06.05.16 Fri




今年のGW前半は、伽菜やバンドサークルのメンバーと共に過ごした。映画館で洋画鑑賞したり、テーマパークに行ったり、居酒屋で呑んだり。

GW後半は、神奈川から俺の妹が遊びに来る。妹はこの春に高校生になったばかりだ。東京観光したいと言ってこのアパートに泊まりにくる妹の遥子のために、汚いリビングを掃除していると(普段なら伊兎の担当なんだけど)、ラインの通知音がしたのでアイフォンを手に取る。

はるこ 明日、11時頃にそっちに着くよ


その頃に駅まで出迎えに行く旨を打つ。

数秒も経たないうちに、スマホが再び震えた。

はるこ イトくんも一緒に行けそうか、ちゃんと聞いてくれた?

まただ。昨日、伊兎も浅草観光に誘うようにおねだりされたラインの返事を濁していたが、まだ諦めていなかったらしい。

どういうわけか、あの性格の伊兎に遥子は昔からよく懐いている。

イトにも予定があるんじゃない?

はるこ でも一応、聞いてみてよ。予定空いてたら、一緒に浅草行こうって誘って!

ダメだ。どうしても一緒に行きたいらしい。

分かった。聞いてみる

仕方なくそう打つ。俺は掃除を中断することにし、伊兎の部屋へ向かう。たぶん一緒に出かけることは難しいだろうなあと思いながら。



伊兎はあれから、付近のコンビニまでちょっとした買いものに出たり、クリニックに行く以外は、アパートから出られていない。大学にももちろん行けていない。あのとき、外に出て人に会うのが怖いと言っていた。みゆきおばさんが訪ねてきたとき以来、伊兎の俺に対する態度はどことなく冷たく、俺への返事も素っ気ないものになっていた。俺に病気のことを話したのに、みゆきおばさんに話が伝わって、クリニックに連れていかれたことを怒っているのだろうか?

また冷たくされるだろうと思い気乗りしないながら、俺は伊兎の部屋のドアをノックする。

「イトー、話あるんだけど、いい?」

部屋の奥からちいさな声がした。

「いいよ。ーーそこで話してくれない?」

顔を見て話すのは嫌というわけか。

でも、ちゃんと返事してくれた。

「わかった。......明日なんだけどさ、遥子が泊まりに来るって前に言ったじゃん?それで、当日イトと俺と東京観光がしたいって遥子が言ってるんだ」

なんとか説得できないものか。

「それに付き合ってやってくれないか?」




部屋から聞こえるのは沈黙のみ。

「......午後のあいだだけだよ」

「ーームリそう」

かぼそい声が、夕焼け空の下のカラスの鳴き声に混じって聞こえた。

「遥子がどうしてもイトと一緒に行きたいんだって。昔から、イトのこと慕ってただろ?イトも遥子のことよくおぶってあげてたじゃん」

「......そうだったね」

昔を懐かしむような声色。

遥子は俺よりも「イトくんのほうが好き」と公言しているくらいだ。子どもの頃から、俺よりも伊兎のほうが遥子に優しく接していたからだろうか。二人が東京に引っ越すときは、伊兎くんとあまり会えなくなるから寂しい、と言っていた。(俺がオニイチャンだってのに)

それから、伊兎はまた黙りこんだ。



伊兎は、このままじゃいけないと思う。薬の作用でいつか自然に恐怖心がなくなったり、時が解決してくれるまで待つのはいやだ。統合失調症について何気なく検索してみたが、なかには完治するまで数年、数十年とかかるケースもあるとあった。そんな長い時間、外に出るのを躊躇い続けていたとしたら。逆に、もしかしたら伊兎の場合、案外すぐに治るかもしれない。伊兎のいまの状態から、どう転ぶかは精神科医でも確かなことは言えないらしい。

一人でじゃなく、俺がそばにいても、家から出るのは怖いのだろうか。

春が終わり、梅雨のあと、夏がまた巡り来る。太陽のもとに、たくさんのひとと出会って交流していくほうが、絶対楽しいんだ。

「俺も、イトと一緒に浅草観光したいんだ。......神奈川から出てきてから、行ったことないだろ?」

部屋のなかは静かだ。ーー肯定の言葉は無いけど、拒否の言葉も無いぞ。

「迷ってるなら行く。決まり。明日は3人で浅草でうまいもん食べ歩きする。......いいだろ?」

強引に押しきった。

「......。うん」




思わずニヤリと口角が上がるのが分かった。

「よし。じゃあ明日、昼頃出るぞ」

「うん」

ちいさな返事を聞いてから、ドアの前を去る。説得できたという達成感で満たされていたが、急に心配になってきた。伊兎はオッケーしてくれたけど、浅草だしゴールデンウィークだから、ものすごい人混みに伊兎が果たして耐えられるだろうか。ーー心配だ。
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