「あー!やっと終わった!」
今の会社に勤めて4年
ようやく大きい仕事をまかせてもらえるようになってきた。
やり甲斐を感じながらも
その分重くのしかかる
責任と残業。
「よし!みんなだいたい終わったな!じゃあ飲みに行くぞ!」
「え?あ、はい…」
えー!?今日は17時に上がれると思ってたから久しぶりに自分の家でゆっくりする予定が…。
最近は毎日終電ギリギリに帰宅。たまに少し早く帰っても家に仕事を持ち込んでする程。毎日仕事漬けの日々だけど辛くはなかった。
やっと仕事を私にすべてまかせてもらえるようになって仕事はとても楽しく充実していた。
しかしその代償は大きかった。
『ドーニング・モーニング』
「なあ、ももこ。一緒にアメリカに行かないか?」
3ヶ月前に言われた彼の言葉だった。
大学生の頃からずっと付き合っていた
大好きだった彼
大学卒業後も
それぞれ希望のところに就職した
お互い応援しフォローし合い
時に喧嘩もしながら
育んできたものは
私の一言であっさり崩れた
「ごめん…一緒に行けない…」
その日は彼の辞令が言い渡される日で、彼の頑張りをみていたから
きっと良い報告に違いないと私も楽しみにしていた
2人でお祝いしようと、とびっきり良いワインも取り寄せていた
“アメリカに転勤になった”
彼が直接報告を受ける前に携帯に連絡がはいっていた文章を見た時から私の気持ちはすでに決まっていた
“答えはノーだ”
1週間前からこの日のために仕事を片付け定時にあがる予定も虚しく
会社から出るまでの足取りが重かったのは今でもよく覚えている
帰りに取りに行くはずだったワイン
頼んでいた永沢が営んでいるお店の最寄駅を通り過ぎ
そのまま真っ直ぐ帰宅した
それからは、なんだかよく覚えてない
お互い勝手に期待して
絶対の信頼をしていた
彼は私がついてきてくれると思ったし
私は彼が離れる事なんてないと思っていた
“ただ一緒に側に居たい”
気持ちは同じなのに
離れなきゃいけなかったのは
私が妥協しなかったからなのかな?
仕事を辞めてついていけば良かった?
そんな後悔がないと言ったら嘘になるけど
またこの仕事を続けていける事がとても嬉しいという事
それだけは嘘なく真っ直ぐ言える
しかし長く一緒に時間を過ごした分
離れがたくなるかと思いきや
意外にあっさり別れてしまって
またショックを受ける自分がいた
相手へのショックではなく
自分へのショックだ
私から別れを告げたようなものなのに
身勝手過ぎるこの感情に未だ付き合いながら
26歳独身彼氏いない歴3ヶ月
彼と別れてからは
そんな肩書きを誰かに話すヒマもなく
あっという間に時間が流れた
「ではお疲れさまでーす!」
あれから、会社のみんなと飲みながら3ヶ月を振り返り、二軒付き合わされた私はやっと解放され
その話で思い出した
忘れていた例のワインを永沢の店に取りに行こうと向かった
カランカラン…
店内に入ると
週初めの火曜日なだけあって、終電前に帰る客が多いのか、店内からは話し声はさほど聞こえず、レトロなジャズだけが鳴り響いていた
「いらっしゃいませ…ってなんださくらか」
「なんだとは相変わらず失礼な人だねーこんな懸命に通う常連客なんて中々いないよー」
「3ヶ月ぶりだけどね、まあしょうがないか」
「あんたワザと言ってるでしょ?3ヶ月本当に仕事忙しかったんだよー」
「はいはい」
永沢とは小学校以来の腐れ縁。
いつもこんな憎まれ口をお互い交わしてるけど
永沢には結構助けられている
今回の事も私から詳しく話せばきっと聞いてくれるだろう
だからと言って悩みや愚痴を打ち明けても
慰めや同情もしなく
本音をぶつけてくれる事が何よりもありがたい
下手に同調されるよりよっぽどいい
「とりあえずオニオンスープ1つね!あと、ワイン取りに来るの遅くなってごめんね?今日持って帰るから」
「ワイン?ああ、別にうちの店で出しても良かったんだけど」
「ううん、私も飲んでみたかったから」
「そう…」
やっぱりそれ以上何も永沢は聞いてこなかった
「はい、オニオンスープ」
コトン
「はぁーいい匂い、またこのオニオンスープを飲める至福…アルコールの後にはやっぱりコレだね」
