07


「さ、乗って」
「…えっと、クザンさんお散歩するんですよね?」

わたしの問いに「そうだよ」としれっと言い放ったクザンさんの手にはハンドルが握られていて、目線をずらせば元の世界でもよく見た自転車があった。
荷台付きのその自転車はおそらく平均より少し大きく感じたが、クザンさんの身長のせいで小さく見える。
乗れ、ということはこれに乗ってお散歩をするみたいだが、これはお散歩とは言わない。
サイクリングだ。

「…それに、そっちは海なんで自転車の頭こっちに向けといた方がいいんじゃないですか?」

なぜかクザンさんは自転車の頭を海へと向けていて、漕いだらそのままボチャンだ。
わたしが陸の方を指差して言うとそれをオールスルーしてクザンさんはサドルに跨った。

「まー、細かいことは気にしなくていい。乗りなさいな」
「…えー…」

ビクビクしながら荷台に足を揃えて、横乗りするとクザンさんが驚いた顔をでこちらを見ていた。

「そっちの世界の女の子はみんなそんな乗り方すんの?」
「えっ?…あー…うーん、みんな、ではないですけど…」

わたしの場合は二人乗りなんて学校に自転車で来ている友達に帰り道で乗っけてもらうことが多かったから、この乗り方は制服がめくれないからだというのがある。
制服かぁ。
今はジャージの足を少しバタつかせると、見慣れた制服がヒラリと風になびいた気がしてどことなく気分が落ち込む。

「ふーん、女の子だねぇ…」

感心したようにクザンさんは呟くと、一度チャリンチャリンとベルを鳴らしてペダルに片足をかけた。

「じゃ、行きますか」

グンと前に進む力を感じて、慌てて手を荷台にひっつける。
って、ちょっと待って。

「え、あの、クザンさん!このままじゃ海に!」
「んー?」
「海に、落ちちゃいます!…アレ、落ちない…?」

ヒイと情けない声を上げるわたしにクザンさんは「落ちるわけないでしょーよ」と小さく笑った。
車体は完璧に陸から海へ、進んだハズなのに海の中には落ちていない。
というより、現在進行形で海の上を走っている!
キラキラと光る水面がすぐそこにあって興奮、驚愕が半分ずつとちょこっとこわい。
どうなっているんだと真下を見れば地面などそこには無くパキパキと氷の道が自転車が進むにつれ出来上がり、通り終われば消えていくというのを繰り返していた。

「…ク、クザンさんこれは一体…」
「マジーック」
「…」

嘘だ、絶対嘘だ。
適当100%で返された答えはどうも信憑性が無くわたしはまたしても氷の道を見つめて首を傾げていた。

「まあ、これは追々、説明したげるから下ばっか向いてないで前、向いてごらんよ」
「え?……わあ…!」

クザンさんに言われた通りに前を向いてみて驚いた。
ブワッと髪をなびかせていった潮風はとても心地良く、眼前にはどこまでも広がる大海原がそこにはあった。
太陽の光を浴びて水面はキラキラと光り、水平線は空と海をきっちりと分けていて、海の青と空の水色がまた綺麗だった。

「すごいです…!」

自分が住んでいたところは、日本でも内陸地で海のない県だったからこうして海を間近に感じることなんで無かったため、自分の歳も忘れてはしゃいでしまう。

「そりゃよかった。海は好き?」
「はい!わたしの住んでたところには海は無かったんですけど、水族館とか好きで」
「水族館?」
「あ、えーっと、海の生き物とかを見るための施設、っていうんですかね…」
「へー、魚を見に行くの?」
「あ、まあそうなんですけど、イルカとか特別な生き物もそこでは見れるんです」
「特別なんだイルカ」

すると突然近くの水面がバシャンと揺れてわたしは悲鳴をあげた。
キューイ、という高い鳴き声に目を向けるとそこには今まさに話をしていたイルカが私たちと同じスピードで泳いでいてわたしは思わず声をあげた。

「わああ!イルカ!ねえクザンさん、イルカです!」

イルカを見ながらバシバシとクザンさんの背中を叩きながら言うと、イルカはまた高く鳴いて一度潜ると、水面から高く飛び上がった。
さながら、イルカショーのようでわたしはきゃあきゃあ言いながら拍手をした。

「やだすごい!かわいい!」

イルカはわたしの拍手に気を良くしてくれたのか何度かまたジャンプをすると一声鳴いて、水中へと帰って行った。

「わー!すごかった!かわいかった!イルカあんなに近くで見れるなんて!」

興奮冷めやらぬまま足をバタつかせると、クザンさんが耐えきれないといった風に吹き出した。
そのままクスクスと肩を揺らして笑っていてわたしは自分が相当はしゃいでしまったことを思い出して顔が火照るのがわかった。

「す、すいません…!」
「ククッ、何で謝んのよ、俺ァそうしてはしゃいでくれた方が嬉しいんだけどね」
「う…いや、えと」
「ああゆう顔させるために連れてきたんだからさ」

後ろを軽く振り向いたクザンさんは小さく笑っていて、わたしはまたじんわり胸が暖かくなった。
『俺が行きたいだけだから』
そう言っていたくせに。
クザンさんはわたしを気遣って連れてきてくれたんだ。
迷惑をかけてしまったかな、と思って謝ろうと口を開くとクザンさんに遮られた。

「あー、謝罪ならいらない。これは俺が来たかっただけ。ユイちゃんはそれについてきてくれただけ。それに、どうせ言われんなら謝罪じゃねェ方が嬉しいとこだな」
「謝罪じゃない方…」

ううんと唸って考えて、はたと行き着いた言葉に言うか迷ったが、確かにこんなに素敵なものを見せてもらったのにこれを伝えないのは失礼かと思った。

「クザンさん!ありがとうございます!」

大きな声で伝えればクザンさんは「どういたしまして」と笑った。



ありがとう
(この世界でやっと言えました)


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