29.04.16 Fri




とりわけ昼休み中の食堂は、学生や教授や近隣の人々でとにかく混雑する。大学内の図書館に隣接している第一食堂で、俺はメニューを注文する長蛇の列に並んでいる。さて、今日の昼メシは何にしようか。私立のマンモス大学の食堂には、定食、麺類、丼もの、バイキング形式のものまで何でもある。
掲げられているメニューを見て少し思案する。ガッツリ米と肉が食いたい気分だから、シンプルに豚丼にしよーと。

「あれ、葵?」

「あ、柚樹ー。メシ一緒に食おうぜ〜」

鯖の味噌煮定食をトレイに乗せて通りかかったのは、同じ国際学部の柚樹だった。

「メシ一緒に食おうぜ〜、じゃねーよ。葵、掲示板見てないの?おまえ、この時間呼び出されてたよ」

「えっ、マジ!?誰に?」

「何でか知らないけど、心理学科の......六実教授、ってひとだったかなー。とにかく急げ、葵。今ならまだセーフだ、きっと」

心理学科の教授だなんて、俺が関わったことのない人物から呼び出しを受けていることに面食らいつつ、とにかく心理学部棟へと急いだ。だけど、何の用で呼び出されたのか、何となく察しはついていた。



六実教授の研究室を見つけて、慌ててノックする。部屋の中から、どうぞ、の声が聞こえたのでドアを開けて入室した。

スーツに身を包んだ、40代前半くらいに見える痩躯の男性が、デスクから立って俺を出迎えた。

「やあ、突然に君を呼んでしまって悪かったね。授業で忙しいだろうに」

席に腰かけるよう勧められたので、とりあえず座る。

「いや、大丈夫ですよ。ーーもしかして、今回呼び出されたのって、葛木の件ですか?」

葛木は伊兎の苗字だ。

「そうなんだよ。何だ、事情を知っているみたいだね」

やっぱり。ーーわざわざ、そんなことで呼び出さなくてもいいのに。

「いや、私もこの大学は生徒の面倒をよく見るというか、おせっかいとも言えると思うんだがね。しかし、彼は私のゼミに入っているんだ、少し話を聞いてくれないか」

面倒臭そうにしてたのが表情に出てたのかな。

「はい。俺も彼のことは心配しています」

「そうか。君は葛木くんと同居していると彼の友人から聞いてね、彼に私の用件を伝えてくれると思ったんだ。どうしてか、彼とまったく連絡が取れなくなっているものだから。葛木くんの友人も返信が来なくて困っているらしい。この五日間、大学にも来ていないみたいだしね」

「そうなんですか。それは知らなかったです」

「彼は元気にやっているのかね」

「それが、俺もよく分からなくて。同居していると言っても、一日に一度も顔を合わせない日もあるくらいなので」

「そうかーー。いや、用件というのはね、講義や演習科目の履修登録がまだみたいなんだ、彼。私のゼミは必修科目なんだが、登録していないようなんだよ。君も知っているように、締切は過ぎてるんだが、私が事務員に話を通せば何とかしてくれるだろうから、今からでもするように声をかけてくれないか」

ーー伊兎、履修登録してないのか。休学するなら分かるけど、そんな話も聞いていない。登録しないなんて、この前期分の高額な授業料を棒に振るようなものだ。

それにしても、世話焼きというか、親切な教授もいたもんだ。国際にはこんな教授いない。それとも、伊兎はマジメでマメな奴だから、教授に好かれるのだろうか。

「ーー分かりました。きちんと伝えておきます」

それから少し話して挨拶したのち、研究室を出た。食堂へと戻る道中、俺は一昨日の蔦子さんとの電話を思い出していた。伽菜のアパートを出たあと、かけ直したのだが、内容はといえば伊兎のことだった。

伊兎の母親のみゆきおばさんが、伊兎と連絡が繋がらなくなったと心配しているらしい。彼女からの電話に出るようにと伝えてほしい、様子を探ってほしいと言われたが、部屋にこもっている伊兎に話しかける気になれず、すでに二日が経過している。

掃除とか料理とか洗濯とかの家事をしなくなって、引きこもるようになるまでに、伊兎に何が起きたのかは分からないが、周りを心配させている状態は良くない。かなり億劫だが、今日は帰ったら伊兎と話をしよう。
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