「さくらはいちいち大袈裟なんだよ」
「だってさ、城ヶ崎さんには悪いけど…永沢が城ヶ崎さんと逆玉の輿婚してたら飲めなかったんだよね…」
「まあね。僕は大手企業のオーナーになる器じゃないし、城ヶ崎の家を継ぐつもりもなかったし、この小さな店でもまだ雇われ店長だけど、いつかはちゃんとこの店のオーナーになるつもりさ」
「うん、永沢ならなれるよ!っていうか城ヶ崎さんも傷つけて、オニオンスープも飲めない環境にしたら承知しないからね!」
城ヶ崎さんも小学生からのずっと大事な友達。
私だってずっと見守ってきた2人が幸せになるものだと思ってきた
でも半年前に2人が別れたと聞かされた時は本当にショックだった。
私が彼と別れる少し前に城ヶ崎さんから聞いた話。
城ヶ崎さんは婚約をしたそうだ。
城ヶ崎さんのお父さんからの紹介らしい。
私はその時素直に祝福をした。
永沢の事も切り出さなかった。
お互い嫌いになって別れたわけじゃないけど
別れが来る場合だってある
城ヶ崎さんも両親の反対を押し切って永沢について行く事もできたはず…
私だって彼についていかなくても
“待ってる”
という一言が伝えていれば
何か変わったかもしれない
仕事が忙しいせいにして考えないように
してたけど
時間があると
今はあの日の事ばかり考えてしまう
家に帰ったらこのワインを開け切って
気持ちを切り替えたい
うん、そうしよう。
カランカラン
「こんばんはー」
「いらっしゃいませ、空いてるお席にどうぞ」
「永沢、なんだか混んできたみたいだから私そろそろ行くね!」
「ああ、じゃあこれ持っていけよ」
「え!?これって」
「まだ試作品だけど自宅でも飲めるようにしたオニオンスープ」
「わー!すっごく嬉しい!帰ったらワイン開けようと思ってたしありがとう!」
「まだ飲むのかよ」
「まあね!早く開けたいんだよねこのワイン」
「まあ、ほどほどに」
「はいはい、じゃあ、また来るねー」
カランカラン
重くのしかかるワインと気持ちを軽くしてくれるオニオンスープを持ちながらゆっくり歩いた結果
なんとか終電は間に合ったものの結局いつもと同じ時間に帰宅しようとした時だった。
はーやっと帰宅だよ。って、え?
自分の家のドアの前に座りこんでいる人影が見える
驚きとまどった私は
おそるおそる目を凝らしながら近づいた
その時だった
「おっせーよ!まる子!」
この生意気そうな口調
かなり聞き覚えがある声
そこに居たのは
「え!?なんで、ひろあきが居るの?」
いとこの、ひろあきだった
「なあ、お願い泊めて!」
ひろあきの突発的なお願いは聞き慣れている私はあまり驚かなかった
「うん、今日に関してはいいよ」
「よっしゃ!」
「でもねーひろあきくん?なんでそんな大荷物なのかなー?海外用のキャリーバッグなんて持って、あきらかに一泊の荷物の量じゃないよねー?」
「う、それは…」
「とりあえず、近所迷惑になるから中に入って話を聞こうか」
ひろあきの事だから
きっととんでもない事を言いだすんじゃないかと思いながら中に入れた
「お邪魔しまーっす!まる子の家来るの何年ぶりだろ」
「ここに来た事あったけ?」
「あー玄関だけね」
「玄関…?そうだっけ?でも、そうじゃないと待ってないか」
「まー初めてと同じだけどな」
「ひろあきが学生の頃はよく来てたよね前の家の時とか」
「だってまる子、場所だけはいつも良いところ住んでるだよな」
「そこ重視だからねー乗り換えなしで会社まで行けるっていう」
「それにしても、意外に片付いているというか…物がないというか…生活感がないというか…」
「ここ最近、家で寝るくらいしかしてないからなあ、それよりお腹すいてないの?」
「めっちゃ腹へってる!」
「最近買い物してないから、あり合わせの物で…ちょっとした、おつまみくらいしかできないけど…あと、コレ飲む?」
「うわ、何その高価そうなワイン!飲みたい!」
「まあー久しぶりなんだから飲みながら話そう」
ひろあきと飲める日がくるとは
そんな事をシミジミ思いながら
ワインを開けた
「あんたねー働いたら少しはまともになるとは思ったのに、修羅場すぎるでしょ。さすが美容師(アシスタント)」
