【商も才能】
「なあ、今日こそマッチ買えよ」
「買いません」
「前に買ってくれた時から半月だぜ?そろそろ無くなるだろ?」
「まだありますので大丈夫です!」
市場に出た途端、今日も彼に付き纏われ摩耶は不機嫌な顔をする。
半月前に家のマッチが少なくなり、そろそろ買い足そうと思っていた時にいつも贔屓にしているマッチ売りが市場で見当たらず、でもマッチがないと生活が出来ないので仕方なく彼から買った。
それからというもの、摩耶が1人で焼き菓子を売り歩くと必ずと言っていいほど隣にいるのだ。
顔や腕に火傷がある彼はこの市場の中で敬遠されがちで、最初は摩耶の売る菓子も全く売れなくなってしまった。
それでも菓子を買ってくれる常連さんのお陰で彼は見た目よりも怖くないということが知れ渡り、今では摩耶とセットで歩き売りをしていると勘違いされている。
人柄、評判が全てのこの市場で彼の評判は上がり、しかもマッチは生活必需品。
摩耶の売る焼き菓子よりも売れ行きが良くなり半月経った今では売上が摩耶より上回っているし、なんなら完売もしばしばある。
「今日は何売るんだ?」
「……今日もビスケット……」
「そればっかだな」
「うるさい!」
摩耶は彼を一喝すると営業スマイルを貼り付けて仕事を始める。
一喝された彼はいつもより少し距離を取ってマッチを売り出した。
いつもビスケットを買ってくれるご婦人が、「今日ケンカでもしたの?」と聞いてきた。
目線の先にはお客さんである高身長のおじさま2人と楽しそうに世間話をしている彼。
口巧みな話術と目の前の人が求めている言葉を敏感に察知出来る彼の商才に嫉妬している…と自分で自覚している摩耶は、その心を読まれぬようにするのが手一杯だった。
「仕事中はこんな感じですよー」と作り笑いしながら流し、ご婦人を見送り溜息を吐いた。
まだ昼前で売れ残りも多いが、今日はこれで帰らなければならない。
商売道具のカゴに布を掛けて帰路に着くと、それに気付いた彼が追い掛けて来た。
「帰んのか?まさかの完売?」
そういって布を捲られカゴの中身を見て「まだあんじゃん」と言う。
昼前だと言うのに彼のマッチは先程のおじさま2人で完売したようで、きっとその言葉に深い意味がなくとも摩耶には嫌味に聞こえてしまう。
「どうせ貴方のように上手い売り方出来ないわよ!それに、毎日迫って来るけど私が買わなくとも完売してるじゃない!もう、ほっといてよ…」
「…………」
心の叫びを声に出すと目が潤み、それを見た彼は固まってしまった。
流石に言い過ぎたかも、と頭の片隅で思うも摩耶はそのまま早足で歩き出した。
すると後ろから絶えず足音が聞こえる。
同じ方向かと思いしばらく無視していたが、どうやら確実に摩耶の後をついてきている。
「ねぇ、どうしてついて来るの?」
「お前ん家そっちじゃねーだろ」
「なんで知ってるのよ……」
「それにこの方向は森しかねーからな、女1人じゃ心配だからついてく」
「………」
森に入る手前には墓地がある。
そこが最終目的地だった。
摩耶は色付いた落ち葉に彩られたある墓の前にしゃがみ手を合わせる。
「……今日、命日なの。両親の。」
「……そーゆーの、早く言えよ」
彼も同じようにしゃがみ込み手を合わせてくれた、その優しい横顔を間近で見惚れていると視線に気付いた彼と目が合う。
胸の辺りで妙なざわめきが起こるも、とりあえずお礼を言わなきゃと摩耶は冷静を装いながら墓石を見つめた。
「ついてきてくれてありがとう、正直言うとここに1人で来るのはいつも心細くて…普段独りだし寂しいからかな、アハハ……」
こんな事を言っても彼を困らせるだけというのは承知の上で少しだけと甘えて心を打ち明ける。
何せ彼の素性どころか名前すら摩耶は知らなかった。
「奇遇だな、俺も独りだ。帰る場所も無ぇ」
「えっ?」
摩耶が思わず彼を見ると、寂しげな声の割にニヤッと笑っていてまた胸がざわめく。
「なぁ、マッチ買わねぇか?」
「……はい?」
「ホントにまだ残ってんのか?これからの夜は冷えてくるから何かと入用だろ?」
「…………」
お互いの身の上話に少しだけ距離が縮まったような気がしていたのに、どこまで商売第一なんだこの人は……と摩耶が脱力すると、彼は続きを喋る。
「今ならマッチ1箱分の値段で、お前の残りの人生に俺が付いてくる」
「えっ!?」
「さぁどうする?要らなければ捨てればいい、1回きりの売買だ。悩んでると俺ごと誰かに取られるぜ?」
「ええ、すぐ決めなきゃダメ…?」
「女の独り暮らしは何かと不便だろ?生活的にも、世間的にも」
「それは……そうだけど……」
「労働力も収入も上がるし、出費も半分。家でも寂しくないし良い条件だと思うけどなぁ?」
つらつらと摩耶にとってのメリットを並べる彼はやっぱり口巧みな上、人が欲しがる言葉を察せる人だった。
「あの、すごく良い条件なんだけど……貴方にとってのメリットはなに?」
「……お前と一緒にいられる」
帰る場所がないと言っていたからてっきり雨露凌げる家の確保かと思っていたが、思わぬ回答に摩耶は顔が熱くなるのを感じた。
それは彼も同じようで、墓石と土の境目に視線を落として頭を掻いた。
心臓の音が相手に聞こえそうでしばらくお互いに無言だったが、痺れを切らせた彼が「で、買うの?買わねぇの?」と聞いてくる。
「買います…今日からよろしくね」
「……おう」
「じゃあ帰ろっか」
「墓参りもういいのか?最後にもっかい手ぇ合わせようぜ」
「うん……」
彼がまた手を合わせたので摩耶も手を合わせるが、拝んでいる時の彼の横顔が好きで拝むフリをしてそっと覗き見た。
声を出さずに口だけで何かを言っていて、摩耶は口の動きから当てはまる言葉を探る。
「(むす、め、さ、ん、お…?れ、に、く、だ、さい……っ?!)」
摩耶は思わずガバッと立ち上がってしまい、まさか唇を読まれていたなんて知る由もない彼にキョトンとした顔で見られる。
「か、買い物しながら帰りたいから…付き合って…」
「いいぜ、ご主人様」
「ご主人様はやめて…摩耶でいいよ」
墓に背を向けて歩き出すと彼の手がごく自然に摩耶の手を取る。
その手を握り返しながら摩耶はやっぱり彼の商才には敵わないなぁと思った。
自分自身を商品と共に売り込み、しかもちゃんと買われているんだから。
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解せぬ花