嬉しそうにクザンさんを見ている。
わたしもつられてクザンさんを見ると、クザンさんは面倒くさそうにため息をついた。

「おまえらね…誤解生むような言い方やめてもらえる」
「誤解を生まないようなら、この書類の山はございません」
「…」

バサッと言い切った海兵さんに、クザンさんも何も言えず、再び書類に目を通していた。
察するに、もしかしてクザンさんは仕事をしない人なのだろうか。
そういえば、この前も散歩と称したサイクリングに連れて行ってもらったし。
あれももしかしたら仕事の時間を割いていたのかも。
そう思うと申し訳なくなってくるが、海兵さんから泣かれるほどということは、わたしが来る前からそうだったのかもしれない。
わたしの面倒を見るためとは言え、わたしがいることでクザンさんがちゃんと仕事をする、というならそれはちょっと嬉しいことかもしれない。

思わず笑うと、クザンさんが「おまえらがとやかく言うから誤解されちゃったじゃないの」と、海兵さんたちにぼやいていた。
それもなんだかおかしくて笑っていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


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