30.04.16 Sat




窓から日の光が差しこんでいる。今日は一日中ふかふかの布団のなかで微睡んでいたいような、天気が良いようだから愛しの恋人や友だちとどこかに遠出したいような。

俺は起きぬけの働かない頭で数秒考えたのちに後者を選び取り、気持ちよくひとつ伸びをしてからベッドを出る。

けど、昨日は夜遅くまで大学のバスケサークルの仲間数人と飲み会だったから、まだちょっと眠たい。スマホで確認すると、今は11時過ぎだった。昼飯にはまだ早い。

寝巻きの代わりのジャージ姿で寝癖あたまのままトイレに向かうと、トイレから水の流れる音がした。



ーー伊兎だ。扉が開いて、近頃ずっと目の下にクマを飼っている彼が出てきた。結局昨日は帰りに出くわした宏太たちと夜まで居酒屋にいたので、伊兎と話す機会をつくれなかった。

「イト、おはよ」

「お、おはよう」

伊兎はやはりどことなく挙動不審気味で、俺と決して目を合わせない。

俺は足早にここを立ち去ろうとする伊兎の細っこい腕を掴んで、引き留める。

「イト、おまえに話があるんだけど」





話は居間でしよう、と言うと、伊兎は抵抗することなく俺たちの共有スペースであるリビングルームへと大人しくついてきた。部屋の掃除は伊兎の担当だが、数日間されていないのだ、ゴミや日用品などで散らかっているし、埃が床のすみに溜まっている。

「話って何?ーー家の中のことなら、ごめん。全然できてなくて。でも、たまってた洗濯はちゃんとしたよ」

「家のこともそうだけど、いま伝えたいことはそれじゃない、そうじゃなくてーー」

ーー言いにくいことだ。言葉を選ぶ。

「......何で、学校来ねーの?」

何で引きこもってるの、なんて直接的な表現は飲み込む。

「おばさんとか、おまえの友だちとか、六実教授ってひととか、皆心配してるぞ、おまえと連絡が取れないって。ーー何かしら理由があるなら、皆にそのことを伝えろよ」

「.........。」

伊兎は困惑したように、言葉が出てこないというように、口ごもる。

「......体調が良くないのか。一人になりたいのか?何か嫌なことでもあったか」

「......そう、みたい」

たっぷり数秒かけて紡がれた言葉は、曖昧なものだった。

「何が、そうみたい?......カゼでもひいたか?誰かにイヤガラセでもされたか?」

すると、また言葉に詰まる。言いにくそうにしてるのに、我ながらお節介が過ぎる。

「............、えっと、その......。」



ーーめんどくせぇ奴だな。自分の言いたいことも言えねえのか。

こんなことでイライラする自分は気が短いほうなのかもしれない。

「......その、あのな、」

眼鏡の奥の目が泳いで、言い淀む。

何か核心的な、大切なことを伝えようとしているのは俺にも理解できた。



ーー相手の言葉を待つのはけっこうイライラさせられるが、こういう奴の言うことは、何となく信用できる気がする。社会のなかじゃ、オモテの顔とか、社交辞令とかが必要で、腹の中じゃホントは何考えてるか分からないやつってたくさんいるけど、あんまり嘘とかつけない気がするんだ、伊兎って。特に、ちいせぇ頃から伊兎のこと何でも知ってる俺に対しては。子どもの頃の俺には、いつか大人になったら、どこか遠い外国の、緑豊かで空の広い大草原のなかの小屋みたいなところに住みたいって夢があって、その夢を伊兎に話したとき、「オレもそこにいっしょにいきたい!」ってキラキラした目で俺に言ってきたことを思い出す。





伊兎の言葉を、俺なら待てる。




「.........あのね、アオ、おれ......。心のビョーキ、みたいなんだ」
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