09


「偉い人、ですか…」
「うん、まあって言ってもこの間会ったセンゴクさんも居るし、もちろん俺も居るし、そんな気張んなくても」

朝食中、今日のことをクザンさんに聞けばなんとお偉い方に会いに行くのだそうだ。
クザンさんはああいうけど、正直まだセンゴクさんは少し怖いし、クザンさんが居てくれても怖いものは怖い。
俯いてしまったわたしに気づいたクザンさんがポンポンと頭を撫でてくれた。

「大丈夫、隣に居てあげるから」
「う…す、すいません…」

こんな歳にもなって恥ずかしい気の遣われかたしてると赤くなるとクザンさんは笑って、また食事を進めた。
ああ、今日は憂鬱な日になりそうだ。





クザンさんに連れてこられたのはセンゴクさんと話したあの場所ではいる前からガチガチになってしまう。
そんなわたしに「ホラ」とまた手を差し伸べてくれるクザンさんに、謝りながら手を握らせてもらう。
クザンさんの手はひんやり冷たくて、気持ちを落ち着かせてくれた。

この間とは違って、ひとつノックをすると中から「入れ」というセンゴクさんの声がする。
き、緊張する。
クザンさんに手を引かれながら部屋に入ると、重たい沈黙と突き刺さる視線と、押しつぶされそうな圧迫感。
息がうまくできない空間にギュと強く手を握ると、クザンさんがわたしを軽く背中に隠すように前に立ってくれた。
それだけでも少し楽になってゆっくり息を整えた。

「なんじゃァ、クザン。隠さんと前に出さんかい」

少し遠くの方から低い声が聞こえてきて思わず体がビクつく。

「はいはいすまんね、アンタらが怖い顔してるからユイちゃんにはハード過ぎんのよ」
「…すっかりお気に入りか」
「クザンが入れ込むなんてェ、めずらしいんじゃないのォ?どんな力持ってんだい?久々に来た異邦人ってのは」

ピュン、と小さな音が聞こえたかと思うと後ろに気配を感じ、振り向くとサングラスをかけた大きな男の人がわたしを覗き込んでいて、悲鳴をあげてクザンさんの背中にしがみつく。

「あらァ?随分、普通な子じゃないのォ」
「ボルサリーノ、戻れ」

クザンさんはそう言ってボルサリーノ、と呼んだ男の人とわたしの間に立ってくれた。
ヒヤッとした空気を感じてクザンさんの横顔を盗み見て後悔した。
怖い。
ものすごく、怖い。
サッとクザンさんから視線をそらしてボルサリーノさんをチラリと見ると、そちらとは目がばっちりあってしまい思わずぺこりとお辞儀をした。

「おやァ…お前が何で入れ込んでんのか全くわかんないねェ」
「俺は戻れって言ったんだけど」
「誰に指図してるか分かってんのかねェ…」
「やめんか!」

二人の会話が物騒なものに発展しかけたとき、痺れを切らしたようにセンゴクさんの怒声が聞こえて、ボルサリーノさんは「ハイハイ」と言って消えた。
その時、またピュンと高い音がして、背後からガタンと椅子の揺れる音がした。
それに振り向くとボルサリーノさんは元いた席に座っていて、わたしは目を丸くした。
これは俗に言う瞬間移動とやらではないのか。
そういえば、昨日クザンさんとお散歩した時も水面が凍った。
クザンさんはマジックなんて言っていたけど、もしかしたらこっちの世界では特殊な能力を持つのが当たり前なのかもしれない。
悶々と考えていると、センゴクさんに話しかけられて顔を上げた。

「すまんな、今日は君をみんなに紹介せねばと思っていたのだが、全く…血気盛んなのは戦いだけにしてほしい…」

センゴクさんは、深いため息をつきながらボルサリーノさん達を睨んだ。
睨まれたほうは気にしていないようだったけど。
すると、センゴクさんの隣の初老くらい(でもすごく大きいし元気そう)の男の人が大きな声で笑い始めた。

「ガーッハッハッハ!元気なのはいいことじゃい!」
「ガープ、貴様は黙っとれい…!」

ガープさんというらしいその人を見ていると視線がぶつかって、ニィッと笑われた。

「ユイといったか!」
「う、あ、ハイ…!」
「うむ、わしはガープ。中将をしておる…わしにはのぅ…お前くらいの孫が居てのぅ…あァ、元気にしとれば本当にお前くらいのなァ…!」
「え、えっと…」

ガープさんはわたしを見ながら嗚咽を漏らし始めてわたしはなんて返していいかオロオロとしてしまう。
するとクザンさんがこっそり「無視していいから」と耳打ちしてくれたが、初対面の人、しかも偉い人にそれはどうだろう。
しかし、無視するという判断はクザンさんだけではなかったようで、ガープさんの隣の席に座っていたお婆さんが口を開いた。

「わたしゃ、つる。中将をしている。みんなからは、おつるさんとか呼ばれているから、気軽にそう呼んでおくれ」

おつるさんはわたしに優しく笑いかけたあと、まだ話をしているガープさんに「静かにおし!」と一喝していた。

「あっしはボルサリーノ、大将だよォ、あっしとも仲良くしてほしいとこだねェ」

声のする方へ顔を向ければさっきのボルサリーノさんがにこにことこちらに手を振っていて、出来るならあまり仲良くしたくない、と思いつつもまたお辞儀をしておいた。
この流れだしと思ってボルサリーノさんの隣の帽子を目深に被った男の人に目を向けたが、口を開く気配はない。
むしろ、わたしを見ていなかった。

「あー、あれはサカズキ。大将ね」

クザンさんが代わりとでも言うように説明してくれて、サカズキさんはこちらを見ていなかったがお辞儀をした。

「今ここに居る者らには君が異邦人であることを告げている」

センゴクさんは「いわゆる軍の上層部だ」と付け加えた。

「君は、前にも言ったが異邦人としては極めてイレギュラーだ。それに、ここに居る者たちは過去の異邦人たちと接触したことがあるが、若い海兵達は接触したことどころか、異邦人の存在を知っているかも危うい。混乱を避けるためにも極少数に収めておきたいのだ」

センゴクさんの言葉にわたしは小さく頷いた。
わたしの存在はこの世界にとってはイレギュラー、異質でしかないのだ。
仮にもここはこの世界の中枢。
いらない不安を、悪と戦うための兵達に植えつけるのはあってはならない。
分かってはいたことだが、改めて突きつけられた現状に唇を噛み締めた。

「表向きには身元不明の保護対象ということにしている。だから海兵達が君を怪しむことは無いから安心なさい」

小さく笑ったセンゴクさんに、わたしも頑張って笑って「はい」と返事をした。


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