15
「ユイちゃん…?」
ギクリと体が強張った。
後ろから聞こえた声はクザンさんの声だった。
もしかして、今の聞かれたかもしれない?
大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせて恐る恐るクザンさんを振り返る。
クザンさんはすごく驚いた顔をしていた。
「今、何て言った…?」
その言葉はクザンさんに聞こえてしまっていたのを表していて。
わたしは思わず首を横に振っていた。
うまい言い訳が出てこなくて、黙って首を振るわたしはひどく滑稽だろう。
でも、今はこれしかできなかった。
「何も言ってません」
「…その男を知ってるのか?」
「な、何も言ってないです」
クザンさんはジッとわたしを見つめてから、何も言わず立ち上がるとわたしの腕を掴んだ。
「来なさい」
その声も、わたしの腕を掴む手のひらも、すごく冷たくて、今までのクザンさんが消えてしまったようだった。
引かれるままに立ち上がると、グイと引っ張られてそのまま外に連れ出された。
どんどん前に進むクザンさんは一度もこちらを振り向かなくて、わたしは心臓がキュッと縮まったような思いをしていた。
何て、言い訳をしよう。
どうしたら許してもらえるだろう。
もし、許してもらえなかったらどうなってしまうんだろう。
いい方向になんて全然考えは進まなくて、鼻の奥がツンとした。
しばらく進むとある一室に入った。
わたしの部屋だった。
入るとクザンさんはようやくわたしの手を離してくれて、一度部屋の外を確認すると扉に鍵をかけた。
「座って」
この部屋に備え付けられた椅子を指さされおとなしくそこに座った。
クザンさんはそんなわたしの目の前に片膝をついた。
クザンがわたしを下から覗き込むように見つめた。
その表情はどこか辛そうでわたしは目をそらしてしまった。
「…君は、海賊の仲間だったのか?」
クザンさんからそう小さく問われて、わたしは即座に首を横に振った。
「じゃあ」とクザンさんがまた口を開いた。
「君は、何故モンキー・D・ルフィを知っていた?」
その名前を聞いて大げさに体が跳ねた。
「ち、違うんです、あの、」
「ユイちゃん」
自分の足元を見つめたまま話そうとすると、クザンさんがわたしの名前を呼びながら手を握った。
それに驚いて顔を上げると、クザンさんがまっすぐにわたしを見ていた。
「ちゃんと俺の目を見て言って」
その言葉に何故だかわたしは涙が出てしまって、それにはクザンさんも驚いたみたいでギョッとした顔をされた。
でも、泣いてる場合じゃないのは分かっていたから、口を開いた。
「ほ、本当にこの世界に来たときはわからなかったんです、ほんとうです、で、でも、あの」
「うん、うん、ゆっくりでいいから」
クザンさんがぎゅっと手を握ってくれて、わたしはみっともなく鼻水を啜りながら、あちらの世界、わたしがいた世界のことを話した。
全てを聞くとクザンさんはとても驚いた顔をしていた。
「…あの、モンキー・D・ルフィが、主人公の本、ねぇ…なんともいただけない話だな」
そう言って小さくため息をついたクザンさんにわたしは焦った。
だってそうだ、こんな話信じられるわけがない。
なのに、クザンさんは普通に反応していて。
わたしが口を開く前にクザンさんが口を開いた。
「なんで信じるのって顔してるね」
「…だって、」
「ユイちゃんは、俺に嘘をついた?」
その言葉にわたしは今までが比じゃないくらい首を横に振った。
そしたら、クザンさんは小さく笑ってまた手を握った。
「じゃ、信じるしかないじゃねェの」
わたしはその言葉にまたボロボロと子供みたいに泣いてしまって、クザンさんは困ったように笑って頭を撫でてくれた。
信じられるということ
(それはきっと難しくて)
(そして、とても嬉しいことだと知った。)
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