「いや、まさか彼女が元カレとヨリ戻すと思わなかったし」
「側からみたら、あんたが浮気相手になってるみたいだけど…」
「はぁー!?そうなの!?」
「そうだよ!まぁー面倒な事になる前に身を引いて良かったんじゃないの?」
「身を引くつーか、出て行くしか選択肢なかったし」
「それで、給料日前でお金がないのはわかった。お金は貸すから、明日自分の家に帰んなよ?」
「ないよそんなの」
「え?」
「彼女と今月同棲始めたから、先月引き払った」
「はぁー?ひろあきこれからどうするの?神奈川の実家に帰るんでしょうね?」
「彼女と住むって伝えたばかりだから、帰りづらい…な!頼む!少しの間ここに居ていい?うちの職場からも一本で行けて便利だし」
「えー!?」
「だめ?」
「うぅーん」
「お願い!!」
ひろあきの困った顔には私、昔から弱いんだよね、今日もダメだったか
「もーわかったよ!ただし物件探しもあるし、一ヶ月間だけだからね!」
「やたー!ありがとう!まる子お姉ちゃん!」
「いや、その呼び方悪意しかないから」
「はいはい、じゃーどんどん飲んじゃって」
「それ、私のワインだし…ほんと調子いいんだから…」
ワインが進む中、半分くらい開けたころ
今度は私の話に…
「で?前は彼氏が家に居るから玄関で追い払われたのに、家に入れる事OKしてくれた時点で察したけど、この部屋の広さといい、彼氏にでもフラれた?」
にっこり
「ひろあきくーん、ここに居たいなら言葉遣いには気をつけましょうねー」
「う、いや、え、で、なんで別れたんだよ?」
ひろあきと一緒に居る以上、隠し通せないか…昔からこの子感鋭いところあるしなあ
「…で、事実上私がフッたようなもんだよ」
「ばっかじゃねーの!じゃなくて、ゴホン…婚期自ら逃してどうすんだよ?」
「自分でも馬鹿だと思うよ。それでも、ついて行くも待ってるすら言えなかったんだ」
「女ってわかんねー。お互い好きならそれでいいんじゃねーの?」
「私も昔はねそう思っていた時期もあったな。まあ、今日のひろあきの状況も好きでも、どうにもならなかったでしょ?」
「あーでも、俺とは全然状況が違うじゃん?俺は単に遊ばれただけだったし」
「全然想像できなかったんだ」
「何が?」
「自分が海外で家事をして彼の帰宅を待ってる姿が」
「まー確かに。まる子昔から仕事大好き人間だしな」
「あっはは、仕事大好き人間て、そうか、そうだよね。私。」
友達や職場では
タイミングが悪かっただけとか
海外だと難しいよね
などなどやっぱり少し気を遣われているのか当たり障りのない返しをされていたけど
ひろあきの
''仕事大好き人間”
という言葉が妙に胸にストンと落ちた
そしてあまりに真剣な目で
ひろあきが話すものだから
妙にそれが可笑しかった
「え?俺なんかおかしい事言ったけ?飲みすぎじゃない?」
「結局、ウダウダ考えてたのも全部言い訳で、彼だけじゃなく、私も仕事を選んだんだよね」
「ん?何か言った?」
「よし、まだまだ飲むよー!」
「?」
アルコールが入ってるせいか
もしくは
話し相手が身内だからか
それか
この子の性格がそうさせるのか
はぐらかす事もせず
素直になんでも話をしてしまう
自分がいた
「ひろあき、ありがとね」
「ん?何が?」
「ワイン一緒に飲んでくれて」
「いやいや、こんなワイン中々飲めないから、飲んでほしいなら、いつでもウェルカムで!」
「いや、もうないと思うけど」
「だよね、こんな高いワインどこからかもらったんだろ?」
「まあね…」
このワインを1人で飲んでいたら
絶対楽しく飲んでいなかっただろう
ひろあきが居なかったら
思い老け涙を流しながら
飲んでいたに違いない
このワイン自体が
私の別れ話に関係あったなんて
ワインをまずくさせる気がして
本当の事は言わなかったんだ
あれから
積もる話をしながら
ワインを飲み干し
いつの間にか寝てしまった私達に
すぐ朝が来た
んー頭痛い
さすがに飲みに二軒ハシゴして、ワインで締めたら二日酔いだよね…
まだ8時近くか…今日は休みだし
もう少し寝てよう
と寝返りをうつと
横には
睫毛が長く肌がスベスベそうな端正な顔が目の前にあった
え?誰?待って!
私、服着てる?
うん着てる着てる。
って、ひろあきじゃん
びっくりしたー。
そっか今日から1ヶ月うちに住むんだっけ
小さい頃以来一緒に並んで寝た事なかったから
大人になってから、ひろあきの顔
こんな近くで見たの初めてかも
もう、こんなに大きくなったんだ
と
しみじみしていたのも束の間
ってひろあきは仕事じゃん!
「ひろあき朝だよー!9時半まで行かなきゃ行けないんでしょ?」
「うん…?んんーああ…もう少し…もう少しだけこうさせて…」
ひろあきにふいに抱きしめられる
「ちょ、ひろあき、ば、ばかっ!あんたいつまでも寝坊けてんの、彼女の家じゃないんだよ」
びっくりしたひろあきは
バッと手を離しすぐに起き上がった
「ん…え?なんで、まる子が横に!?まる子、なにもしてないよ…な?」
「はぁ?それは、こっちの台詞だわ。冗談言ってないで、さっさとシャワー入っておいで」
「はいよー。んー頭痛ぇ…」
「んー!ひろあきがシャワー入ってる間に下のコンビニで朝ごはんとお弁当の材料買って作っちゃおう」
彼と住んでた時
最後の方は忙しすぎて
朝ごはんすら食べてなかったなあ
「んーさっぱりした!少しは目覚めた…ん?なんかすげーいい匂いするんだけど」
「あ、朝ごはんできてるよー!」
「まじで!?さすがまる子さまさま!」
「はい、座って。手合わせてーせーの」
「「いただきまーす!」」
こういう風に朝ゆっくり誰かと
ごはん食べるの久しぶりだな…
手を合わせて
誰かと一緒にごはんを食べる事が
こんなにも幸せな気持ちになれるんだ
「このオニオンスープめっちゃおいしいんだけど!」
「そうでしょ?」
「二日酔いに優しい味すぎる…しみる」
「それ友達のBarで出しててさー今度ひろあきも連れてくよ」
向き合ってゆっくり
笑いながらご飯を食べる
彼といた時は何回できただろう…
私は何か大事な事を忘れていたみたい
先の事ばかり囚われて
目の前の事にちゃんと向き合わなかった
それがきっとこの結果だろう
彼の海外転勤は
あくまでも引き金で
ごはんも一緒に食べれない
すれ違いの生活をしていた
“仕事大好き人間”
な私達は
どちらにしても別れていたと思う
「っとやべ!朝ごはん美味すぎて、ゆっくりしすぎた。もう行くわ!ご馳走さまー!」
「あー待って!これお弁当」
「弁当!?マジ嬉しー!」
「あと、はい合鍵!1ヶ月って言ったけど、しょうがないから住むとこ決まるまで、とりあえず居ていいよ」
ガバッ!
急にひろあきに抱きしめらる
「サンキュー!本当まる子大好きだわ!」
「ちょ、ちょっと…そんな熱烈なハグはいいから、遅れるよ」
「やっべ!じゃあーいってきます!」
「いってらっしゃい!」
あの子なんなの
時々心臓に悪い
ひろあきとはいえ
細く引き締まった体に2回も抱きしめられ一瞬ドキッとしたのは秘密だ
「うーん…ご飯食べたら眠くなってきた。今日くらいはいいよね…二度寝しちゃおう」
今日からは
騒がしい毎日になりそうだけど
私の心は清々しく充実していて
久しぶりに何も考えず
本日2回目の深い眠りについた
END
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